第35話
究極のユニバーサルスポーツ“ブラサカ”

文=茂木宏子


 視覚障害者のために開発された「ブラインドサッカー」という競技をご存じだろうか。アイマスクをつけ、動かすとカシャカシャという鈴の音が鳴る特殊なボールでプレーするフットサル(5人制ミニサッカー)。情報の7〜8割を目から得ているといわれる私たち晴眼者は、「視覚情報を奪われた状態でサッカーをするなど至難の業なのでは?」と思いがちだが、それを補う音声情報とイマジネーションを駆使すれば、実はピッチ上を自由に走り回ってサッカーを楽しむことができる。生き生きとボールを操る選手たちの動きを見ていると、人間の可能性には限界がないのだと感じさせてくれるスポーツだ。
 障害者のサッカー大会というと知的障害者サッカーの世界選手権が、“もう1つのW杯”として8月21日から南アフリカで開催されることがいくつかのメディアで取り上げられていたが、視覚障害者の世界選手権はそれより1週間ほど早い14日からイングランドのヘレフォードで開催される。

 ブラインドサッカーにはB1(全盲)クラスとB2/3(弱視)クラスのカテゴリーがあるが、世界選手権で行われるのはB1クラスである。1チームは4人のフィールドプレーヤーと、ゴールキーパー(GK)、監督、コーラーの7人で構成され、フィールドプレーヤーは全員がアイマスクを装着しなければならない。ひと口に全盲といっても、光を感じたり感じなかったりで微妙な個人差があるため、公平さを期すためにアイマスクを使ってプレーするのだそうだ。
 そんなフィールドプレーヤーを声でサポートするのが、晴眼者であるGKやコーチ、コーラーだ。GKは単にゴールを守るだけでなく、「ボールに当たって!」「逆サイドフリー!」といった声を出し、その場の状況を味方DF陣に的確にガイドする役割も負っている。監督も通常の監督としての役目に加え、フィールドプレーヤーに声を出して状況をガイドすることが求められる。
 普通のサッカーと最も違うのがコーラーの存在だろう。相手方ゴールの裏に立ち、DFの動きを読みながら攻撃するための情報をFW陣にガイドするのだ。「6m、45度、シュート!」といった具合に、ボールがある位置やゴールまでの距離、角度などを伝えることで選手たちをゴールへと導いていく。
 メンバー1人ひとりのテクニックもさることながら、チームワークの善し悪しもその実力を大きく左右する競技なのである。

 ブラインドサッカーの世界選手権は1998年に始まり、当初は2年おきに開催されていたが、2004年のパラリンピックアテネ大会で正式種目に採用されたのを機にパラリンピックと世界選手権が2年おきに開催される形をとってきた。5回目となる今大会は開催地のイングランド、前回覇者のアルゼンチン、フランス、スペイン、ブラジル、コロンビア、カメルーン、中国、韓国、日本の全10チームが大会に参加。2組に分けて行う1次リーグを戦った後、決勝トーナメントと順位決定戦が行われる予定だ。
 大会前に日本代表メンバーが揃う国内最後の練習が八王子のフットサルコートで行われると聞き、さっそく見に行った。

 私がブラインドサッカーを見てまず驚いたのが、日々の暮らしや街の中では白杖を使う不自由な生活を強いられているのであろう選手たちが、ピッチ上ではすべての束縛から解放されたかのように自由闊達に生き生きとプレーしていることだ。足もとからボールを放さないように左右の足で挟み込むように進むドリブルも、独特のリズムがあって面白い。宙に浮かせたパスはボールがカシャカシャという音を発せず位置が把握できないため、シュートを放つときは別として、選手たちが繰り出すパスは自ずとゴロになる。コーナーキックも味方へのパスも、ピッチ上を転がすのが基本的なプレースタイルだ。
 見えるのが当たり前の生活をしている私たちにしてみれば、視覚情報なしにサッカーをするなど考えただけでも恐ろしいが、彼らの聴覚はそれを補って余りあるほど鋭敏で、敵と味方の声はもちろん、その位置までも瞬時に判別してしまう。「ボイ!」と声をかけながらボールを取りに来る相手DFをサッとかわしたり、味方にパスを出す何気ない動きを見ていると、まるで見えているかのようなプレーぶり。人間にとって視覚情報だけでなく、コミュニケーションを使った聴覚情報もいかに重要かを改めて痛感させられる。

 日本国内の競技人口はわずか400人というマイナー競技だが、アイマスクをすれば晴眼者も障害者も同じ土俵で楽しむことができる究極のユニバーサルスポーツ。日本視覚障害者サッカー協会(JBFA)は今大会をきっかけに少しでも多くの人にブラインドサッカーの魅力を知ってもらおうと、動画共有サービスのユーストリームを使って試合の中継映像を現地から配信する予定だ。19日の韓国戦は、試合時間に合わせて夜8時から池袋でトークショーとパブリックビューイングを合体させたイベントも企画している。
 初出場だった前回の2006年アルゼンチン大会は、国際経験の少なさから戸惑うことも多く、8チーム中7位と思うような結果が出せなかった日本代表。しかし「この4年間は足りなかったものを補うべく努力を重ねてきた」とJBFA事務局長の松崎英吾さんは言い、現実的な目標として「ベスト4」を掲げている。チーム一丸でW杯ベスト16入りを果たした岡田ジャパンにも負けない活躍を、ブラインドサッカー日本代表にもぜひ期待したい。

ブラサカ及びイベントの詳細情報は下記サイトへ
●日本ブラインドサッカー協会(JBFA)
http://www.b-soccer.jp/


茂木 宏子(もぎ ひろこ)

日本大学法学部新聞学科卒業。フリーランスライター。「週刊ポスト」や「DIME」などで活躍。80年代末にはスキーブームのきっかけとなる「極楽スキー」(小学館)の編集制作を手がけた。取材のフィールドはスポーツに限らず、ビジネス、最先端テクノロジーなど。 主な著書は「メダルなき勝者たち」(ダイヤモンド社)「お父さんの技術が日本を作った!」「夢をかなえるエンジニア」(いずれも小学館)。

第46回(97年)小学館児童出版文化賞受賞。中央大学商学部非常勤講師。
INDEXへ
次の話へ
前の話へ