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2014-9-22

『ビーチトレーニングについての考察 』

 南半球の大国ブラジルでは、サッカー、バレー、フットサル、バスケットなどの球技が盛んだ。サッカー以外の様々なボールスポーツの世界選手権でも、ブラジルは常連国となっている。筆者は2014年の夏、そのブラジルに2ヶ月ほどブラジルFIFAワールドカップの取材を兼ねて滞在する機会をいただいた。サッカー以外にも多くの運動施設や体育館を訪れたが、ブラジルの公園やスポーツ施設にも多くの多目的球技コートがあり、常に様々なスポーツを楽しむ人々の姿で賑わっていた。もちろんサッカーとフットサルがブラジルの国技ではあるが、バレーボ-ル、ハンドボール、バスケットなども頻繁に見かけることができた。

<ブラジルでは至るところでボールスポーツが楽しまれている>

 今回のブラジル滞在中は多くのスポーツクラブを訪問したが、その中でも『砂場トレーニング』というコンセプトをコラムトピックに取り上げたい。ビーチに限らず、砂場を利用した様々なスポーツ環境がこの国にはあふれている。一般的にはビーチトレーニングと称されるが、厳密には『砂場トレーニング』という表現が正しいだろう。ブラジル国内のスポーツ関係者も『Treinos na Caixa de Areia- 砂場トレーニング』と称している。

『Treinos na Caixa de Areia- 砂場トレーニング』

1.ブラジル人とビーチ

 ブラジル人はスポーツ、音楽、食事、そして太陽を楽しむ気質でも知られている。サンバ音楽、サッカー、ビーチ、宗教の話題も彼らの文化を理解するには欠かせない。質素な生活の中にも、常に音楽と時間を共有して、外出や食事にこだわり、暇があれば友人らとスポーツなどを楽しむ習慣がある。ビーチや公園でのピクニックは、ブラジルでは日常の光景だ。そんな陽気でアクティブなブラジル人の国民性から考えても、野外スポーツが発展しやすい環境にある。休日には公園や砂浜で様々なスポーツを楽しみながら、仲間たちとリラックスするのもブラジルの特徴だ。そのためブラジルの公園や海岸沿いには、多くの無料スポーツコートが開放されている。またビーチで太陽を浴びながらも、筋力トレーニングが可能な“野外ジム”などもブラジルには多く見られる。

<ブラジルの公園の多くには、砂場グラウンドが併設されている>

2.ブラジル人と裸足歩き

 ブラジルでは未だに貧富の差が激しい。そのため球技が大衆スポーツとして発展する傾向にある。ボール1つで、裸足でも楽しめる競技は特に人気だ。国民スポーツのサッカー、フットサル、バレーボール、ハンドボールなどはサンパウロ市内のあらゆる体育館、公園、空き地でも盛んに行なわれている。そして室内だけではなく、海岸沿いでも年中どこでも様々なボールスポーツが楽しまれる文化がある。そのためビーチバレー、ビーチサッカー、ビーチトレーニング(ビーチでフィットネスを行なう)などは、ブラジルでは欠かせないスポーツ文化にまで発展している。

 またサンパウロなど大都市の多くの公園内でも、裸足でスポーツを楽しむ人の多さにはショックを受けた。ブラジル人はコンクリートのバスケットコートでも、平気で素足でプレーする。彼らにとって素足でスポーツをすることは、何も珍しいことではない。南国のブラジル、灼熱の中サンダルで行動する風習がある。またスポーツシューズはあくまでも高級品という感覚が、低所得の庶民にはいまだに根付いている。裸足でスポーツをする青少年達は、国内の大都市でも頻繁に見ることができる。

<サンパウロ市内の公園、素足でスポーツを楽しむ青年も多い>

3.陸上競技用の砂場を利用する発想

 ビーチスポーツが大好き、裸足での運動に抵抗がない、球技が得意・・・そんな環境のせいだろうか、ブラジルではビーチトレーニングに対する研究や理解が進んでいる。足腰の強化という漠然としたコンセプトを越えて、砂場でのトレーニングにどのような効果があるかも熟知されている。またビーチがない内陸の場所でも、陸上競技用の砂場などを利用する習慣がある。ブラジルの体育館や運動施設には、ビーチバレー用の砂場、または多目的競技のための砂場やゴールが設備されている。

◆サッカー競技によるプレシーズンなどへの導入

 このビーチトレーニングをシステム的に導入したスポーツが、ブラジルの国技サッカーだ。ブラジルでは主にフィジカルトレーニングの一環として、砂場トレーニングが以前から導入されている。海岸部のクラブはもちろん、内陸部のサッカークラブも、砂場のグラウンドを確保したり増設したりする。2014年サッカーブラジルW杯でも、同ブラジル代表が練習地に砂場トレーニングを増設していることが話題になった。

<トレーニング用の砂場を併用するスポーツ練習環境も多い>

 主に『砂場トレーニング』は、足腰の強化を目的として用いられるが、『股関節のパワーアップ』そして『バランスの向上』 という2つのポイントをまずは覚えておきたい。

①砂場での走行には股関節の屈筋力が求められる。そのため砂場でのスピードトレーニングによって屈筋群の腸腰筋が強化される。身体のバネが強くなるという理解ができる。

②不安定な砂場を走ることによって、バランスが求められる。足首、膝、腰まわりの細かい筋群の強化が期待できる。バランス能力の他に、怪我防止の効果も期待できる。

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◆プレシーズン以外にも、週頭のフィジカルに導入が可能

 そしてサッカーの枠を越えて、多くのスポーツにもこの砂場を利用したトレーニングが浸透し始めている。バスケット、バレーなどを中心に大きく応用できるからだ。足腰の強化に特化しやすいため、その他競技への応用性は計り知れない。怪我防止を目的としたプリベンティブトレーニングとして、さまざまなスポーツ環境にこのアイデアを取り組むことが可能だ。最近のブラジルでは、ビーチフィットネス、砂場フィットネス、というコンセプトも流行っている。

