2008-1-29

セルジオ越後氏講演会 “地域スポーツと企業”

2008/01/29

12月10日(月)日本トップリーグ連携機構「感謝の夕べ」

 みなさん、こんにちは。本日はお招きいただき、誠にありがとうございます。本日このような場でお話できることを大変光栄に思います。

 まず、私自身についてですが、両親は日本人ですが、幼い頃からブラジルで日系人として育ってきました。これまでの人生において、日本とブラジルという全く文化や風習が違なる2つの環境の中、多くのことを経験し、学んできたわけです。
 スポーツも同じで、文化や風習、宗教が変われば、やり方も全然違ってきます。ヨーロッパでうまくいっているからと言って、同じやり方をそのまま日本に持ってきてもうまくいかないでしょう。その土地の文化や風習に合わせた独自のやり方を考える必要があるとこれまでの生活の中から実感してきました。

 今日はこのように、異なった環境で育ってきた私の経験をもとに、今日の日本のスポーツ界がおかれた現状を見ることによって、今後のあり方について思うことをお話させていただきたいと思います。

日本のスポーツ環境

 私はブラジルでプロのサッカー選手としてプレーした後、来日し、現在の湘南ベルマーレの前身・藤和不動産サッカー部でプレーしました。今ではプロ野球やJリーグをはじめとして、多くのスポーツでプロのリーグやチームが誕生していますが、私が日本にやって来た頃は、まだまだ企業スポーツが中心の時代で、新日鉄やNKKなどの製鉄会社をはじめとした大企業が日本のスポーツを支えていました。現在もそうですが、日本の多くの企業は、社員の一体感を強めるためや福利厚生といった、いわば企業内部への効果を期待してスポーツチームを持っているとよく言われます。しかし、1990年代に入り、景気の後退とともに、サッカーの横浜フリューゲルスの例もそうですが、多くの企業がスポーツチームを手放してしまいました。経済が不況になると企業はスポーツから撤退してしまうことがよく見られます。このことからも、日本のスポーツというのは古くから経済や企業と密接に繋がりながら成長してきたことがわかります。私は現在、アイスホッケーの日光アイスバックスというチームのシニアディレクターを務めていますが、アイスホッケー界も同様です。雪印や西武、古河電工といった企業チームによって、長い間日本リーグが支えられてきました。企業スポーツというのは大きな企業によって支えられていることから、一見、安定しているように見えます。しかし、どのチームも、親会社に頼るところが大きく、親会社が撤退した時にどうするのか?といった問題が常に付きまとい、危機感と隣り合わせなのです。現在では、日本でもようやくさまざまな形態のスポーツチームが誕生しているようです。しかし、独立して採算をおこなっているチームは少ないでしょう。日本のスポーツの多くはまだまだプロの域とはいいがたく、予算の範囲内でやっているアマチュアスポーツの延長であるといえるのです。

日本のスポーツ文化

 私は本当の意味で、日本にはスポーツ文化がまだないと思います。スポーツというのは本来、“人と人を繋ぐもの”ではないでしょうか。日本では学校の部活動が大変盛んにおこなわれています。確かに、部内では先輩・後輩や仲間など、人と人の結びつきはあるかもしれません。しかし、それは学校の中や部内だけであって、外への広がりはあまり見られないでしょう。これは日本の部活動の弊害であると私は思います。
 スポーツ間の連携やもっと広い、部や学校といった枠を越えた連携というものが日本のスポーツにはあまり見られないのです。アメリカや私が生まれ育ったブラジルはどうでしょう?諸外国では固定観念にとらわれず、幅広い視野を身につけるためにマルチな活動がおこなわれています。同時に、活動範囲も学校だけでなく“地域”にまで及んでいます。多くのスポーツで、学校対学校ではなく、地域対地域の戦いがよく見られます。これは競技が違えども、同じことです。競技というものは一つのセクションであって、いろんな競技が結びついてスポーツ全体で地域を盛り上げることが日本のスポーツでももっとおこなわれてもいいのではないでしょうか。私が日光のアイスホッケーの試合会場に行くと、「セルジオさん、今日は何をされに来たのですか?取材ですか?」とよく聞かれる人がいます。“セルジオ越後”と聞くと多くの人がサッカーを連想され、私が他の競技へ参加することにはまだ違和感があるのでしょう。また、かつてマラソンの大会をサッカーの試合開催中に同じ会場でおこなおうと提案して、拒否されたこともあります。それだけ、日本のスポーツにはまだ競技間での連携は進んでいないことがわかります。お互いが助け合いの精神を持ち、環境に合わせてアレンジをおこない、異なる競技でももっと結びついて協力してもいいのではないかと私は思います。


