2012-11-1

平成24年度 日本トップリーグ連携機構 審判研修会   特別講演 西村雄一氏 質疑応答8月25日

2012/11/01

 8月25日に味の素ナショナルトレーニングセンターで行われた、「平成24年度日本トップリーグ連携機構審判研修会」で好評を博した、「公益財団法人日本サッカー協会プロフェッショナルレフェリー西村雄一氏」の特別講演内での質疑応答の模様を掲載いたします。

Q:今まで、たくさんのゲームを吹かれてきたと思うのですが、一番印象深いゲームはありますか?

A:そうですね。今までで一番印象深いのは、昨年の東日本大震災復興チャリティーマッチですね。三浦知良選手がゴールを決めたゲームですけれども、あの試合は本当に忘れられないゲームになりました。あんなに競技場が一体になるということはありえないですね。三浦知良選手のゴールの時、観ている誰もが喜び、そして気持ちがひとつになった。日本中がひとつになれる瞬間に立ち会えるという、本当に貴重な体験をさせていただきました。


Q:今プロとして活動されている西村さんにとって、今後の一番の目標があればなんです

か?

A:自分の目標ははっきりしています。それは、次に担当するゲームをどれだけ完璧にコントロールするかという事です。それ以外の目標は考えてないです。例えば、明日私は担当するゲームがありますので、この講演が終わったら明日のゲームに対してどうやって臨もうかということに集中します。

これは自分がいつも心がけていることで、目標ってすごく遠くにあるようですが、でもそんなことはなくて、実は近くにあったりします。もし、明日のゲームでミスをすると、自分の運命は変わってしまいます。これはおそらく、みなさんも同じはずですね。そして、我々審判員がゲームでミスをするという本当の意味は、選手の運命を変えてしまうということなのです。選手の未来のためにも、審判員は次に担当するゲームに対して全力を注ぎ、その結果が上手くいったら、また次のチャンスがやってくるという繰り返しを、ひとつひとつ丁寧に積み上げていくことがとても大切なのだと思います。

私は、このシンプルな目標をずっと続けていくことに、とても大きな意義があると思っています。この目標は、今までもこれからもずっと変わらないことで、ロンドンオリンピックや、2010FIFAワールドカップ南アフリカ大会などを経験させていただきましたが、実際にやってきたことは「次のゲームがうまくできたら、また次のチャンスにつながる」という事だったのです。今後もずっとこれを心がけてやっていきたいと思います。

Q:サッカーにもいろんなタイプの審判員がいると思うのですが、西村さんが理想にしている事、自分の売りになるところ、審判員としての自分の長所だと思うところはどこですか?

A:私が一番大切にしていることは、「正直にやる」という事です。どんなことかというと、ゲームの中でどうしても見えなくて自分だけでは判断できないことがあります。その時に、自分から見えないものを、見えたつもりで判断することだけはしないように心がけています。少しわかりづらいので、具体的に試してみましょう。

皆さんからは隠れていて見ることのできない私の掌の裏側に、指が何本か立っています。さて、何本指が立っているか答えてください?<回答者:「わからないけど…、3本」> 

嘘つきですね(笑)。では、ここで正しい答えはなんでしょう?その答えは「わからない」なんですね。この答えが出せるか出せないかは、とっても大事なことだと思います。

残念ながら、今回頂いた回答ははずれてしまいました。実は、もし正しい本数を言い当てたとしても信頼はガタ落ちです。なぜなら、偶然当たっただけですからね(笑)。

もうおわかりだと思いますが、選手は「これはレフェリーから見えない」ということをよく知っています。よって、物理的に見えないものを見えたつもりになって判断するということは、レフェリーと選手との信頼関係の構築において、良い方向へ向かないということなのです。正直に見えないものは見えない。でも、判断するという役割を担っている以上、見極められる場所へ移動して正しく見極める。しかし、どうしても自分だけで見極められないのならば、仲間のサポートを受けて正しい判断につなげる。これが正直にやるということです。見えないものは見えないと正直にやったからこそ、次に向けての修正点や改善点を自分で真剣に探しだすだろうし、選手も「見えないならしょうがない」と受け入れてくれるはずです。

話は脱線しますが、今お答えいただいた回答者の方は嘘つきではありません。とてもいい人です。なぜなら、最初「わかりません」とおっしゃったのです。でも、私の「答えてください」というプレッシャーに負けて、わからないのにもかかわらず無理やり答えてくださったのです。ここです。ここがレフェリー心理の一番難しいところなのだと思います。

審判員は白黒はっきりさせなきゃいけない立場にいるので、どうしても答えを出そうとしてしまうのです。おそらく他の皆様にうかがっても、同じように答えて頂いたと思います。わからないけど答えを出してしまうのは、審判員といういい人だからこそ起きやすいことなのかもしれません。このような審判員の習性を知っておく必要があると思います。

Q:今まで、テレビで見ているとフィールド上で選手と話をしている場面を見るのですが、どんなことを話しているのですか?

