アマチュアスポーツ環境のフィジカルトレーニング(前半)
ボールスポーツクラブの取材などを進める中で、筆者が特に研究しているテーマの1つが『フィジカルトレーニングへのアプローチ』だ。競技の特質にも左右されるが、ボールスポーツにはフィジカルトレーニングが欠かせない。プロクラブ、アマチュアクラブ、各レベルによって大きくトレーニングへのアプローチも異なっている。一般的なアマチュア競技では、現在にいたり週に2、3回の練習で一度はフィジカル重視のトレーニングを長時間にわたり導入しているようだ。
近年ボールスポーツ全般の研究が進むにつれて、フィジカルトレーニングの意味とアプローチ方法の見直しが進んでいる。ボールスポーツにおけるフィジカルトレーニングでは、どのような計画基準が導入可能だろうか。今回は特に、アマチュア環境におけるフィジカルトレーニングの改善を目的としてコラムを構成したい。(前半)
◆練習計画のための必須情報
フィジカルトレーニングは、戦術練習、技術練習と平行してチームトレーニングの主軸の一つである。まずはフィジカルトレーニングに限らず、ボールスポーツの練習計画において最低限の情報整理が必要となる。それでは以下に、理想のトレーニングを構成するための最低限の情報要素を整理してみよう。
①トレーニング環境
各自の環境は何よりもトレーニングに大きな変化を与える。トレーニングの開始時期、毎月ごとのトレーニング日数、毎週ごとの練習回数、時間帯、セッションごとの時間、インターバルの時間、グラウンドの環境、交通状況・・・そのような環境条件をコーチ陣は把握する必要がある。与えられた環境、または準備できる環境にトレーニング構成が大きく影響されるのは、技術・戦術トレーニングでも同じだ。また不足するトレーニング要素をいかに補うか、それを試行錯誤するのもコーチ陣の義務だ。あるものは全て有効利用しながら、無いものを補う姿勢を大切にしたい。
②選手のバックグラウンド
選手の特徴や背景を理解することも、トレーニング構成には欠かせない。選手の競技経験、グループの完成度、年齢層、グループ内での競争、派閥、フィジカル、フィジカルに相対した技術的、戦術的な完成度・・・そしてどのようなトレーニングを経験してきたかなども問題となる。選手の『経験値』という観点からのバックグラウンドを、コーチ陣はしっかり理解してトレーニングに還元する必要がある。
③目標とノルマ
何事にも目標がなければトレーニング計画は立てられない。様々な期間、観点からも現実的な目標やノルマを設定することが健全だ。シーズン、中期的(メソ)、長期的(マクロ)期間での現実的な目標設定、理想となる目標とその時期を決めるプロセスだ。または上司やクラブ側から要求される、外的なノルマ条件なども考慮する必要がある。なお戦術トレーニングと異なるポイントとして、毎回の試合を基準とした短期的計画(マイクロサイクル)よりも、フィジカルトレーニングの調整は長めの計画性をもった工夫が必要になることがある。
④人材とトレーニングマテリアル
各クラブはどのような資質のフィジカルコーチと、どのような契約を交わしているのか。またフィジカルトレーニングを代行する指導者たちは、どのくらい競技のフィジカル側面を理解しているのか。また彼らは、どれくらい選手を知り尽くし、対戦相手ごとの試合におけるフィジカル要求度を想定できるかも問題だ。そして個別の理想的なトレーニングメニューに到達できるか、という難しい課題も忘れてはならない。クラブ側は平行して、フィジカルコーチにはどのようなアシスタントが付いて、どのような種類のマテリアルを準備することが可能なのか?フィジカルトレーナーの幅広い知識、経験、そしてクラブからのサポートや要求も大きなポイントとなる。
◆練習計画へのアプローチの仕方とは?
