「ゆだねて束ねる 〜 ザッケローニの仕事」
「郷に入りては郷に従う。この素晴らしい国で私が守るべき信念は、たったそれだけだった」。この謙虚な言葉は、サッカーW杯ブラジル大会で日本代表を率いて無念の予選敗退を喫して退任したイタリア人のアルベルト・ザッケローニ前監督が吐いた本音である。彼が就任した2010年8月から4年間、ザックの人柄、哲学、考え方を徹底的に取材、その総括を初めて明かした著書である。日本をこよなく愛した男のすべてを知ることができる。ザックは長時間のインタビューに応じてこなかったが、筆者は日本のジャーナリストで初めて単独ロングインタビューに成功した。
日本の風土、文化、社会に溶け込もうと必死に勉強する姿、その努力を惜しまない生き方が鮮明に描かれている。「日本を、日本人を、日本サッカーをまずは尊重し、敬意を示す。お世辞でも、相手を喜ばせるのでもなく受け入れ、最適な素材の味を検討し始める。日本代表監督として独特なアプローチだった」と筆者は評す。
イタリアに「異なる国には異なる文化がある」という諺がある。冒頭での「郷に入りては郷に従う」と同じ意味だ。ザックはこの言葉が気に入っているようだ。「人間万事塞翁が馬」「団結は力なり」など、各見出しには、日本にもイタリアにもあるザック流の諺が出てくる。
心の底から日本を愛してやまなかった。彼はいつも日本に「行く」ではなく、「帰る」と言う。選手やスタッフを愛し、戦術的に日本のサッカーに染まり、鋭い観察力で少しでも強く、上手くさせようという意識で指導してきた。「何よりも選手とのコミュニケーションを重んじる」とのコメントも真実味を帯びる。
これまで、トルシエ、ジーコ、オシムら国も成り立ちも異なる5人の監督の下で仕事をしてきたチーム最年長34歳の遠藤保仁が語る。「これまでの代表監督の中で、あらゆるシーンで選手の動き、考え方を見られる人。こっちに状況判断も任せてくれた」と話す。歴代外国人監督の中で、日本の将来性を見抜く力もしっかりと持っていた指揮官だった。次期監督が誰になろうと、ザックは膨大な遺産を与えてくれたと言える。
「選手との関係構築から食事などすべてにおいて『郷』を尊重し、まずは相手にゆだねる。ザック流の味つけ、つまり束ねるのはその後だ」との筆者の文面が印象に残る。(了)