日本トップリーグ連携機構(JTL)審判プロジェクト 審判員活動PR企画【第7回】
JTL審判プロジェクトでは、これまでに審判長会議や審判研修会の開催、関係省庁への働きかけなどを通じて審判員の方々の課題解決に取り組んできました。
現在も各競技で多くの審判員が活動していますが、昨今判定の正確性やそれに伴う審判員の重圧が大きくなる中、その環境面、待遇面などでは改善の余地が多く残されているのが現状でその実態はあまり知られているとは言えません。そこでJTLに加盟する各リーグの第一線で活躍する審判員の方にインタビューし、皆様のストーリーをご紹介する月1回の連載企画を始めることにしました。
一人でも多くの方にお読み頂ければ幸いです。
第7回の審判員インタビューは、ソフトボールの審判員をされている笹島綾花さん(WBSCソフトボール国際審判員)です。
審判員インタビュー 第7回
聞き手:備前嘉文(JTL審判プロジェクトメンバー、國學院大學准教授)
運命を決めたアテネオリンピックのハケ
――ソフトボールはいつから始められたのでしょうか?
笹島:もともと始めたきっかけは中学校の部活動で、クラブ見学の時に友達に付いて行ってみたら先輩も楽しくて、入部しようと決めました。なので、親や兄弟がやっていたというようなサラブレッドではないです(笑)これから、高校、大学と競技を続けました。競技歴は長いのですが、どのチームでもとり訳いい成績を残した選手ではありませんでした。
――ソフトボールの審判は大学に入ってから始められたということですが、何が始めるきっかけだったのですか?
笹島:ソフトボールには国内では3種、2種、1種と審判の試験があるのですが、3種は毎年試験があって、先輩から受けるように勧められたのがきっかけです。なので、最初はそこまで熱心ではなかったですね。
――なぜトップレベルまで続けるようになったのですか?
笹島:せっかく資格を取ったので試合に誘われて行ってみると、所属する小金井市(東京都)の当時の審判長であり、アテネオリンピックにも審判で出場された後藤春日さんとお会いし、その場で審判用具を一式いただきました。その中に、後藤さんがアテネオリンピックで使用された(ベースを掃除する)ハケもいただき、「これがオリンピックで使ったハケだ!」と持った瞬間は手が震えました。その時に、「審判でオリンピックに行く道もあるんだ!」と思い、自分も目指してみようと決めました。それが一番のきっかけですね。
――大学からソフトボールの審判を始められましたが、他の方も大学ぐらいから始められるのですか?
笹島:いいえ、私はかなり早い方だと思いますね。保護者の方がお子さんのソフトボールチームの付き添いで行って、チームに審判が必要なので資格を取って始めるという話はよく聞きますね。なので、野球やソフトボールの審判は他の球技に比べて、審判の年齢がやや高いのではないかと思いますね。トップリーグの審判の受験資格も、上限年齢は55歳になりました。
――笹島さんのように国際審判をめざす方は多くいらっしゃるのですか?
笹島:私のように最初からオリンピックをめざしてという人は少ないかもしれないですが、活動していく中でトップレベルに挑戦しようと思われる方はいらっしゃいますね。
病院での業務との両立
――普段は病院でお仕事をされているということですが。
笹島:はい、医療事務の仕事をしています。
――今の職業を選択するにあたって、ソフトボールの審判は関係ありましたか?
笹島:まずは自分の興味・関心がある医療と福祉の世界に進みたいという分野としての目標がありました。また、学生の頃から審判活動をしていたので、転勤がないのと、土・日にお休みが取れることも魅力でしたね。
――職場の方は笹島さんがソフトボールの審判をされていることはご存じですか?
笹島:今の病院に入職した時から審判の活動については話していたので、幸いにも応援してくださる方が多いです。
――日程の調整など、仕事と審判活動の両立はいかがですか?
