日本トップリーグ連携機構(JTL)審判プロジェクト 審判員活動PR企画【第8回】
JTL審判プロジェクトでは、これまでに審判長会議や審判研修会の開催、関係省庁への働きかけなどを通じて審判員の方々の課題解決に取り組んできました。
現在も各競技で多くの審判員が活動していますが、昨今判定の正確性やそれに伴う審判員の重圧が大きくなる中、その環境面、待遇面などでは改善の余地が多く残されているのが現状でその実態はあまり知られているとは言えません。そこでJTLに加盟する各リーグの第一線で活躍する審判員の方にインタビューし、皆様のストーリーをご紹介する連載企画を行っています。
一人でも多くの方にお読み頂ければ幸いです。
第8回の審判員インタビューは、アイスホッケーの審判員をされている向坂健司さん(日本アイスホッケー連盟レフェリー委員会インストラクター)です。
審判員インタビュー 第8回
聞き手:備前嘉文(JTL審判プロジェクトメンバー、國學院大學准教授)
トップリーグの氷の上に立つことを目標に
――アイスホッケーとの出会いについて教えてください。
向坂:私はもともと東京都の出身で、中学生の時にクラブチームでアイスホッケーを始めました。それから、高校、大学と学校のチームで選手として競技を続け、大学卒業後も数年間はクラブチームでプレーしました。東京では、中学校では学校の部活動であるところはないのですが、高校では8校ぐらいにアイスホッケー部があるという状況です。
――アイスホッケーの競技としての魅力は何ですか?
向坂:まずはプレーの速さですね。そして、パックの奪い合いになりますので、ボディーコンタクトによる激しさもあります。それと、冬の競技はスキーやスケートなど個人種目が多いのですが、その中でアイスホッケーはチームで得点を取り合う競技なので、そこは他の競技にはない魅力かなと思います。
――レフリーを始めるきっかけについて教えてください。
向坂:大学卒業後の進路を考える際に、トップリーグの選手になることは厳しく、それでも何等かの形でアイスホッケーに関わりたいと思っていました。その時に、「レフリーになって選手と違った形でトップリーグの氷の上に立たないか?」とお誘いいただいたのがきっかけでした。誘われた時は、「そのような形で関わる方法もあるのか」と思いました。そこから15年ぐらい活動しており、現在は、トップリーグのアジアリーグを担当したり、また、日本アイスホッケー連盟のレフリー委員会のインストラクターとしても活動しています。
――なぜ、トップレフリーを目指そうと思われたのですか?
向坂:なぜ…私の時はまだ日本リーグだったのですが、もともとレフリーを始める時に、トップリーグの氷の上に立つことが目標だったので、私の中でトップのカテゴリーを目指すことは必然でしたね。実際に、審判を行うにあたっては、小学生の試合であろうと、オリンピックであろうと、審判としてやることは変わらないので、その時、その時にやるべきことをやっていれば自然とスキルも向上し、カテゴリーも上がっていくのかなと思っています。
整骨院を開業し、生活のすべてをアイスホッケーに
――普段のお仕事についてお聞かせください。
向坂:現在は東京都の方で整骨院に勤務しています。大学の時は、将来は教員になろうと思い、教員免許も取得したのですが、ある時、テレビのバラエティー番組でアイスホッケーを教えるという企画に参加させてもらい、その番組の様子をご覧になられた整骨院を経営される知り合いの方に興味を持っていただき、整骨院での仕事を始めたのが現在の仕事のそもそものきっかけです。
――整骨院での仕事を始めてから、資格を取りに行かれたのですか?
向坂:最初は整骨院の資格を取るもつりはなく、そこの会社として、アイスホッケーの指導と、残りの時間は整骨院での勤務ということで入社しました。しかし、やはり現場にいるうちに自分も資格を取って関わりたいと思い、そこから改めて資格を取りに行きました。その後、自分で開業し、現在では平日は整骨院で仕事をして、週末はアイスホッケーのレフリーをしているという生活のサイクルですね。
――仕事と審判活動の両立についてはいかがですか?
向坂:本当に大変だと思います。私はレフリー活動をしたいということで、開業し、職場の人にも理解していただき、現在の活動を続けられています。しかし、一般の企業に勤務していたら、私と同じような環境を得ることはなかなか難しいですよね・・。
――ホッケーの審判の活動は主に週末に行われるのでしょうか?
