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2014-7-7

『競争環境を勝ち抜くためのスポーツ心理学』

 先日スペインのバルセロナで活躍するスポーツ心理学者・ペップ・マリー氏(1964年・ジローナ生まれ)の講義を受講した。20年以上もバルセロナの郊外・サンクガットに位置するアスリート・ハイパフォーマンスセンター(CAR)の講師として活躍するペップ氏だが、今回も実に多くの事を学ぶ機会となった。

 ホッケーのエリートコーチも勤め、ボールスポーツにも精通しているペップ・マリー氏だが、『勝利者から学ぶ哲学』というタイトルでスポーツ心理学の著書も出版している。ペップ氏は説得力のある理論展開により、スペイン国内のエリート指導者からも大きな支持を受けている。彼が説く“勝利者から学ぶエリートになる条件”についての考察は、多くのボールスポーツ指導者にも好評だ。

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 スポーツと向き合う人々、ビジネスに生きる人々、芸術に命を捧げる人々・・・それぞれに、困難、喜び、挑戦、挫折が存在する。人間はそれぞれ、プレッシャーや困難と直面しながら前進している・・・その中で生き残るには何が必要なのか?ペップ氏の考え方は、ボールスポーツのみならず人生論にも応用できる内容と評価が高い。またペップ氏は、厳しい競争環境を生き残るためのポイントを順序だてて上手に紹介する。今回のコラムでは、ペップ氏の著書『勝利者から学ぶ哲学』なども参考にしながら、多くのスペイン人スポーツ指導者が好む『競争環境を勝ち抜くための条件』を整理してみたい。

 まず過酷な競争環境を生き抜いて、目標達成のために必要とされる3つの前提条件について考えてみよう。ここでの3つの前提条件とは、あくまでも競争環境を目指すにあたっての “スタート地点に立つための条件”である。ペップ・マリー氏は“三脚”を例に挙げて、人間がある活動(競技)に打ち込むための前提条件を3つ挙げている。

◆スタート地点に立つための3つの前提条件

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『①競技環境、②家族環境、③友好関係』

 この3つが、競争環境における“健全な個人状態”を最低限保障するものだ。以上の3つの前提条件が満たされてやっと、選手は過酷な自己要求に挑戦できる。またこの3つのポイントは、少なくとも生活に悪影響を及ぼさない最低条件とも考えられる。多くのエリートがそうであるように、『①競技に打ち込む環境、②家族環境とそのサポート、③友好関係とそのサポート』という前提条件が選手の長期的な安定したパフォーマンスには求められる。

競争環境を勝ち上がるための4つの局面条件

『①環境確保 ②モチベーション ③学習能力 ④実践能力』

 ある競争環境で成功を目指し、スタート地点にしっかりと足をつけた場合、選手はどのような局面条件を乗り越えていくのか?エリートとしての階段を登り上がるためのプロセスを『①環境確保②モチベーション③学習能力④実践能力』というキーワードを用いて4段階に区切ってみよう。この局面条件だが、①環境確保が底辺となる“ピラミッド型のプロセス”であることに留意したい。

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①環境確保(活動に従事するための環境、適正)

 “環境確保”とは、選手が“向上”できるための環境確保とその適正を意味している。選手個人が競技と集中して向き合う環境だけではなく、本人が多くのものを犠牲にしても“進化”するための適正も必要となる。また選手の“向上”を助長するための家族、社会のサポートによる環境確保も至って大切だ。また選手個人の時間の有無や、家庭の事情など、活動(競技)と向き合うための条件もこの環境確保の一環だ。

 『生活環境そのものが、自分のパフォーマンスを形作る』

②モチベーション(迷いのない真のモチベーション)

 従事する活動(競技)に対して、真の意欲“モチベーション”を抱くこと。本当に競技に対して沸きあふれるモチベーションがなければ、何事も達成することはできない。選手は各自、どのような目標を掲げ、なぜその活動(競技)と向き合うのか、なぜその団体に所属するのか、究極の目標は何か・・・などを真剣に考える。明確な意欲があれば、迷うことなく競技と向かい合うことが可能となる。迷いがあれば、それが妥協の原因となる。

