イチオシ!スポーツ Book Review一覧

匠道




 オリンピックは、アスリートにとって世界最高峰の舞台であるのと同時に、スポーツに携わる企業にとっても最大のビジネスチャンスとなる。そしてもちろんIOC(国際オリンピック委員会)にとっても、最大の事業なのだ。放映権料やスポンサー料は大会を重ねるごとにその額をつり上げ、「金の成るイベント」に変貌したオリンピックだが、この流れができたのはわずか25年前のことだという。本書は、IOCの初代マーケティング部長で、オリンピックを資金繰りにあえぐ破産寸前のアマチュアスポーツ大会から世界最高のスポーツの祭典へと成長させた立役者の一人、マイケル・ペイン氏がオリンピック・マーケティングやブランド構築の軌跡をつぶさに綴っている。IOCの当事者がオリンピックビジネスの舞台裏を描いた書は珍しく、それだけにリアリティーのある逸話の数々が新鮮だ。
 例えば、オリンピック史上最大の危機といわれたのが98年に発覚したソルトレークシティーの五輪招致に絡む贈収賄スキャンダル。ソルトレークシティーの組織委幹部がIOC委員に現金を送っていた事実が明らかになったのだ。IOCはまず、スポンサー対応に取りかかり、著者は当時のサマランチIOC会長から、主要スポンサーに会って問題解決のためにIOCが行っていることを具体的に説明するよう指示される。すぐにチャーター機でコカ・コーラ社本社のあるアトランタへ飛び、そこから米国各地、韓国、日本を回り、スポンサーに契約継続の理解を求めた。スキャンダルの火消しには約1年を要したが、「最終的には、大幅な改革を推進するきっかけになった」と結論づける。
 ソルトレークのスキャンダルを乗り越え、その後のオリンピックの繁栄は見ての通りだが、著者は同時に、オリンピックの将来への警鐘を鳴らすことも忘れていない。ドーピング問題、政治介入の排除にオリンピック開催都市の入札の健全運営など、問題も山積みだと指摘する。「成功は完全に崩壊しやすい」という著者の言葉には、20年間に及ぶ「戦い」の重みがある。スポーツ選手を題材にした本は数多くあると思う。自伝であったり、記録をまとめたデータブックもあるだろう。しかし、その選手が扱う道具を製作する者に注目した本は少ないのではないだろうか。本書は野球の道具であるグローブとバット。それらを製作する主に四人の職人達を中心に8つの章にまとめられている。第1、3、5、7章ではバット職人の久保田五十一氏に、第2、4、6、8章ではグローブ職人の坪田信義氏に焦点を絞り、二人の名人の半生や有名な選手達との印象的な出来事が詰まっている。まるでテレビのドキュメンタリー番組を観ているようで読みやすい。さらに第7、8章では二人の後継者である、名和民夫氏と岸本耕作氏の名人の後継者ならではの苦悩や緊張感、覚悟も読んでいて伝わってくる。
 そして本書から最も読み取れるのは職人達の、特にイチローや松井のバットとグローブを製作し、名人と呼ばれているバット職人の久保田五十一氏とグローブ職人の坪田信義氏の「真摯さ」と「謙虚さ」である。例えば久保田氏の「いい仕事をするというより、お客様に満足してもらうというのが、プロとして当たり前のことですよね」という言葉や、坪田氏の「選手が喜んでくださる。それがわれわれにとっても最高の喜びでしたよ」という言葉からも名人の人格が窺える。私達は時に自身の責務以上に権利を主張し過ぎてしまう事がある。しかし、本書の職人達を通して、私達が社会で生活する上でとても大切な事を学べると思う。野球への関心はもちろん、世代、性別に関係なく読んで頂きたい一冊だ。