向坂:そうですね。試合は週末にありますが、前日に移動があったり、全国大会ともなれば大会期間が1週間にわたって開催されるということもあります。そうなれば、やはり担当できるレフリーも限られてきますね。私も、小学生や中学生の全国大会から、アジアリーグまで、様々なカテゴリーの試合でレフリーを行っています。
――休日はどのように過ごされていますか?
向坂:逆に休日があると不安になりますね・・。それぐらい、ずっとアイスホッケーに関わっています(笑)。しかし、今は審判のインストラクターとして指導する立場になって、他のレフリーの方たちには休みの日にホッケー以外の時間も取れるように出来ればとは思いますね。
新しい審判の文化をつくりたい
――アイスホッケーの審判の魅力ややりがいはどのようなところですか?
向坂:やはり、出会いといいますか、いろいろなご縁があるということですね。アイスホッケーは、少し特殊な競技で、北海道や東北などが中心に行われているので、東京にいるとトップレベルの選手や昔有名だった方にお会いする機会は少ないんですよね。しかし、アジアリーグの審判をやっていると、そのような方々とも一緒に仕事が出来たり、交流出来たりするので、それが私にとっては魅力ですね。それは海外でも同じですよね。
――アイスホッケーの審判の現状についてお教えください。
向坂:アイスホッケーのレフリーは全国でだいたい800~900人ぐらいの人数だと思います。その中で、45人ぐらいが、一番上のランクに属して、トップリーグの試合を担当しています。10年前にはもう少しレフリーをやる人数もいたので、減少傾向ではあります。やはり、分母が大きくなるとそれだけトップレベルを目指す人の数も増えると思うので、各県の連盟レベルにはなりますが、アイスホッケーでも今後レフリーをする人の人数を増やすことは課題として挙げられます。
――人数の問題以外に、アイスホッケーの審判についての課題はありますか?
向坂:トップリーグを担当するレフリーの内訳を見てみると、だいたい教員の方が2割、自営業の方が2割、残りは会社員と、ほとんどの方が平日は他に仕事をされています。私はレフリーの謝金の金額をもう少し高くした方がいいと思っているのですが、教員や公務員の方は謝金をどのように処理すればよいかわからず、逆に謝金があることによって活動に制限がかかってしまう場合もあります。実際に、ある自治体では謝金の受け取りはOKだったけれど、違う場所に移ったら受け取れないという問題も発生しました。謝金の問題については、今後リーグ全体で考えていかなければいけないと思っています。
――海外のレフリーの事情はいかがでしょうか?
向坂:レフリーについては、韓国がとても環境が整っているのではないかと思います。今から10年ぐらい前になるので、平昌オリンピックを見越してだとは思いますが、韓国のオリンピック委員会がバレーボールやテコンドー、7人制ラグビーなど約20の競技団体の中から2名か3名の審判を雇用する、所謂プロのレフリーの制度をスタートしました。アイスホッケーもその中に入っていて、その制度が出来たことにより、それに選ばれたレフリーはかなり自由に審判活動に専念することが出来るようになりました。その成果か、韓国のアイスホッケーのレベルも各段に上がり、それまでは、日本はアイスホッケーで韓国に負けることはなかったのですが、今では勝つことが難しくなりました。
――なぜ韓国では審判に力を入れているのでしょうか?
向坂:私の知り合いに韓国のその制度に関係する人がいるので制度が出来た理由を聞いてみたところ、韓国では「審判の向上なくして、競技レベルの向上はない」という考えが根底にあるみたいです。オリンピックの開催による影響ということもありますが、審判に対する理解もあるのだなと実感しています。とても羨ましいですよね。
――海外での経験で何か面白かったエピソードなどはありますか?