笹島:ソフトボールのJDリーグ(旧日本リーグ)の場合、審判の派遣は月2回ぐらいになります。試合がある時は、金曜に現地に入り、土曜・日曜が試合というのが一般的なスケジュールです。ただ、雨で日程が延びてしまうと月曜まで試合があるので、その場合は金曜と月曜に有給休暇を使わせていただく形になります。月2回ぐらいであれば、何とか調整できるレベルかなと思いますね。また、勤務先が病院なので、準夜勤や祝休日に当番があるので、それらに出勤して代休を充てるなどして調整はしています。ただ、国際試合への派遣の際は、一度に2週間、場合によってはそれ以上のお休みが必要なので、わかった時点ですぐに上司に相談をしています。
――これまでお休みが取れずに大会に行けなかった経験はありますか?
笹島:今までそれはなかったですね。幸い職場の方に私の要望を聞き入れていただいています。
――他の休日はどのように過ごされていますか?
笹島:シーズン中は休みという概念がないですね・・。ソフトボールは基本的に3月末にシーズンが始まって、11月ぐらいまで続きます。ソフトボールの審判は、小学生からハイシニアまですべて同じ資格なので、トップリーグや国際大会以外でも、大学の試合や地元の大会でも審判を担当しています。トップリーグの試合を担当した次の週は小学生の試合の審判をすることもあります。審判をする機会はたくさんあるので、試合があればどこへでも参上します!(笑)むしろトップリーグの試合がない週末に地元でどれだけ地道に実力を磨いているかということの方が重要です。ソフトボールのリーグ審判員は各々の地元協会に育ててもらい、地元を代表してリーグに出ています。それだけに地元への感謝と貢献はとても大事です。
――小学生たちからすると、トップレベルの審判に見てもらえるのはとても贅沢な環境ですね。
JDリーグが始まって
――今年から新しいリーグ(JDリーグ)がスタートしましたが、今までの日本リーグと何か審判を取り巻く環境に関しても変わったことはありますか?
笹島:まず、担当する審判の人数が増えました。JDリーグでは、週末に加えて月曜ナイターという試合もあるので、これまでは全体で35人ぐらいの審判で回していましたが、今年から51名になりました。
――審判の活動をされる中で、どのような時にやりがいを感じられますか?
笹島:やはり一番は人間的な成長を感じられることですね。審判の活動というのは、1試合、2試合と経験を重ねる中で満足をすることがないんですね。たとえ無事に試合が終わっても、「今日は完璧な試合だった!」と思う方はおそらく一人もいらっしゃらないと思います。なので、現状に満足せず、常に成長しようというマインドを得られることは大きいですよね。あとは、人間関係ですよね。審判の活動を通じて職場や学生時代の友人だけではない人との繋がりが生まれるので、多くの方から刺激を受けています。
――一方で、審判活動を行うにあたっての苦労はありますか?
笹島:メンタル面でのバランスを保って、常に平常心でいられるかということですね。どの競技の審判でも同じことが言えると思いますが、ソフトボールでも判定を下す時に自信を持って出せるように、プレッシャーに打ち勝つことが求められますよね。
――選手との関係はいかがですか?
笹島:基本的には公平性を保つために選手とは個人的な関係を持ってはいけないことになっているので、グラウンド上でおしゃべりすることはないですね。試合以外では、例えばソフトボール関連のイベントで一緒になったりすると挨拶をするぐらいですね。
――野球でも審判への暴言などで選手が退場させられるシーンをよく見ますが、試合中に選手から判定に対して文句を言われたことは・・?
