2009-1-26

斎藤春香氏 講演会 第3回(三回連載)

2009/01/26



 去る平成20年12月8日(月)本機構主催の感謝の夕べにて北京オリンピック女子ソフトボール日本代表監督 齋藤春香氏の講演会「北京オリンピックにおける金メダル獲得戦略」のリポートを3回に分けてお届け致します。

司会:山本 浩氏 NHK解説委員室副委員長
講演:斎藤春香氏 北京オリンピック女子ソフトボール日本代表監督

北京オリンピック前哨戦で得られたこと

山本氏: ソフトボール日本代表チームは、北京オリンピック前にカナダで合宿を行いました。そこでカナダカップという大会に出場し、優勝しました。勝因は何だったのでしょうか?
斎藤氏: 選手と指導者だけではなく、サポートスタッフの力が非常に大きいと思います。トレーナー、栄養士、情報分析スタッフなど、裏で支えてくれる人たちのおかげで、コンディションを整えることが出来、選手たちの高い意識も生まれました。また、カナダカップで優勝しても、一つの通過点として捉え、北京オリンピックのための経験に過ぎないんだと選手達が言ってきました。私はこのような発言が出てくるかと見ていたんです。ですから、そう言ってきた時、非常に良い状態だと感じました。あえて私の意見を発言することは控えていました。それが個々の強さの形成に繋がると考えたからです。


山本氏: オリンピックの場合はIDなどの関係で、選手を始めスタッフも絞らなければなりません。カナダではそのような縛りもないので、十分に整った状態で試合に望めるということですよね?
斎藤氏: はい、支えてくださる人々のお陰で、海外遠征もできるわけです。こういった事を、チーム全体に浸透させることも大切です。
山本氏: カナダカップにはオーストラリア、ベネズエラ、中国も参加していました。ここで完勝したということは相当自信も付いたと思います。
斎藤氏: 非常に自信になりましたね。前哨戦として戦術面や他チームとの力の差なども確認することが出来ました。

オリンピック出場メンバーの選考

山本氏: その前哨戦の中で、北京オリンピックの15名の代表枠はある程度決まったのですか?
斎藤氏: 全ての選手にチャンスは与えました。最終的に力量を含めて選考したのですが、その中で、選手はよく応えてくれたと思います。調子の悪い選手は次の日起用しないという方策を採ったのですが、そういう選手は、必ず自分にチャンスが回ってくると理解しているので、それに向けてしっかり修正してくるんですね。
山本氏: カナダカップでの選手の使い方と試合結果というのは、北京オリンピックに直接関係していたというわけですね?
斎藤氏: 経験は非常に糧になったと思います。
山本氏: しかし、そのような選考の中で、プレッシャーに負けてしまう選手というのも出てくる?
斎藤氏: オリンピックでは15人に絞らなければなりません。ですから、その中でのゲームワークが非常に重要になってきます。1人の選手が怪我をした場合、それをカバーできるように2、3つのポジションをこなせるようにと以前から選手たちには話していました。
山本氏: その後、国内で3度の合宿を重ねて選考に至りました。振り返ってみて、自分の思い通りパーフェクトな流れでしたか?
斎藤氏: 実際15名で始動したのは6月からでした。選考される以前の段階では、チームがバラバラで、やはり“自分が選ばれたい”という思いが強いですからね。個々の強さは見え易いですが、まとまりはありません。しかし、ソフトボールは団体競技であり、チームのために自分が何ができるのかということを常々言っていましたので、同じ意識を持ってしのぎあった中の15名なんです。



斎藤監督が考えるチームとは

山本氏: チームスポーツというのは、チームを早くまとめて、チーム力を重視する場合と、個の力を重視し、それを束ねてチームにする2種類があると思います。その2つのバランスを整えるのには、熟慮が必要なのでは?
斎藤氏: 今思えば、タイミングは良かったと思います。私もオリンピックの選考経験はありますが、うわべでは笑っていながら、内心では“この人には絶対に負けない”と思っているんです。それも大事な事なのですが・・
山本氏: しかし、そういう面もないと、オリンピックという大舞台では通用しないのではないでしょうか?
斎藤氏: はい、このような事は非常に大事だと思います。勝負で相手に勝つということは、最終的に自分に勝つということでもありますからね。
山本氏: チーム内の強い選手同士の間をくっつけてチーム力を上げるのか、1〜15名の選手の間をそれぞれ取り持ちながらチームの能力を上げていくのか、斎藤監督はどちらのタイプなのですか?
斎藤氏: まず精神的な部分も考えなくてはなりませんが、全員の能力のバランスを考えます。選考された15名は、全て中心的な選手なので、その中での取り組み姿勢や謙虚さも見ます。1人1人細かく対応しましたね。