地域とスポーツ

 先ほどもお話しましたように、私は現在、アイスホッケーの日光アイスバックスというチームのシニアディレクターを務めています。私はこのチームの仕事をボランティアでおこなっています。これは、チームが日光にあるということで、市民、県民と同じようにその土地のために働くのは当然の義務であると思っているからです。その姿を見ることによって、住民のみなさんにもチームに愛着を持ってくれるように熱意が伝わってくれればと願っています。そのためには、選手がそれぞれ地元の会社などを訪れて、支援をお願いすることも大切です。そこから地域との結びつきが生まれます。このつながりは選手を引退した後にも活かされてくるでしょう。一つの大企業からドーンと支援してもらうのではなく、少しずつ理解者を増やしていくことも大切なのです。日本のスポーツチームの多くはまだまだ儲けるために活動をしており、地域のためになっているとは言えません。スポーツに勝ち負けはつきものです。確かに上のレベルになるほど、勝利が求められるでしょう。また、チームが勝っている時はマスコミにも取り上げられ、多くの人が注目してくれます。しかし、いつまでも調子がいい時が続くとは限りません。スポーツにおいて、勝った・負けたは一つの要素でしかないのです。日本のスポーツでは試合の時のみ、ファンとふれ合いを持とうとすることがよく見られます。しかし、果たして、一年のうちで試合がある日は何日あるでしょうか?365日、トータルで考えて、その中でいかに地域に力を与えることができるか?また、地域に何を還元できるか?がスポーツに求められるものではないでしょうか。そのためにも、スポーツはもっと行政などと協力することによって、地域のためにできることを考える必要があるのです。


人と人をつなぐプラットフォーム

 現在では何事も効率化が求められる時代です。確かに効率化を図ることによって、世の中が便利になったり、お金を儲けることができるのでしょう。しかし、本当にそれでいいのでしょうか?携帯や音楽などの機械が発達したことにより、学校や会社の行き帰りは音楽を聴きながら一人で過ごし、家に帰っても携帯でやり取りをする。またスポーツも音楽を聴きながらやる時代です。便利にもなったが、新しい出会いや他の人との結びつきの場がなくなっているような気がします。
 人と人との結びつきが希薄になっていることは社会全体の問題と言えるのではないでしょうか。そこで、スポーツはその問題を解決する場を提供する存在になる必要があると私は考えるのです。スポーツは出会い、人と人を結びつける可能性を大いに秘めています。私たちは、なぜこれまで生きてこられたのでしょうか?それは人と人との結びつきがあったからこそであると私は思います。日光の監督や選手にもこのことは常に忘れないで欲しい、といつも言っています。スポーツでも新たな世界に手を出せば、さまざまな人と知り合い、新しい出会いがあるはずです。そのためには、一つのことにとらわれず、1人が2つや3つのスポーツをやってもいいと私は思います。いろいろな活動をおこなうことによって、さまざまな人が結びつき、地域のメディアなども巻き込んで一緒に盛り上げていくのです。それが地域への還元ではないでしょうか。その時、スポーツが地域の人と人とを繋ぐプラットフォームになれば素晴らしいことであると私は思うのです。


スポーツのこれから

 今日では、少子化や大学の改革など学校も変化の時を迎えています。このような社会の変化の中、ある意味で今が新しいことに挑戦するいい機会なのではないでしょうか。先ほども申し上げましたように、これからのスポーツは競技間、行政、地域や学校などが連携することによって、1年365日のスパンでその地域に何ができるのかを考えることが大切になってくるのではないかと思います。それぞれの組織が連携することにより、スポーツも地域も互いに発展することが期待されるのです。