笹島:それは誰でもあるんじゃないですか。言われた経験がない人はいないと思います(笑)野球と同じように、ソフトボールでもストライク・ボール、アウト・セーフの判定で選手から「えっ?」と言われることがあります。もちろん選手も命がけでプレーしているので、きわどい判定に対してそのようなファイティングスピリットから思わず出る言葉に関しては仕方ないと思うんですよね。ただ、暴言であったり、暴力に関してはやはり見過ごしてはいけないので、私は選手を退場させたことはないですが(笑)、そのような場面ではこちらが冷静になってしっかりと対処する必要は常に認識していますし、それ以前に不穏な流れを作らないということの方が重要だと思います。お客さんは暴言暴力を見に来られるわけではないし、チームが審判員の判定に気を取られず、まっとうにプレーに集中できる環境を作ることが審判員の第一の務めだと思います。
――今日、様々なスポーツでビデオ判定が導入されていますが、ソフトボールではどうですか?
笹島:ソフトボールでは国際試合でも現段階ではまだビデオ判定は導入されていません。原則的には人の目で判断されるべきだとは思いますが、私個人としては、正しいことを正しいと言えるのであれば導入するメリットもあるのではないかと思います。
――どのようなメリットでしょうか?
笹島:今は(特にトップリーグの試合では)球場には中継のカメラや、各チームのアナリストさんたちのカメラが10何台かあり、そしてお客さんたちもスマートフォンのカメラを持っています。また中継を見ている方も含めたら本当にたくさんの方たちが見られています。審判は二つの目で勝負しなければならないのですが、限界があったり、たとえ正しいと思ってジャッジしたことに対しても見方によってはそう見えない場合もあります。そのような時に、テクノロジーを活用して正しいことを正しいと言え、チームや選手が納得できればいいことではないかと思います。テクノロジーと共存することによって、少しでも審判の心理的な負担を減らすことに繋がればいいなと思っています。
――どの競技でも、選手をはじめ審判もSNSなどでいろいろ書かれたりする時代ですが、そのようなコメントには目を通されたりはしますか?
笹島:私は見ますね。昔は落ち込んだりした時もありましたが、結構審判のことをよくわかって書いてくれている方もいるので、今は見ながら「いいご指摘だな~」と思うこともあります。それに昔よりは酷いコメントは少なくなりましたね。
――今、いろいろな競技でプロ化が進む中で、審判だけで生計を立てるプロ審判の方も数多くいらっしゃいますが、プロ審判について興味はありますか?
笹島:なかなか難しいとは思いますが、もし今と同じぐらいの収入が得られるのであれば挑戦してみたい気持ちはありますね。そうなると、当然もっと審判のレベルを向上させる必要があると思います。
アメリカでの経験に勇気づけられた
――国内の試合と海外の試合では、何か違うと感じることはありますか?
笹島:以前アメリカの球場で”umpire is a human”という看板を見たことがあります。「審判員も人間です」という意味なのですが、それを見て私はすごくいいなと思いました。アメリカでも審判に対するブーイングなどはあるのですが、お客さんも含めて多くの方が審判に対して敬意を持ってくれているんですね。子どもたちが審判にサインをもらいに来ることもあるんですよ。もちろん日本でも審判に敬意を払ってくれる方はたくさんいますが、審判というとミスが許されない、正しくて当たり前という考え方がより強くあると思います。もちろんミスはいけないことなのですが、”umpire is a human”、審判である前に私たちも人間なので、もう少し暖かく迎えていただけるそんな環境ができればいいなと思いますね。
――海外の審判員と日本の審判員の違いもありますか?
笹島:ありますね。海外の審判は試合中でも笑顔が多いですね。日本の審判は常に厳しく表情も整えて、試合中に笑うなんて言語道断というイメージがあります。一方、海外での試合では、審判たちも「楽しんでる?」や「頑張っていこう!」などメンバー同士がみんな笑顔でとてもよく話し掛けるんですよね。トーナメントをみんなで楽しもうという雰囲気があり、私にとってとても新鮮でいい文化だと思いましたね。
――他の国の審判とコミュニケーションを取るために、日頃から取り組んでいることはありますか?
