最高の選手を目指す・リカバリーについて(後半)
超回復の原理に従ってトレーニング効果を追及する場合、リカバリーは最も大切な工程となる。ストレッチ、水分補給、栄養俸給、休息などを中心としたリカバリーが適切に実行されない場合、選手はリカバリープロセスを消化できなくなる。その場合トレーニングの蓄積は、オーバーワークというネガティブな結果を招きかねない。またオーバーワークは、筋肉疲労、老廃物の蓄積、ホルモンのバランス崩壊という深刻な問題に発展する恐れもある。このような問題は、まずは疲労という形で如実に選手の中に現れる。そして疲労除去が不十分な状態が続けば、モチベーションの低下などの深刻なオーバーワーク現象に陥ってしまう。
インビジブルトレーニングの代表例でもある、『ストレッチ』についても考えよう。競技トレーニングにおいて負荷のかかる筋肉を、適切にストレッチすることで、選手のリカバリーを促進が可能となる。静止状態で疲労箇所を数秒間以上ストレッチすれば、筋肉の緊張をほぐし疲労回復には効果的だ。しかしボールスポーツでは、静的ストレッチ、動的ストレッチの使い分けも重要なポイントとなることを覚えておこう。特に静的ストレッチでは、選手がリラックスるため“集中力を失う”というポイントに留意したい。概して静的ストレッチやペア(二人組み)で行なう深いストレッチは、動的ストレッチに比較すればリカバリーにより適している。
スポーツ選手として最高のパフォーマンスを目指す場合、適切な医療機関などへのアクセスを確保することは成功への必須条件である。この文脈での“医療機関”とは、外科やリハビリ担当医に限った話ではない。あらゆるリカバリー工程を促進できる場所を含んでいる。筋肉をほぐすためのマッサージや血行促進のために活用されるクリニックなどがその一例である。サウナや健康ランドなども、そのような機関の一種である。サウナは心肺機器にポジティブな効果をもたらす。温水と冷水の使い分けによるリカバリーも、温度差だけではなく水圧などにより身体機能のリカバリーに効果的だ。温水シャワーは神経系統をリラックスさせることが期待でき、新陳代謝を促進することも可能だ。冷水風呂などを活用することも、筋肉のリカバリーには有効となる。冷水では冷却鎮痛などの効果が期待できる。バスタブに氷水を用意することなどの工夫は、環境を問わずに簡単に準備できる。
スポーツ選手にとって、最高のリカバリー方法は何だろう?リカバリーの中でも最も自然な方法で、効率よく、安上がりに精神と肉体の回復を促進する手段が『睡眠』である。睡眠中には、傷ついた細胞の再生が起こり、老廃物の処理が進み、疲労回復を達成できる。そして睡眠中には、リカバリーに必要となる各ホルモン分泌も活性化される。一日に平均7~9時間の、質の高い睡眠をとることが推奨されている。また睡眠の長さだけではなく、消灯時間も大きなポイントとなる。夜の11時に消灯するのと、夜中の3時に眠りにつくのでは、次の日のトレーニング効果に大きな差ができる。また毎日20~30分ほどの昼寝をとることも、リカバリーホルモンの分泌や夜間の睡眠クオリティー向上という観点からも有効だ。
トレーニング直後の栄養補給は適切に行なわれているだろうか?トレーニングや試合が終了すれば、選手の身体は栄養補給を受け入れやすい状態になる。そのためトレーニング直後の栄養補給は、理想的かつ決定的な瞬間となる。運動直後に必要不可欠な栄養補給を満たせば、身体器官のリカバリーも順調に進み選手は素早く回復する。筋持久力の要求が高いボールスポーツでは、エネルギー源となるグリコーゲン(Glycogen)の補給を優先したい。そのため一般的には、炭水化物の吸収が優先となる。
スポーツ選手のガソリンとなるのが、グリコーゲンだ。しかし技術動作などを実行するのは、筋肉繊維に依存する。トレーニングを通して、筋肉は収縮、伸縮、動的ストレスを繰り返す。その過程で筋肉繊維はダメージを蓄積する。そのためリカバリーでは、グリコーゲンの吸収以外にも、筋肉繊維の回復などにも注意を払う必要がある。筋肉繊維のリカバリーを怠れば、ダメージを蓄積して筋肉はその機能性を失ってしまう。この筋繊維のリカバリープロセスには、蛋白質に由来するアミノ酸の吸収が必要となる。このようにエネルギー源の確保(炭水化物の摂取)と、筋肉繊維の回復(蛋白質の摂取)を同時に管理することがスポーツ選手には必要となる。トレーニング強度、回数、種類、そして体質などに応じて、バランスよく豊富な食事生活を追及しながらも、この二種類の栄養要素の管理には注意したい。
