スポーツの書棚~JTL Book Review一覧

2015-1-5

「現代スポーツは嘉納治五郎から何を学ぶのか」

bookrev01 幻の東京オリンピックと呼ばれた1940年の東京大会招致を成功させ、1912年のストックホルムオリンピックに日本の初参加を実現させた男。それは民間のスポーツ組織として初の統括団体である大日本体育協会(現在の日本体育協会)を発足させた嘉納治五郎その人である。当時の近代日本社会を支えようと「国民体育の振興」に尽力した嘉納の実績や成果を、徹底的に研究した内容の濃い著書である。

 2020年の東京オリンピック・パラリンピック(以下2020オリンピック)に向け、お祝いムードとともに世界最大のスポーツの祭典をいかに成功させるかに注目が集まっている。その中心はやはり日本がいくつの金メダルを獲得できるかにある。マスコミの報道も早くも有望選手を取り上げ、どう戦うかなど、夢や期待の話に終始している感じだ。

ただ単に、東京招致成功を手放しで喜ぶ状況にあってはならない。編著者の菊幸一氏は「日本の現代社会における真のスポーツの発展と人々のスポーツ需要における質の高まりは、むしろこれからのスポーツ制度やスポーツの組織のあり方にかかっているといっても過言ではない」と言う。

 そこで、複数の筆者は2020オリンピック招致を契機としながら、現代日本スポーツ界の状況を歴史的、社会的に振り返りながら、日本人のスポーツ観に根付く問題点を明らかにし、これを組織的、制度的な観点からどのように解決していくべきかを冷静に考える時期にきていると、出版を決意したという。

今、スポーツへの関心は一層高まっている。2011年に日本体育協会創立100周年を迎え、日本のスポーツのあり方が問われている今こそ、スポーツや体育の原点に立ち返るべきだと訴えている。

著書は、そのような思いで2010年度から12年度まで実施された「日本体育協会創成期における体育・スポーツと今日的課題―嘉納治五郎の成果と今日的課題」というプロジェクト研究の成果を基に出版された。

嘉納治五郎は、日本の体育やスポーツをどのように考えていたのか。嘉納の思想と実践をたどりながら、現代スポーツのあり方を再考するとともに、2020オリンピックを見据えた組織的な構造改革のビジョンを描いた意欲作といえよう。

講道館柔道の創始者でもある嘉納は、1909年に日本人初の国際オリンピック委員会(IOC)委員に選ばれた後、大日本体育協会の初代会長に就任。オリンピックへの参加だけでなく、「体育・スポーツによる人間教育」「学校体育の充実」「国民体育の振興」「スポーツの国際交流」に尽力するなど、わが国の体育・スポーツの礎(いしずえ)を築いた始祖だといえる。

 本書は何を一番訴えたかったのか。その目的は嘉納個人の思想や考え方、行動とその成果だけに焦点を当て、それらを礼賛したり、批判したりすることではないと編者は強調する。あくまで当時の時代的制約のなかで生み出された成果を、その時代的文脈の関係それ自体から構造的に解明しつつ、そこから今後100年に向けたわが国のスポーツに対する課題や特徴を明らかにすることであると序章で述べている。

第Ⅰ部の「過去のオリンピック東京大会招致をめぐる思惑と嘉納治五郎」では、2020オリンピック開催が決定したことで、招致や開催をめぐる過去の事実などから今後考えるべき諸課題を見つめ直そうという内容。第Ⅳ部まであり、「嘉納治五郎の体育思想」「嘉納治五郎の柔道思想とその実践」「現代スポーツと嘉納治五郎」とバラエティーに富んでいる。

一方、ドーピング、暴力やパワーハラスメントなどスポーツ界の組織的体質の問題が浮き彫りになり、社会的信頼が大きく揺らいでいる。昨今のスポーツ界は暴力、パワーハラスメントなど組織的体質の問題が浮き彫りになり社会的信頼が揺らいでいるが、本書では4部構成で次代のスポーツ界を担う若者のために、そのヒントとなる提言を示唆するとともに、2020オリンピックに向けた一般の人々の現代スポーツに対する社会的関心にも応え、それを推進する民間スポーツ組織のあり方とも関連させながら、より深い理解が導かれるように編集されている。

 これからのスポーツ発展のためにも、次代のスポーツを背負うスポーツ指導者やスポーツに関心のある人たちに是非とも一読してもらいたい1冊である。

執筆者は編著者の菊幸一・筑波大学教授をはじめ、友添秀則・早稲田大学スポーツ科学学術院教授、柔道元オリンピックメダリストの山口香・筑波大学准教授、溝口紀子・静岡文化芸術大学准教授ら。

全日本柔道連盟副会長で東海大副学長の元金メダリスト山下泰裕氏が「新たなスポーツビジョンを描くための必読書」と積極的にこの著書を推薦している。(了)

堀 荘一さんはスポーツジャーナリストOBによる社会貢献グループ「エスジョブ」に参加されています。

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