第26話
バスケ界の風雲児『ブレックス』、勝利の秘密

文=茂木宏子


 「日本リーグ(JBL)1部に昇格したときから“5年以内に日本一になる”という強い思いは抱いていましたが、まさかチーム設立3年目で王者アイシンに3連勝して優勝するとは思っていませんでした。企業主体のJBLにあってプロチームのウチが日本一になったことは、現状を打破する(ブレークスルー)という思いを込めたチーム名の通り、日本のバスケットボール界に新たな道筋を示すものになったという気はしています」
 4月12日、JBLのプレーオフ決勝で3連覇を狙ったアイシンを延長戦の末に破って頂点に立ったリンク栃木ブレックス。チームを運営するリンクスポーツエンターテイメントの山谷拓志代表取締役社長は、優勝後の率直な感想をそう口にした。
 日本バスケットボール協会は、傘下にある企業チーム主体のJBLとプロチームで構成する別組織のbjリーグを統合し、2013年に次世代型トップリーグを創設することを1月に発表した。そのシーズンの締めくくりにブレックスが優勝したことは、企業チームからプロチームへ移行するバスケ界の流れを象徴する出来事となった。

 アメフトのリクルート・シーガルズの選手でもあった山谷さんが、ブレックスの経営に関わるようになったのは3年半前のことだ。経営コンサルティング会社のリンクアンドモチベーションでスポーツチームの経営に携わっていたとき、地元バスケチームの設立を願う宇都宮の有志からの要請で、リンク社がメインスポンサーとして協賛したのがきっかけだった。
 「こちらに来てまず直面した難問がメディア環境の特殊性でした。栃木ってローカルなのに、流れてくる情報は東京と同じなんですよ。テレビも東京の番組と同じですし、新聞も地方紙に比べ読売や朝日のシェアが高く、地元の話題や情報を伝えるメディアがほとんどないんです。同じJBLでもレラカムイ北海道が勝てば、道新スポーツの1面になるんでしょうが、栃木にはそういうメディアがありません。チームのことを地元に周知させるのが極めて難しい土地柄だったんです」
 そこで力を入れたのが地域活動だ。選手が小学校のミニバスケチームに指導に行ったり、地域のお祭りやイベントにチアリーダーやマスコットの『ブレッキー』を参加させたり、山谷さんが講演をしたりといった地道な活動はこの3年間で500回以上に上った。とにかく数を増やすことで地元の人たちとの接触点を設け、認知してもらうより方法がなかった。

 行政との関係もゼロからのスタート。練習場の体育館を確保する際も、一般利用者と同様に2か月前に並んで抽選して借りた。
 「ぼくらが地域に価値や魅力を創出できるチームになって、税金を払っている市民に“協力してあげましょうよ”といわれる存在になって初めて、行政に何かをお願いすることができる。それまでは『おねだりしない作戦』を貫こうと決めていました。そうしたら、1部に昇格した頃から“何か手伝わなくてもいいんですか?”と行政側から言ってくれるようになりまして……。こちらから多くをねだらなかったことが、多くの支援を得られる結果になったんです」

 山谷さんが社長になって3年目の今シーズン、経営的にも初めて黒字化した。リーマンショック以後、撤退や減額を求めるスポンサーが多くなり苦戦したが、「広告が売れないなら企画で売れ!」という営業マン時代の教えに従い、広告費ではなく販促費で稼ぐ作戦を採った。明治製菓とのタイアップでは、『プリングルス』というスナックを買った人にブレックスのサイングッズやチケットが当たるキャンペーンを栃木県内で1か月間行ったところ、通常の8倍の売上になった。「こんなご時世とはいえ、販売に直結するキャンペーンであれば企業も投資するんです」と山谷さんはいう。
 ユニホームに企業ロゴを出すだけでなく、こうした販促企画を各社に合わせて組み合わせることで2億2000万円のスポンサー収入を確保。チケット収入の1億2000万円などを合わせると、昨年4月から今年3月までの売上は約4億6000万円になり、1500万円の利益が出たという。田臥勇太や川村卓也などの人気者を抱えていながらこの予算規模で黒字化するとは驚きだが、その秘訣は徹底した興行原価の削減にある。派手な演出で会場を盛り上げるbjリーグとは違い、ホームゲーム2試合を主催する場合でも経費(会場費も含む)は150万円以下に抑えているのだそうだ。

 「一番のエンターテイメントは、MCや音楽を使って派手に演出することではなく、コートで行われている競技のシナリオに観客が感情移入できるような環境をつくることだとぼくは思うんです。だから“音の出るモノを何か配ってほしい”とファンにいわれても頑なに拒み、“皆さんが考えてください”と言い続けて来ました。そうすると、声を出すなどみんな自分で動き始めるものなんです。声を出しやすいようにボイスメーターを設置したり、ディフェンスのときに応援のリズムが取りやすいように小さくトントンと音を入れたりはしましたが、観客全員が声を出してくれるようになりました。つくられた演出に比べると、この応援はものすごく相手を威圧するんですよ(笑)」
 プレーオフ決勝は中立地(代々木第2体育館)での開催となったが、会場全体がブレックスのホームゲームのような雰囲気になったのはこのためだ。

 そうなると気になるのは次の目標である。JBL参入からわずか2年で日本一の目標を達成してしまった今、新たな目標をどこに置くのだろうか。
 「連覇といって連覇を達成したチームはないので、ぼくは敢えて連覇と言わないようにしているんです。神戸製鋼(ラグビー)の平尾誠二さんに教わったことですが、“ゼロリセット”なんですよね。だって、監督や選手の入れ替わりでチームの環境は毎年変化するじゃないですか。最善を尽くしてプレーしていくということを、毎年全試合でひたむきに続けていくしかありません。常にブレークスルーを目指すチームでありたいと思っているんです」
 小粒でもピリリと辛いブレックスの活躍は、チーム運営にプロの経営手腕が求められるようになった日本のバスケ界に、新たな価値を生み出しているようだ。


茂木 宏子(もぎ ひろこ)

日本大学法学部新聞学科卒業。フリーランスライター。「週刊ポスト」や「DIME」などで活躍。80年代末にはスキーブームのきっかけとなる「極楽スキー」(小学館)の編集制作を手がけた。取材のフィールドはスポーツに限らず、ビジネス、最先端テクノロジーなど。 主な著書は「メダルなき勝者たち」(ダイヤモンド社)「お父さんの技術が日本を作った!」「夢をかなえるエンジニア」(いずれも小学館)。

第46回(97年)小学館児童出版文化賞受賞。中央大学商学部非常勤講師。
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