向坂:コロナ禍になる前は、毎年の様に国際大会にもノミネートしていただいていたので、色々な国に行かせてもらいました。その中で一番嬉しかったのは、2014年に開催されたソチオリンピックの前年に同じ会場でデモの大会として開催された世界選手権を担当させてもらったことですね。あと、スウェーデンで行われたU-20(アンダー20)の世界大会に派遣された時ですが、大会期間中に国際アイスホッケー連盟(IIHF)から私にインタビューをしたいということで、その記事を大会ホームページのトップページに掲載してもらいました。3万人、4万人とお客さんがいる会場でアジア人は私一人だったので、記事を見た200人、300人の人から声を掛けられましたね。それぐらい、レフリーに対する注目やステータスは日本と海外では違いますね。
――具体的に日本と海外ではレフリーのステータスはどのように違うのでしょうか?
向坂:海外に行くとレフリーは特別な存在として扱われます。それは、偉いとかではなく、レフリーがいなければ試合が出来ないという認識があり、更衣をする場所や控室、テープやその他に必要なものはしっかりと用意されています。日本では、どの大会でもまだまだそのような環境を提供出来ていない状況にあるので、今後そのような面も改善していければと思っています。あとは、家族を試合に連れて行っていいようにしたいですね。
――海外の大会では、レフリーの家族も一緒に来られるのですか?
向坂:海外のレフリーの方は、レフリーの活動とその他の活動のメリハリがしっかりしているんですよね。世界選手権のような大きな大会であっても、(もちろん家族の費用は自分持ちですが)家族や子どもと一緒に来て、自分が担当の時はレフリーの活動に専念し、その他の時間は家族と観光に行ったり、食事をしたりと自由に時間を過ごしています。一方で、日本では期間中は会場に缶詰めになることがほとんどですね・・・。日本の審判のほとんどは、大会に行くにあたり有給休暇を利用していると思います。有給休暇とは、自分のものであると同時に、家族のものでもあると思っています。審判の活動はお金にはならなくても、活動を通じて家族旅行やいろいろな場所に行く機会を提供するなど、少しでも家族に還元出来れば、もっと審判に対する理解も深まると思うんですよね。これは私がアイスホッケーのレフリーをしていての夢といいますか、今一番変えたいと思っているのはそのような意識の改革ですね。
アイスホッケーの普及のために
――アイスホッケーの試合を見るにあたり、審判のここに注目して欲しい点は?
向坂:正直に言って、ないです。というのも、これは私も上の方から教えられたことですし、今も思っていることですが、試合では選手が主役であり、審判が目立ったら審判ではないと思うんですよね。試合には当然勝ち負けがありますし、見ている方もどちらかのチームを応援していると思うのですが、その中で「今日の審判って誰々だよね。」や「今日の審判・・・だよね。」と出てくることはよくないことだと思います。試合の勝ち負けに影響することなく、試合が終わってから「今日の試合はよかったね。そういえば、今日の審判は誰だっけ?」と思ってもらえるぐらいの方が私はいいと思っています。
――ビデオ判定など、テクノロジーを導入することに対してはどうお考えですか?
向坂:アジアリーグでは、まだビデオ判定は実施されていません。ですが、ゴールに入った、入らないの判定のために審判の権限でビデオを使うことは行われるようになってきています。アイスホッケーでも昨年ルールブックが大幅に改訂されて、ビデオ判定やチームからのチャレンジに関することも記載されるようになりました。世界選手権などではどんどん導入されていて、ビデオ判定によりレフリーの判定が変わることも出てきています。しかし、会場でのカメラの設置など、日本で本格的に導入するにあたっては、まだまだ課題はありますね。
――アイスホッケーの試合ではよく乱闘のシーンを目にしますが・・
向坂:激しいスポーツなので、エキサイトすることは仕方ないと思います。マニュアルとしては止めなさいと書かれていますが・・審判としては、中途半端な状態で留めておくよりも、激しくやり合ってわだかまりのないスッキリとした状態で次のプレーに進めればいいと思うので、ある程度は選手の好きなようにやらせます。
――最後に、今後トップレベルのレフリーを目指す方へメッセージをお願いします。
向坂:僕の経験でもあるのですが、トップリーグの選手になれなくても、レフリーとしてオリンピックや世界選手権といった大舞台に立てる可能性があります。それらの経験を通じて、人間としても成長できるのではないかと思いますので、是非頑張って目指してもらえればと思います。私も多くの若い方が審判を目指してくれるように、魅力を伝えていければと思っています。
――質問は以上になります。本日はありがとうございました。
※この事業は競技強化支援助成金を受けておこなっております。