<ブラジルサッカーは、砂場トレーニングをシステム的に導入している>

4.レクリエーションとしての導入

 砂場トレーニングは、本来はプレシーズンや、フィジカルトレーニング期間に足腰を鍛えることを目的としている。しかしシーズン中や大会期間中にもいくつかの目的をもって導入することが可能だ。その代表が①リラックス、そして②リハビリテーションだ。

①リラックス効果

 リラックス効果についてだが、太陽の下、砂浜や砂場でゲーム遊びなどを行なわせることで、選手に大きなリラックス効果を与えることが可能となる。普段とは異なる環境で運動することで、選手の心理状態は間違いなくリフレッシュされる。精神的なプレッシャーの強い状態から、選手を一時的に解放することも期待できる。

②リハビリテーション

 リハビリ効果についてだが、砂場を利用して足腰や足首の補強にも大きな効果がある。不安定性などの理由により、細かい筋肉繊維に刺激が与えられる。不安定性を引き起こすという原則からは、プロピオセプショントレーニングやプリベンティブトレーニングに類似した効果が期待できる。また砂場の深さと反発性の欠如から、推進力が求められる。そのため衰えた足腰を鍛えることが可能だ。水泳プールのリハビリトレーニングに似た効果も確認されている。

5.砂場トレーニングの効果

 砂場でトレーニングするというのは、硬い表面に比べ、軸がずれたり、足がのめり込んだりする。身体は地面からの反発力を受けにくい。そのため砂場トレーニングによって、推進力の強化を図ることが可能だ。砂場の深みから、トリプルエクステンションを利用した、身体のバネが鍛えられるというメリットもある。また先述にもあるが、その不安定性から、足腰バランスが鍛えられる。足首や足腰の細かい筋肉に刺激を与えることで、普段の怪我を予防するプリベンティブトレーニング効果がある。細かい姿勢を保つ筋群、内転筋などが強化される。

 また推進力とバランスのアップが同時に期待できるほか、持久力や怪我防止の効果もある。脚力全体を駆使して、しっかりと地面を蹴り上げることが身に付くため、長距離の走力向上にも効果が確認されている。

6.砂場トレーニングの問題点

◆俊敏性が鈍ってしまう

 砂場トレーニングはどうしても、敏捷性の発揮というポイントでは劣ってしまう。足が砂場にのめりこんでしまうため、体育館や芝生よりも圧倒的に俊敏性が向上できない。そのため砂場トレーニングで鍛えられる俊敏性や反応スピードは、実戦の競技よりも低くなってしまう。確かに足腰は強くなる。しかし砂場トレーニングでは、実戦より遥かに遅いスピードや周期でしか筋肉神経に刺激を与えることができない恐れがある。そのため反応スピードや俊敏性の改善に重点を置く場合は、砂場のトレーニングが理想ではない。しかしご存知の通り、現代ボールスポーツの多くには、高い俊敏性や反応速度が求められる。

<ブラジル代表がW杯中に砂場トレーニングを行なったことが議論に>

◆競技特化性への問題がある

 ボールスポーツのサイエンスについて考えてみよう。パフォーマンス向上のために欠かせない要素の中に、①競技環境に特化したトレーニング、②個人やポジションに特化したトレーニング、そして③競技特性を考慮してのオーバーワーク(超回復)という条件がある。例えばバスケットやハンドボールを砂場でトレーニングすると仮定しよう。砂場にグラウンドを変更すると、明らかに競技環境、そして競技特性を無視することにんなる。砂場トレーニングを、フィジカルトレーニングの一環として行なうことは可能だが、果たして競技特性を活かした実戦準備に適しているかは不確定だ。また足元の感覚が異なると、実戦感覚から遠ざかってしまうことも否めない。

ボールスポーツトレーニングの3大原則
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◆適用時期によっては逆効果?

 プレシーズンやリハビリ期間ならば、砂場トレーニングを駆使することでポジティブなフィジカル効果が期待できるだろう。しかし適用時期を誤ってしまえば、時間の無駄遣いとなってしまったり、肉体的には矛盾した効果となる恐れがある。トレーニングパフォーマンスを最大限に引き出すエリート環境では、特に細心の注意を払ってトレーニング計画を行ないたい。また素足で行なえば、切り傷などの怪我に発展する恐れがある。そのため厚めのソックスなどを履いて、砂場トレーニングを行なうこともお勧めしたい。

7.ボールスポーツに砂場トレーニングを導入する

 繰り返しになるが、砂場トレーニングには様々なポジティブな効果が期待できる。プレシーズンにおける筋力UPのトレーニング、怪我防止を目的としたプリベンティブトレーニング、また選手のリフレッシュを目的としたレクリエーションとしても砂場やビーチでのトレーニングが可能だ。

 気候、競技、チーム特性などにもよるが、指導者は常にチームの練習環境を向上させる努力をしたい。水泳プール、ジム、他競技との相互トレーニング・・・そして今回の『砂場トレーニング』のようなアイデアを駆使することで、トレーニングの質を向上させることができる。