トレーニングへの最低条件が明確になり、現実的な目標を立てる局面になれば、次はトレーニングを周期に応じて分類する局面だ。ボールスポーツでは、どのような周期ピリオドを計画基準とするのか、ここでも復習してみよう。一般的に欧州を中心に、3つの大きなトレーニングサイクルが紹介されている。マイクロサイクル(短期)、メソサイクル(中期)、マクロサイクル(長期)という3種類の周期を皆様もご存知だろう。技術・戦術練習によく応用されるこの3種類の周期計画システムだが、フィジカルトレーニングにも当然ながら、同じアプローが適用可能となる。
◆マイクロサイクル(短期)
まずは戦術トレーニングなどでも競争カテゴリーでは最も一般的とされる、マイクロサイクルについて復習しよう。このサイクルは試合ごと、例えば1週間単位でのピリオドを一般には意味している。目の前の試合を大きな目標として1つのトレーニングサイクルが完成する。試合ごとに1つのサイクルが終わり、試合ごとの必要性に対応しながら、トレーニングの強度などが調整されるシステムだ。例えば必ず勝利するべき試合の週には、ある程度フィジカルトレーニングの要求度を抑えて、試合でのパフォーマンスを優先することが望ましい。また週のトレーニングサイクルの中で、リカバリー速度が高いもの、例えばパワートレーニング(または週明けならばプレベンティブ)からトレーニングサイクルを開始することなども、マイクロサイクルを管理する1つのヒントとなる。
◆問題提起『Aチームの週末へ向けたフィジカル負荷について』
あなたが目標は1部残留の、中堅クラブチーム(A)の監督と仮定しよう。Aチームは(1週目)に、勝つことが不可能と考えられる強敵Bとの試合を控えている。またBチームとの対戦の次週(2週目)には、勝利が期待できる格下のCチームとの対戦も控えている。休み前の(3週目)には、格下のDチームから勝ち星を確実に奪うプランがある。
あなたがAチームのフィジカルトレーナーならば、この4週間例えばいかにトレーニングへとアプローチを実行できるだろう?ここで可能となる回答は無数とあるが、いずれも論理立てて計画を首尾一貫させることが大切だ。フィジカルトレーナーの知識、経験、そして何よりも分析力と計画性が問われる。このような短期・中期的サイクルを管理することの難しさはとても奥深い。
◆メソサイクル(中期)
メソサイクルとは中期的に近づく目標や、2~3ヶ月以内に予定するカップ戦など特定の試合までのピリオドごとのトレーニング計画だ。シーズン中のある特定の時期や、カップ戦、トーナメント、その他のピークを目標として、フィジカルコンディションを中期サイクルの中で調整するメソッドだ。一般的には3ヶ月ほどのサイクルが多く、その中でチームと選手のコンディションを扱う計画性が求められる。フィジカル面でのコンディション作りには、このような中期的サイクルで選手に疲労を残さないこともポイントとなる。トレーナーは、クラブ、選手、コーチ陣と密接に計画を行なう義務がある。またトレーナーの柔軟性も問われてくる。このメソサイクルの扱いこそが、フィジカルトレーナーにとっても腕が試される大きなポイントだろう。
◆マクロサイクル(長期)
最後にマクロサイクルとは、6ヶ月またはそれ以上の遠い目標を考えてのトレーニング周期を指している。育成年代などでは、クラブや協会の方針として打ち立てることが可能なサイクルではあるが、やはり技術・戦術的計画に用いられる場合が一般的だ。競争レベルのフィジカル要素という観点からは、マクロサイクルでは管理するのは難しい現実だ。長すぎるサイクルのために、フィジカル状態を予測したり計画するのは現実的ではない。しかし育成年代などの長期的な過程課題としては、いくつかの目標を設定することも可能かもしれない。特にコーディネーション、アジリティーなどは、マクロサイクルによる計画で導入することも可能かもしれない。
ここで3つのトレーニングサイクルを復習したが、やはり競技レベルのアマチュアクラブという土台で考えれば、短期のマイクロサイクル、中期のメソサイクルまでの計画が現実的だと筆者は考えている。2週間ぐらいの短期間でのフィジカルコントロールを行なえば、短期、中期的に怪我なく効率よく結果に結びつくトレーニングを計画できる。大切なポイントとなるのが、フィジカルトレーナーによる競技理解の深さである。仮に各競技の特徴をしっかりと理解したトレーナーがいなければ、指導者が協力してフィジカルトレーニングに介入することも必要となる。フィジカルトレーニングと戦術練習は、もはや切り離すことのできない、表裏一体の時代を迎えている。