2012-12-5

「ボールであそぼうマイスター」養成講習会(川崎マリエン) 開催報告

2012/12/05

 日本トップリーグ連携機構(JTL)は2012年11月19日(月)、神奈川県川崎市の川崎マリエンにて、ボールであそぼうマイスター養成講習会を開催いたしました。

 「ボールであそぼう」は、発育発達期の子どもたちを対象とする、ボールを使った運動プログラムで、JTLが平成19年度から開発に取り組み、平成21年11月に完成させたものです。「ボールであそぼう」を全国的に普及・指導するための「ボールであそぼうマイスター」を養成するマイスター養成講習会は今回で7回目を迎え、講習を修了したマイスターは200名を超えました。

 川崎港を間近に臨む川崎マリエンで行われた今回のマイスター養成講習会には、元男子バレーボール全日本代表の大竹秀之さん、北京五輪ビーチバレーで日本人初勝利をあげた朝日健太郎さん、元女子バレーボール全日本代表の多治見麻子さん、そして岡山湯郷Belleの種田佳織監督も参加されました。講習会終了後は参加者全員が、「ボールであそぼうマイスター」として認定され、今後「ボールであそぼう」の全国普及にご協力いただきます。

全体写真



■講習会スケジュール

時間 講習内容 備考
11月19日(月) 9:30〜10:00 受付
10:00〜10:15 開講式 研修室
10:15〜12:00 講義「子どものスポーツ」
中村和彦氏
研修室
12:00〜 昼食・休憩 研修室、お弁当
13:30〜17:00 実技
岩屋睦子氏
体育室
17:00 閉講式 体育室・研修室
マイスター認定証授与



 開講式の後、山梨大学人間科学部の中村和彦教授による講義「子どものスポーツ」が行われました。1985年を境に子どもたちの体力が急激に低下したこと、子どもたちを取りまく環境が大きく変化したこと、子どもたちの体力をアップさせるには「遊び」が必要であること、などがわかりやすく語られ、参加者のみなさんはみな真剣にメモをとっていらっしゃいました。

 講義終了後、体育室に移動し実技が行われました。講師は「ボールであそぼう」ではおなじみの元女子バスケットボール日本代表の岩屋睦子さん。山梨大学の3人の学生アシスタント(長野さん、篠原さん、丹羽さん)も参加し、基礎的なプレーから連携的なプレー・ゲーム的なプレーまで、ボールを使わない「オフ・ザ・ボール」も含めた様々なゲームを学びました。「投げる、取る、蹴る」など様々な体勢や人数でボールを扱うバリエーションを学んだ後、応用として、昔ながらのボール遊び「天大中小」にも挑戦。「低学年にどのようにやらせるか」「どのようにリードするか」といったことを考えながらも、みなさん童心に戻って楽しんでいらっしゃいました。

平野JTL事務局長より説明
実技を見せる講師の岩屋睦子さん


(左より)山梨大学大学院の丹羽さん、篠原さん、長野さん


元バレーボール男子全日本代表の大竹さんと朝日さんも身体でじゃんけんしたり、ボール扱いに苦労したり。。。



全プログラム終了後には、中村和彦教授から参加者全員に、認定証と「ボールであそぼう」のDVDが授与されました。参加者の皆さんが「ボールであそぼうマイスター」として、それぞれの場所で機会を作り、一人でも多くの子どもたちに遊びの楽しさ、ボール競技の楽しさを伝えて下さることを期待して止みません。

朝日健太郎さんもマイスターになりました!(左は中村教授、右は岩屋さん)


■講師プロフィール


中村和彦(山梨大学人間科学部教授)

山梨県生まれ。

山梨大学教育学部卒業。筑波大学大学院体育研究科修了。

筑波大学体育センター準研究員、山梨大学教育学部助手を経て、

現在山梨大学人間科学部准教授。

専門:発育発達学、運動発達学、健康教育学

 
他に、文部科学省中央教育審議会スポーツ・青少年分科会スポーツ振興に関する特別委員会委員、文部科学省小学校学習指導要領解説体育編作成協力者、日本体育協会ジュニアスポーツ指導員部会部会長、日本オリンピック委員会(JOC)ゴールドプラン専門委員会委員、NHK教育テレビ番組「からだであそぼ」「あさだ!からだ!」監修など。「子どものからだが危ない!」(日本標準)など著書多数。

岩屋 睦子(WJBL)


愛知県生まれ

星城高等学校(愛知県)卒業後シャンソン化粧品入社。                 

1996年アトランタオリンピック出場

1999年アジア選手権(静岡)後、現役引退

日本リーグ(現 Wリーグ) 優勝 9回 MVP 3回,新人王,ベスト5 7回

全日本総合選手権(オールジャパン) 優勝 5回

1996年アトランタオリンピック 7位 ※20年ぶりの出場

 
シャンソン化粧品のポイントガードとして、前人未到の10連覇に大きく貢献、日本代表としても20年ぶりに出場したアトランタオリンピックで7位入賞の原動力となった。

現役時代は、小柄ながらスピードのあるドリブルとクレバーなゲームコントロールでチームを引っ張った。

引退後に結婚、テレビのコメンテーターやバスケットボールクリニックの講師として活躍している。