スポーツにより脱水状態になれば、筋肉繊維や靭帯などのダメージが悪化する恐れがある。そのような筋肉繊維のダメージが発生すると、関節や筋肉が硬化してパフォーマンスの低下に直結する可能性もある。また水分補給を怠ると、疲労回復の遅れも顕著に見られる。トレーニング中に限らず、トレーニング前後にも細かく水分を補給したい。電子分解物質、ミネラル、塩分などを含むドリンクを可能な限り準備したい。いわゆるアイソトニックドリンク(日本ではアクエリアスなどがその代表例)などは、トレーニング中から積極的に飲用することが好ましい。
健康サプリメントなどは健康科学の観点からも、スポーツ選手の食生活をより完璧に近づけるために有効となる。自然健康食品、サプリメントなどには健康生活の補助だけでなく、スポーツ選手の間接的なパフォーマンス向上効果も期待できる。健康サプリメントの代表例には、各ビタミン剤などが挙げられる。ビタミン剤やミネラル剤は、新陳代謝を助け体のバランスを保つ手助けもできる。抗酸化作用のあるビタミンA、E、C郡などは特に効果が期待できる。アミノ酸なども、激しい筋肉疲労の回復などに高い効果がある。カフェインは強心、興奮作用の他にも、わずかではあるが骨格筋収縮力を増大させる作用もある。
プロフェッショナルという言葉には、多くの意味が含まれている。選手達はプロフェッショナルの競争環境からの要求に応じて、私生活の全てを調整する義務がある。競争環境で必要とされるパフォーマンスの保証のために、責任と規律をもって私生活から行動するのも当然の義務である。要約すれば、スポーツ選手として行動するのは、練習内外の24時間の生活なのだ。そこには厳しい規律と自己管理能力が必要不欠とされる。常にエリート選手として高いスタンダードを保持できる選手は、実はスポーツ選手の一握りでしかない。しかしプロフェッショナルらしく行動できる選手は、誰もがなれる可能性を持っている。エリートレベルを目指すスポーツ選手は、収入の有無に関らずに、プロフェッショナルとして各競技と向き合うべきだ。
体力、技術、戦術にも優れながら、多くの選手が挫折して消えるのがスポーツの世界だ。目標に到達できないまま消えていく才能は、数え切れない。指導者側からも、選手を真の競争メンタリティーへと導くことが大切だ。試合に勝つことではなく、目標を達成することを目標として選手を育てるのだ。またインビジブルトレーニングに打ち込める選手は、自己犠牲の意味を深く理解して、必ず目標を達成するメンタリティーを抱えている。日常からの自己管理を通して、高いパフォーマンスへと自らを近づける意識を保つのだ。
高いレベルに達すれば、先述のようなインビジブルトレーニングを実行できる選手こそが、トレーニングの効果的な吸収を可能にする。そこには指導者側からも、各選手のモチベーションを理解して、どのような要求をするかを考えたい。自己管理のできるモチベーションの高い選手であれば、トレーニングの効率性は当然ながら高まる。指導者は、トレーニング外での時間やモチベーションの大切さを選手に教育することも義務となる。またトレーニングの効率を高めるだけでなく、試合にも大きな影響を与えるのがインビジブルトレーニングである。
自転車に乗ってレースを競う状況を想像していただきたい。自転車レースに必要となる体力や技術は、スタート台で自転車に乗る前にすでに決定付けられている。水泳のジャンプ台に立つのも、100メートル走のスタート台に立つのも、自転車レースと同じことだ。レースが始まる直前に、急に体力や技術が向上することはない。進化が起こるのは、レースやトレーニングが終わり、そして同化、吸収、回復、という超回復プロセスの中にある。効率よい超回復プロセスのためにも、リカバリーの向上に日頃から意識を傾けたい。