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2015-9-7

世界トップレベルの監督が見た日本のフットボール(前半)

世界最高峰のスペインリーグという背景

 世界最高峰と称されるスペインフットサルリーグの存在は、世界でも広く知られている。完全プロフェッショナル制の環境で16のクラブが年間平均240回のトレーニング、45試合を消化するという過密スケジュールのリーグだ。毎週末の試合に生き残りをかけた激しい戦いを控えており、スペインリーグのストレスは計り知れない。2015年の7月末、スペイン北部を代表するフットサルクラブ『サンティアゴフットサル』の総監督サンティアゴ・バジャダレス・ロペス氏(以下はバジャダレス氏)が来日、九州を中心に日本のフットボールと15日ほど触れ合う機会があった。

 バジャダレス氏は選手現役時代はスペイン代表として世界選手権(W杯)にも出場、クラブでも中心選手としてスペイン国内で優勝を果たしている。指導者としてもスペイン代表監督の補佐官を務め、現在のサンティアゴフットサルの総監督の座に至っている。日本の各地でトレーニングやコンフェレンスを行なっていただいたが、日本のフットボールに触れ合っていただくには実に贅沢な経歴の人材であった。

<スペインでは最前線で戦うバジャダレス氏、アジアに来るのは始めてとなった>
サンティアゴフットサルの総監督

 バジャダレス氏が指揮をとる、『サンティアゴフットサル』は歴代多くのスペイン代表選手やブラジル代表選手を育てるだけではなく、優秀な指導者の育成でも知られている。選手は完全にプロフェッショナルとして生活しており、専門的にフットサルを競技として極めた選手の一握りのみがこのようなクラブへ挑戦できる資格を持つ。多くのタイトルを手にしたこの名門クラブの総指揮をとるのが、現在52歳になるバジャダレス氏だ。彼は選手時代はスペイン代表選手、そして国内随一のプロクラブでの選手経験を経て、プロフェッショナルの指導者になることを決断したフットサルエリートでもある。若い頃はサッカーもプロフェッショナルレベルでプレーしたバジャダレス氏だが、指導者としてはスペイン最高のライセンスもサッカー・フットサルの両方で保持している。今回のバジャダレス氏の来日では、主に技術・戦術的なアドバイスを中心に多くのカテゴリーと向き合っていただいた。

<日本では関東、九州を中心に多くの優秀な指導者とも交流を実現した>

 今回バジャダレス氏の15日間の日本滞在を通して、実に9チーム、3大会、5つのカテゴリーと触れ合う機会となった。九州の小学生大会から、関東のFリーグまで研修室からピッチに入り指導してもらう中で、彼が残したアドバイスは実に貴重なものとなった。また運営委員、選手だけではなく、多くの指導者とも交流を実現することができた。毎日のハードスケジュールの中で、バジャダレス氏の印象に強く残ったことは多々あった。今回のコラムでは、世界トップレベルを30年以上も現場で戦うスペイン人コーチが見る日本のフットサルとフットボール文化について考えてみよう。

日本のフットボール文化について

 バジャダレス氏は来日からすぐにトレーニングや交流体験から、日本独特のフットボール文化について強い印象を受けとった。まずは日本人の持つ『尊重』そして『規律』というキーワードが出てきた。日本では選手がトレーニングに必要となる道具などを設置する文化がある。そして体育館を掃除する清掃文化もある。そしてものを大切に扱う教育がなされている。選手の挨拶、選手がピッチに出入りするとき頭を下げて礼をする様子などは、バジャダレス氏には大きなショックのようだった。日本人のスポーツにおける尊重と規律が、何よりも強く印象に残っていた。

 余談ではあるが、2014年にフットサル日本代表がバジャダレス氏率いるサンティアゴフットサルとの練習試合をスペインで行なった後も、日本の選手達が完璧なまでにロッカールームを清掃して会場を後にしたことがスペイン現地紙でも大きく報じられた。

<試合後にピッチを清掃する日本の選手、日本の美徳の1つである>
育成年代における問題点について

 バジャダレス氏は来日した直後に、九州を代表する52ものチームのサッカーチームが集結して行なわれる『エグザイルカップ(U−12)』も体験した。サッカーチームやフットサルチームの少年クラブが競い合いながら、全国大会への切符を争うという大会だ。そのため、数多くのチームのメンタリティーやゲームプランが明確に見えるよい機会となった。バジャダレス氏には早朝から夜まで、1日中ずっと子供達にアドバイスを与えながら多くのチームと触れ合っていただけた。その中で彼が指摘したことの1つに、ゲーム性質や少年選手たちの成長を完全に無視したフットボールが目だったことがある。

『規律のとれた子供たちが、秩序のないフットボールを行なう』

 日本の育成年代の大会では、ボールを繋がずに、とにかくボールを前に蹴り出す。多くの少年チームはボールによるパスまわしを自ら否定している。スペインのようなフットボール大国から来たバジャダレス氏には、日本人の子供達が意味もなくボールを蹴り合う現状が、どうしても理解できなかった。問題を要約してしまえば、個人技術、認知力、ゲーム理解の全てが大きく欠落している。そして子供達はエラーを恐れるために、ボールを蹴り出してしまう。また選手によってはプレー時間が極端に長かったり、短かったりする。これらは日本フットボールの大きな問題を示唆するポイントである。

クラブではない学校の部活動としての限界

 学校の部活スポーツとして大会を消化する日本のフットボール文化には、選手の成長における継続性にも難点がある。選手の観点からは、学校を卒業すればチームは一度は解散となる。また中学校でも卒業と同時にチーム再編成を繰り返すこともある。指導者レベルでは、コーチングを学校の教員やボランティアの方々が担っている場合が多い。例え資格を持った指導者でも、健全な育成は決して簡単なミッションではない。更にはボランティアコーチなども多い学校スポーツで、フットボールをしっかりと段階的にマスターするのは困難なことだ。学校を卒業すれば、その指導者も変わり、チームメートも入れ代わる。同じ哲学を共有しながらプレーすることは不可能に近い。地域に根付いたクラブが多く存在するスペインのフットボール文化に比べると、やはり部活動スポーツには難しい制限が多く見られる。

<多くのフットボールチームは学校単位であり、指導者が不在のこともある>

 コラム前半のまとめとしては、日本の尊敬と規律の文化は世界に誇れるということが再確認できた。完璧主義の性格と尊敬・規律文化からか、エラーを恐れるプレーが非常に目立つという印象を、バジャダレス氏は感じ取った。そしてゲーム性を全く無視したゲームが多く見られることは、何よりも心配の種となっている。フットボールを育成年代でしっかりと、選手に均等に教えていない現状がある。そこには『学校部活におけるスポーツ発展の限界』というテーマも見え隠れしているかも知れない。