北京オリンピック第1戦

山本氏: そして北京オリンピック第1戦を迎えましたが、詳しく覚えていますか?
斎藤氏: はい。緊張した中でしたが、選手たちには“心は熱く、頭は冷静に”と伝えました。若い選手も多く、チームの半数はオリンピック初経験者でしたので、これまでの経験を生かすというよりも、今この場で最高の力を発揮するようにアドバイスしました。
山本氏: 結果、途中もつれながらも決勝まで駒を進めたわけです。
斎藤氏: はい。中国は日本に近いということもあり、応援が凄かったんです。各選手の所属の企業が、会社を上げて応援にいらしてくれていました。その方々が一緒になり、大きな応援となってサポートしてくださり、これは本当にチームの力になるんです。ありがたいです。
山本氏: 日本の持ち味は、精密な守備ですが、その真ん中に上野という選手が位置するわけです。全体の戦力としてバランスは?
斎藤氏: 総合的にはバランスが取れていると思います。
山本氏: 足りなかったことはありますか?よく“勝った時にこそ反省しろ”と言いますよね。
斎藤氏: 勝利の裏には、主役と脇役がいます。例えば自分が「打ちたい」と思っていても、戦略を考えて送りバントをしなければいけなかったり、チームに徹するという気持ちを1戦1戦ごとチーム力として高めていけたと思います。



チーム内のコミュニケーション

山本氏: チームが成長するということは、強くなっていくということですよね。さて、ここまで北京オリンピックについてのお話を伺ってきましたが、指導者としての考えをキーワードごとに分けて質問して参りたいと思います。
よくチーム内のコミュニケーションが大事だと耳にしますが、斎藤監督はこれに関してどうお考えでしょうか?
斎藤氏: 大事だと思います。相手に対して思っていることを言葉で発しないと、理解してもらえません。通常、選手とスタッフ側のミーティングが多いのですが、北京オリンピック代表チームでは、選手主導のミーティングを重視しました。指導者としてチームの目標を設定し、それを選手に伝えて意思決定をさせるということも行いましたが、一方で、スタッフがいる中で選手にミーティングをさせ、選手中心の話し合いをさせました。スタッフが同席することで、選手1人1人の発言が認められるということになるんです。また、チーム全体が情報共有もできますので、大変プラスになったのではないかと思います。
山本氏: それは最初からスムーズに運んだのですか?
斎藤氏: 最初は選手達は何も言わなかったですね。でも、私が心をオープンにし、日々思いを伝えてきました。選手達は“斎藤監督はミーティングが多いな”と思っていたと思います。
山本氏: 皆の前では発言しないが、自分の中で色々と考えているという選手もいたのではないですか?
斎藤氏: はい。就寝前の個別ミーティングも多くしました。また、スタッフ間のミーティングも多くしましたね。スタッフも結果の見えない中で、様々な思いを抱えています。
山本氏: 様々な部分に配慮をなさっていたのですね。監督にも色々なタイプがあると思います。
斎藤氏: 私は“独りよがり”にならないよう心がけています。団体競技は特に多くの人が関係し、支え合って出来ていますからね。

選手たちへの教え

山本氏: 次に選手達に何か心がけさせた事は?
斎藤氏: ミスをすぐに切り替え、引きずらないということですね。1試合の中でマイナスの気持ちを持っていると、試合中ずっと引きずってしまうんです。自己コントロールを常にできるようにと言ってきました。ベンチに帰ってきて、「次は絶対に出来る!今までやってきたんだ」と声を掛けました。
山本氏: それでは、そういった場面があったという事ですね?
斎藤氏: はい。
山本氏: 私もミスをして、「切り替えろ」と言われたことがありますが、そう言われてもどうやって切り替えたら良いのか分からなかった事があります。そういった場合の対処は?
斎藤氏: 選手へのスキンシップが多かったと思います。肩を叩いたりという事です。
山本氏: 女性の監督だから出来る事ですね!
会場; 笑い
山本氏: 監督自身が心がけたという事はありますか?
斎藤氏: 選手を信頼、信用して話をするという事です。選手はしっかりとやってくれるんだと最後まで思って指揮を取る事が大事だと考えています。
山本氏: 自分を律するという事も課題とされていたわけですね。
斎藤氏: 自分が焦ると、選手達にもすぐに見えます。だからあえて私が冗談を言うなどして和ませていました。

ソフトボールのオリンピック種目復活へ

山本氏: 斎藤監督のお話を聞いていますと、中学・高校教師の哲学が根底にあるようだと伺えます。最後にソフトボールが2010年の世界選手権に向けてと、2016年オリンピックの公式種目として復活させるためには、日本何をすべきだとお考えでしょうか?
斎藤氏: 現在、2016年オリンピックに向けて様々な取り組みを行っていますが、やはり世界中にソフトボールの素晴らしさ伝える事が重要だと思います。そのためには日本代表チームが常に強くあるべきで、子供達の夢となり、新たな若手が生まれてくることを期待しています。
山本氏: 北京オリンピックでは、監督には金メダルが授与されないそうで、選手達が紙製の金メダルを作ってくれたというエピソードもあったそうです。本日はありがとうございました。
斎藤氏: ありがとうございました。

以上、斎藤春香監督「北京オリンピックにおける金メダル獲得戦略」第3回リポート
終わりとします。