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『私達が涙を流すべき時、それは“敗北の瞬間”ではない。本当に嘆くべき時、それは自らの目標に対して”妥協した瞬間”だ』

③学習能力(分析、習得、謙虚な姿勢)

 そして何事にしてもエリートとして勝ち上がるには、幅広い学習能力とそのための継続的努力が求められる。自分のエラーを認め、比較、分析、改善する学習能力もエリートとして前進するには大切だ。この“学習能力”に欠如しているため、進歩できないまま消えていく優秀な人材も数えきれない。また環境から教わること、自己習得すること、エラーから学ぶこと・・・学習するために順序立てたプロセスへ到達する思考力も“学習能力”の一環である。スポーツ環境では、選手の挫折の原因について指導者の責任がよく問われる。しかし選手本人の広域におよぶ“学習能力”とは、成功と挫折に対して大きな影響力を持っていると考えることができる。

『大きく二種類の人間が存在する。勝者と敗者だ。真の勝利者は常に会得する学習姿勢を持っている。そして敗北者とは、常にネガティブに言い訳を探す』

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④習得した能力(技術)を発揮する能力

 競争環境に存在するエリートは、プレッシャーと限られた時間制限の中でパフォーマンスを発揮することが要求される。どれだけ向上心があっても、習得した知識が豊富でも、才能に恵まれようと、環境が充実しても・・・競争環境でその能力を発揮しなければ“真のエリート”にはなれない。プレッシャーや限られた時間内で結果を求められる状況を“真実の瞬間”と表現する。

 何事にも最高峰を目指す人材は、常にこの“真実の瞬間”で力を出すことが要求される。例えば指導者の場合、試合中の限られた時間内で、その知識や経験を選手に伝達する。選手ならば、難しい試合とそのプレッシャーの中で結果を残す。ビジネスならば限られた交渉条件の中で、最高の利益を生み出す・・・ いずれの世界にしても、プレッシャーの中で結果が求められる。この場合の“結果”とはつまり、習得した能力(技術)をプレッシャーやリスクに負けずに発揮する能力だ。

『誰にでも恐怖心はある。しかし真の勇者は、リスクを理解しながらも挑戦を続けるもの。プレッシャーやリスクを乗り越える精神的な強さが求められる』

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今回のコラムでは、ペップ・ マリー氏の競争環境を勝ち抜くための方程式を簡単にだが紹介する。以下にその4つのポイントを簡単に整理してみたい。

 まずは何事を達成するにも、全ての土台となるのが『環境の確保』であること。いかなる環境に生きようと、私生活が不安定なら自分の活動に集中できるはずがない。

 次のステップが『モチベーション』である。それから生じる真の自己犠牲の必要性も忘れてはならない。真の意欲があれば、大きな困難に立ち向かうことが可能となる。

 そして自分のエラーや欠点を修正する『学習能力』。その環境や習慣の追求を怠らない姿勢も欠かせない。成功に満足せずに自己追求するあくなき探究心である。

 最後に、習得した全てをプレッシャーや厳しい条件の中で結果として残す『実践能力』を磨くこと。努力だけではない、効率よく結果を残すことも成功への条件だ。

◆ペップ氏が唱える『進化するための方程式』へのヒント

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 おわりに

 今回フォーカスを当てたペップ・マリー氏の成功への方法理論であるが、スポーツ選手に限らず、精神科医、ジャーナリスト、外科医、ビジネスマン・・・とあらゆる職種を追及する場合も同じく参考にできるだろう。最後に今回のコラムを書き終える前に、筆者から1つだけ提起しておきたい問題がある。

『成功するために競争するのか、成長するために成功を目指すのか?』
 

 この問題提起を読者の皆様には心に留めていただきたい。成功(勝利)のみがモチベーションの理由となっていいのか?成功(勝利)とは成長するための過程に過ぎないはずだ。それとも勝利至上主義なのか・・・簡単な成功に大きな意味はない。また全力を尽くしての敗北には、その過程から習得することも多いだろう。