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2014-12-29

ホースト・ウェインから学ぶ哲学

『トレーニングという名の“人間形成”』

 ボールスポーツの指導者である以上、指導者には選手の人格形成にポジティブな形で貢献することが求められる。試合に勝てばいい、トレーニングだけ行なえばいい、そのような思考では指導者という大切な役割は務まらない。ここで大切となるスポーツの人間形成とは、①教育観点からの価値感を伝えること、②社会生活のルールを共有すること、③人間形成のための社会情報を与えること・・・などだ。競技志向のスポーツ選手として成功させるだけが、ボールスポーツ指導者の目的ではない。

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 より優れた指導者としては、特定競技の技術、戦術、戦略、知識、経験などを選手に伝えるだけでは不十分だ。ボールスポーツの“トレーニング”には、もっと広域的な意味合いが含まれているはずだ。トレーニングという社会習慣の中で、①選手に正しい習慣付けをさせる、②選手に社会的なマナーを学ばせる、という2つの大きな目的を忘れてはならない。

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 スポーツ指導者というポジションに身を置く人材は、まずしっかりと社会的な教育を受けているべきだ。また若き選手達に正しい価値感を伝えるために、教育者としての資格を備えることも好ましい。『指導者と選手の関係は、親子の関係よりも濃密なものになる』とスペインなどでは表現される。不思議なことだが、若い選手のチームはごく短時間で指導者のキャラクター色に染まる傾向がある。そのためチーム形成の中で、指導者が人格者として背負う責任は計り知れない。

『指導者とは競技と選手を繋ぐ“架け橋”である』

 経験のまだ浅い指導者達は、選手との関係がどうしても友好的になり過ぎてしまう。関係が友達の延長のようになる恐れがある。そのため指導者にとって最も大切な技術は、コミュニケーション能力とも考えることができる。経験を積んだ指導者は、選手との適度な歩み寄りを習得して、競技と選手を繋ぐ“架け橋”となっていく。また優秀な指導者は、選手との信頼関係を築きながらチームを形成する。彼らはその過程で、様々な社会面での能力を習得することになる。

 さて今回のコラムでは、サッカー指導者界の重鎮としても知られるホースト・ウェイン氏の論文などを参考にしながら、指導者に必要とされる10のエレメントを以下のリストにまとめてみたい。

①指導者としてリーダーシップを発揮する。指導者はまず何よりも、グループのリーダーとして振舞うこと。指導者のタイプが、独裁的、共和的、友好的であれ、指導者はまずリーダーとしての自覚を持って行動することが求められる。最も大切なポイントは、リーダーとして(A)選手に対して公平に接する努力をすること、(B)ポジティブシンキングを保ち選手を励ますこと。

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②スポーツ競技を通じ、選手を社会的に成長させる。フェアプレーの大切さを若い選手に伝えること、社会ルールなどを教えることも覚えておきたい。指導者は自分が選手だった時代のこと、または指導者としての経験を伝達する。若い頃の体験談、思い出話などから選手にポジティブな影響を与え成長を助けることが可能だ。

③選手間によるグループ形成を大切にする。仲間と協力しあうチームスピリット、またそれを助長する努力を、指導者は日頃から怠らないようにする。スポーツ心理学とも深く関係しているこのグループ形成だが、その大切さを指導者は常に心がけたい。特に日頃のトレーニングから、チームメート間における絆やコミュニケーションを促すように努力したい。トレーニング内外でのグループワークは、特に指導者にとってのチャレンジとなる。

④指導者は選手の鏡となるべく、自己管理を怠らない。フィットネスを含めた自己管理と自己超越は、リーダーには欠かせないエレメントだ。そのバランスを体現するためにも、指導者のフィットネス(健康管理)には注意を払いたい。まず指導者は健康的な生活習慣を保つこと。監督の体調が優れていないと、概してチームのコンディションも低下する傾向にある。また肥満体系の指導者よりも、健康的な体格の指導者の方が、トレーニングなどにおける説得力が強く、より高いパフォーマンスを期待できるとスペインでは考えられている。

⑤時間厳守、効率性を求める自己要求。指導者にはしっかりと私生活を管理して、時間に厳しく行動できることが求められる。選手を管理する前に、まずは自己管理ができることが、立派な指導者の前提条件だ。指導者である前に、規律のとれた人間であることが問われる。

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⑥トレーニングにおける計画、実行、分析といった組織能力。チームトレーニングは指導者にとって最も大切な義務である。トレーニングの計画性は、その中でも特に大切なエレメントとなる。しっかりと計画的にトレーニングを構成するための分析能力も要求される。また計画したトレーニングを、臨機応変に実行するスキルも習得したい。

⑦試合、ミーティング、遠征などにおける運用能力。トレーニングという大きな任務以外にも、試合、遠征といったスペースを指導者は管理する。試合前後のチーム管理はもちろん、ベンチから試合、選手交代などを管理することが大切だ。その他、遠征やミーティングをしっかりと準備することも欠かせない。

⑧優れたコミュニケーション能力。全ての任務において、しっかりと意思疎通を行なうことは、指導者には欠かせないスキルだ。選手に情報を伝えるだけではなく、話を聞いたり、シェアすることも重要だ。コミュニケーションという能力でも、特に(A)誠実であること(B)冗談やユーモアでチームをリラックスさせる(C)他人の意見を聞き入れる柔軟性を持つこと(D)高いモチベーションを伝えること・・・などが重要視される。

 高いモチベーションを伝達することは、何よりも大切なことだ。“モチベーションを高める”という漠然としたコンセプトだが、①トレーニングにインテンシティーを求めること、②グループに従事させる拘束力を持たせること、③求心力を絶やさないように工夫すること、などが指導者の理想的姿と言えるだろう。

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⑨選手やクラブのために時間を惜しまない姿勢。指導者の任務とは、トレーニングを実行して、試合を管理するだけが全てではない。チームの管理全般、ライバルのスカウティング、関係者との連携、試合における準備など・・・指導者に求められるミッションは、数え切れないほどある。たとえ実践指導の能力が多少乏しくても、時間を惜しまず選手やクラブのために尽力できる人材は、かけがえのない価値がある。ボランティアのコーチなどが、スポーツの発展のために貢献する姿を、決して批判することはできない。

⑩コーチングスキルを備えていること。指導者のコーチングスキルの重要性について、最後に触れておきたい。『技術、戦術的な指導を行なうことは、指導者にとって最も大切なこと』一般的には考慮される傾向にある。しかし指導者に最も必要とされる側面は、必ずしも技術、戦術的なコーチング能力とは限らない。ボールスポーツにおけるコーチングの中でも、特に(A)競技を技術的な角度から理解すること、(B)戦術的な観点から競技を理解すること、は競技をより効率よくコーチングするには必要不可欠だ。