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2015-8-24

『チームでのコミュニケーションと批判的思考(後半)』

◆批判的思考から生じる議論

 前回のコラム前半では、グループの共通意識の中心にあるものが、コミュニケーションであり、コミュニケーションの質を向上させるためには、①個人との対話や②グループへの情報伝達などを、③批判的思考をべースに洗練させていくことが必要というポイントまで至った。コラム後半となる92号では、チームの共通意識やパフォーマンス向上のために必要となる『批判的思想(クリティカル・シンキング)』をテーマの中心として考えてみたい。

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 指導者、選手、フロント、サポーター、その全てに健全な批判的思考が必要となる。批判=悪口ではない。西洋学者などの定義から解釈すれば、『批判』とはあら探しではなく、思考過程を改善するための情報の提供を意味している。また批判的思考とは、複雑な判断、分析、統合、思考や自己反省を含み、問題の背景をも読み取った上での分析回路である。

<批判的思考を基にして、個人、グループで話し合うことを習慣付ける>
◆パフォーマンスという言葉を理解する

 選手のパフォーマンス批判についてだが、このパフォーマンスも、①試合におけるパフォーマンス、②トレーニングにおけるパフォーマンス、③私生活におけるパフォーマンス、という3つに種類分けることができる。指導者はしっかりコーチングスタッフと協力しながら、①試合、②トレーニング、③私生活における選手の状態を把握することが求められる。それが結果として選手個人、集団戦術に対する理解やパフォーマンスの向上への近道となるからだ。背景を理解したうえで判断基準を明確にしてのトレーニング、試合、私生活に対する批判的思考こそが、チーム力を引き上げる材料となる。パフォーマンス批判の対象となるいくつかのコンセプトを、以下に列挙してみる。

 ▪総合的なチームパフォーマンス
 ▪戦術、技術、体力、戦略的なマネージメント
 ▪チームにおけるメンタル的な犠牲と団結の精神
 ▪チームに対する個人ごとのパフォーマンス
 ▪トレーニングや試合外でのパフォーマンス

 チーム内での批判的思考の原則だが、批判してもチームパフォーマンスを高めなければ意味がない。批判に伴うパフォーマンス向上や態度の変化は、概してポジティブな効果をチームにもたらす。また公平な批判を行なうことは、チームや選手にとってネガティブになることは少ない。指導者はこの公平な批判を十分に意識しながら、批判的思考というツールを洗練させたい。

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◆批判的思考におけるポイント

 •問題提起により因果を明確にする
 •根拠や前提をしっかりと分析する
 •主観を取り除いて背景を理解する
 •ポイントを単純化せずに多角に追求する
 •理論やルールにそって論議を検討する

 個人や集団を不公平に批判することは、頻繁に起こる代表的なエラーである。指導者側も、これは慎重に配慮したい。誰でも選手ならば、明らかな体調不良などなら認めることができる。しかしその他の批判については、しっかりと論理的に展開する必要がある。ボールスポーツにおけるエラーとは、概して複数の現象が連鎖して起こるものだ。そこに個人的なエラーを指摘するには、しっかりとした戦術理解や共通のコンセプトが必要となる。また相手の守備、自分たちのメンバー、試合の状況などの背景を無視してエラーを探すことは、反感をまねく危険な批判になりかねない。どんなにパフォーマンスを向上させるためでも、グループ内で批判された選手は、ネガティブな存在として位置づけられることも覚えておこう。上手にフォローすることも大切だ。

<背景を理解した配慮や口調も、ポジティブな批判には大切なエレメント>

 ▪たとえ公正な批判でも、誰も自分の批判を認めたいとは思わないもの。
 ▪公共の場所での選手批判は、その選手にとっては非常に気分の悪いもの。
 ▪心理学的に褒められる方が、批判されるよりポジティブな効果をもたらすことが証明されている。そのため指導者は選手のポジティブな態度を誉め称え、自信を植え付けることが大切だ。
 ▪絶対に避けられない批判は、チームの問題を未然に防ぎ解決する効果をもたらす。そのため指導者は批判を介して、許されないことや約束事を選手に明確にして伝える。
 ▪全体ミーティングなどにおけるエラー修正については、一般的なエラーを選んで解説することが好ましい。個人批判は、可能な限り避ける。
 ▪誰でも第三者から批判を知ることは嫌がる。指導者の批判やグループ崩壊につながる可能性を持っている。対話することを大切にする。

◆ポジティブな批判的思考とは?

 最後に『ポジティブな批判』について考えてみたい。ポジティブな批判こそが、批判的思考の目指すものだ。そしてポジティブな批判こそが、チームを前進させるツールとなる。指導者が正しい口調で、公平な視点をもって、客観的に分析批判を行なうことがポジティブな批判的思考の基盤となる。しかしポジティブな批判を継続することは、決して簡単なことではない。さらに競技レベルが上がれば、公正な態度や選手に対する評価基準がさらに難しくなる。またポジティブな批判の基準だが、非常に不確定要素の強いものだ。それは選手のパフォーマンスには浮き沈みもあり、また指導者はどうしても特定の選手に感情移入する傾向があるからだ。いずれにしてもポジティブな批判によってチームのプラスとなるように、各指導者はそのバランスポイントを探すことになる。そこには目には見えない、高いレベルの手腕が問われるだろう。

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 なおこの『批判的思考』のルーツについては、古代ギリシャの哲学者ソクラテスを参照にしていただきたい。スポーツ環境に限らず、この批判的思考(クリティカルシンキングと呼ばれ、ビジネスなどでも広く知られている)は社会生活にもきっと有効利用できるはずだ。