笹島:海外での大会では基本的に英語でのコミュニケーションになります。大学時代も英語は勉強していたのですが、今も日頃から「この場面ではどのような表現がいいかな?」とか独り言のように英語を話したりしています。最近だとYouTubeで海外の動画を視聴することもやっています。まだ試合が中断するような大きなトラブルに遭ったことはないですが、やはり国によっては強く主張してくる監督や選手もいるので、自信を持って自分の判断を伝えられるようにしなければいけないですよね。
――審判を取り巻く環境にも日本と海外では違いはありますか?
笹島:はい、日本では大体の試合会場では審判控え室は男女兼用の小さい部屋が1つある感じですが、海外の試合会場に行くと男女別々の広い控室や更衣室、シャワー室が用意されていますね。報酬や宿泊先なども含めて海外の方が待遇はいいですね。あと、日本では試合がある日は一日中(例えば、朝の9時から午後の3時まで)全員の審判がグラウンドにいなければならないことが多いのですが、海外の場合は自分が担当する試合の時だけグラウンドにいて、仕事が終われば帰ってもいいので、自由というか、それぞれの責任意識がより強いというのも新鮮でしたね。
――そのような雰囲気の違いはどのあたりから生まれてくるのでしょうか?
笹島:やはり日本では社会全体で集団での行動や、組織的な動きが重視されますよね。審判の社会においても、上下関係や規律と言った体育会系の雰囲気はあります。一方で、海外の場合は、審判もより個が重視されて、個人、個人が独立して切磋琢磨しているという感じが受け取れますね。そのような文化の違いもあるのではないかと思います。
念願のオリンピックの舞台に立つ
――昨年開催された東京2020オリンピックの試合にも参加されましたが、率直に感想はいかがでしたか?
笹島:オリンピックに出場することはやはり審判を始めた時からの夢だったので、「夢は叶うんだな」と思いました。とても素晴らしい場所でしたね。ただし私自身も医療機関に勤務していて、日頃から医療従事者の方をたくさん見たり、現場の声も聞いたりしているので、大会が開催される前の10数か月は「開催して欲しい、けどこの状況でやってもいいのか?」という複雑な気持ちも正直ありました。なので、今回の東京での大会は無観客になったことは残念ではありますが、開催されただけで感謝、感謝でしたね。
――次の2024年のパリオリンピックでは、野球とソフトボールの競技がまたなくなってしまいますね・・。
笹島:そうなんですよね。オリンピック種目であることは競技への注目度や普及活動の点で非常に重要です。また安定してオリンピック種目として採用されるためには日米2強の現状から脱して世界各国のレベルアップが必要だと感じます。それは選手も、審判員もです。
――新しいJDリーグも始まり、今後ますますソフトボールへの注目が高くなると思います。笹島さん自身は、ソフトボールの試合でここの注目して欲しいということはありますか?
笹島:オリンピックで活躍した日本代表選手の他にも、アメリカのエースピッチャーのモニカ・アボット選手やメキシコのエスコべド選手といった世界中のスター選手がJDリーグに集まっているので、世界でもトップレベルの実力を持った選手たちがしのぎを削っていると言えます。また、日本のソフトボールは速くて正確で、世界のどこの国よりも美しいソフトボールだと思うので、是非会場で彼女らのプレーを見ていただければと思いますね!
――審判についてはいかがでしょうか?
笹島:審判員は目立つ存在ではなく試合を無事に終わらせることが一番重要ですが、審判の一挙手一投足が試合に花を添える「魅せる審判員」となれたら嬉しいですね。是非お気に入りの審判を見つけてください!
――最後にこれからソフトボールの審判をめざそうと思っている人に向けて一言お願いします。
笹島:ソフトボールの試合は小学生からハイシニアまで様々なレベルが行われていて、トップリーグの審判になるチャンスも毎年あるので、是非チャレンジしてもらいたいですね。また、オリンピックは当分なくなってしまいますが、他にも国際大会はたくさん行われるので、そこに参加して日本とは違うソフトボールや審判の文化を経験してもらえればいいなと思います。
――質問は以上になります。本日はありがとうございました。
※この事業は競技強化支援助成金を受けておこなっております。