A:私には大変貴重な経験がありました(笑)。私は言っていないのに、選手が言われたと試合後にメディアに対して発言し、新聞で大騒ぎになった事は皆さんご存知かと思います。その時に気づいたのは、「時に言葉はまったく効力を持たない」ということでした。もし、私が本当に言ったのならば自分で反省するし、次の解決方を見つけることができるのですが、私は言っていないのに間違った情報が世間に広まってしまって、自分ではどうすることもできず本当に大変でした。

そのときにわかったことは、選手と話すことは大事だけれど、言葉に何か意味を持たせて話したところで、選手には伝わらないことが多い、ということに気づいたのです。興奮している選手に声をかける。これは、選手が落ち着いてプレーに集中できる心理状態に戻すということ。そのためには落ち着くための『間』が必要なのです。話している雰囲気の『間』が大切だと気づきました。

レフェリーと選手が良い雰囲気で話をしたり、一緒に歩いたりして創られたた『間』によって、選手が落ち着き周囲も納得する。私が実際にフィールドで行なっていることは、意味を込めた言葉を用いて話をすることよりも、選手の気持ちが落ち着くための『間』をどうやって確保しようかと考えています。そして、その『間』の中で、どこで、どの方向に、どんな感じで選手と接するかということを考えています。

例えば、選手と対峙する位置や距離で、まったく雰囲気が変わってしまいます。選手に対し正面からから行くのか横から行くのか。やや距離を保ったほうが良いのかそれとも身近な距離に入ったほうが良いのか。最終的には、レフェリーのコントロール下で選手との友好的な印象が与えられるのかどうか。これらのことを意識して選手への言葉がけをしています。

Q:西村さんが思う、理想的なメンタリティーってなんですか?

 質問者→(もともとすごく緊張する方で、ゲームに対してはモチベーションを上げるようにして突っ込んで行くような形でやっていたがミスが増えてしまった。その後、私が考える強いメンタリティーは、準備をしっかりして、できるだけ感情を持ち込まないように淡々とやることを考えて試合に挑戦している)

A:今おっしゃったメンタルアプローチは、私とすごく似ています。その中で私と違うところがあるとすれば、「感情を押し殺して内に秘める」というような表現をされていたところですね。私は自分の感情を全部引き出して、それをセルフコントロールして表現することで、自分の感情を有効に利用しています。

それから、緊張するということですが、緊張やプレッシャーは、自分が作り出しているので、自分が万全の準備をしてあとはやるだけと思うことができれば、リラックスした状態でいつものパフォーマンスが出せるはずです。

今まで日頃の積み重ねがあるからこそ、それに見合うレベルの試合を担当しているのですから、何も不安に思うことはありません。例えば、我々が今回ロンドンオリンピックに呼ばれたという意味を説明します。FIFAはロンドンオリンピックのゲームに対し「西村Trioのパフォーマンスで大丈夫」と思っているからアポイントをしてきました。ロンドンに入ってから準備期間の3日間でうまくなって、ゲームを上手にコントロールして欲しいとは思っていないわけですね。

このことを理解しておくとゲームへ臨むメンタリティーが安定します。ゲームを割当てる側は、我々の実力を知っていて、だからこそ、それぞれのゲームに割当てています。ということは、自ら課題を設定してより一層頑張るでなはく、いつも通りやることで割当ててくれた人の満足度は高められるということです。

このように考えると、これはビッグゲームだという考えが一切なくなります。ビッグゲームだと思っているのは、選手や監督やサポーターなどの周囲の方々で、レフェリーからすると、純粋にゲームはゲームと思うことが出来きるはずです。このように考えることで、ゲームの大きさによってプレッシャーがかかるということはなくなります。これは、自分で自分にプレッシャーを創らず、「自分にはできる」と思えることで、より日頃の自分のパフォーマンスが発揮できるようになるわけです。「レフェリーにとってゲームの価値はどれも同じ」と思えることが、緊張やプレッシャーから開放されるためにとても重要だと思います。

それともうひとつ、モチベーションをあげ過ぎてしまうと、自分の感情をコントロールできなくなってミスを招いてしまうという事はよくあります。もし、そういった経験をすでにされているのならば、自分の意気込み過ぎということに気づくことができるので、いつも通りを心がけることがきると思います。それとは逆に、感情を押し込めてしまうと、それがフラストレーションになってしまいマイナスに働くことがあります。こちらも自然な状態にして、いつもどおりを心がけることで、自分のパーソナリティーを生かしたレフェリングにつなげることができると思います。

ちなみに、日本人のレフェリーには感情を押し殺すタイプがとても多いようです。日本人の美徳としている、常に冷静さを保つということが影響しているかもしれません。それに比べると、海外には上手に感情を表現しながらゲームをコントロールするレフェリーがいます。躍動感のあるジェスチャーだったり、笑顔や怒りの表情だったり、感情を表に出しながら選手と接しています。それが当たり前の国々の人々からすると、もしかしたら「日本人って何を考えているのかわからない」と思われているかもしれませんね。

我々日本人にも感情はあるわけで、「レフェリーも一瞬ワッとなったけど、自分も落ち着いたからあなたも落ち着かない?」とか、「なんでそんなことをするの(怒)!」という表情を使ってみるとか、自分の感情を用いた対応もありだと思います。

この対応に必要なことは、「感情をコントロールする」ということです。ゲーム中における、自分と選手の感情を全て取り入れて、ゲームをコントロールするための表現に変えて、ゲームを魅力的なものに導くことが、レフェリーの能力として求められていると思います。


西村からのメッセージ

皆様の前向きな意欲のおかげで、楽しく講演をすすめることができました。心より感謝申し上げます。

そして、我々の持つそれぞれの競技への深い愛情が、その競技の発展を支えていることもあらためて確信いたしました。

「審判」という役割は、楽なものではありません。しかしながら、我々の存在によって選手は輝き、多くの感動が生まれることも事実です。

競技の枠を超えて審判活動に対する「誇り」を共有し、我々の力を合わせてスポーツの発展に貢献していけたらいいなと思っています。 Let’s enjoy refereeing!!