『プレベンティブトレーニングについての研究』
集団ボールスポーツの特性の一つに、激しいフィジカルの要求が挙げられる。毎週末の試合において、選手達の疲労はその限界を迎える。平日からの激しい練習、そして試合から蓄積されるダメージは多大なものだ。そのためプロフェッショナルのボールスポーツクラブでは、試合後には必ず①リカバリー、②休息、③スタートアップ、というプロセスが実行される。例えば土曜日に試合が行なわれれば、試合後にはすぐにアイシングを行なったり、また翌日の日曜は完全にリカバリー、マッサージなどに利用する。そして週明け初日のトレーニングでは、調子を維持または向上させるための工夫が施される。例えば週末の結果やパフォーマンスに応じて、週明けにはゲーム形式の遊び、他種目を楽しむ、または必要に応じてはフィジカルトレーニングなどを導入して、新しいマイクロサイクルのスタートを切ることがスペインではごく当たり前に見られる。
今回のコラムでは、試合明けの最初に行なわれる『プレベンティブトレーニング』と称されるコンセプトについて考察してみる。試合の有無、試合の強度、パフォーマンス、チーム状態などに応じて試合明けのトレーニングメニューが変化するのは論理的だ。ここで選手を怪我から守り、常に万全のコンディションでトレーニングに従事させる準備などについても考えてみる。
スペインのプロトレーナー達は、試合明けのトレーニングにおいて、このプレベンティブトレーニングをいかに準備するのか?またこのプロセスにおいて欠かせない要素は何か?スペインのバスケット、フットサルのプロスポーツクラブなどを参考にしながら、この“怪我防止”そして“体幹補強”を目的とした『プレベンティブトレーニング』について研究する。
◆プレベンティブトレーニングの定義とは?
『PREVENTIVE』プレベンティブの語源と定義について
-PREVENTIVE TRAINING(英語)
-ENTRENAMINETO PREVENTIVO(西語)
-プレベンティブトレーニング(日本語)
本来プレベンティブ(PREVENTIVE)とは、『怪我を予防する』という意味だ。そのためプレベンティブトレーニングという言葉に対しては『怪我予防のトレーニング』という翻訳を用いる。しかしスポーツ環境における広義では、競技に必要とされる『筋肉や関節の補強』という意味合いも含まれることに留意したい。
◆プレベンティブトレーニングの概要とは?
プレベンティブトレーニングとはその定義にもあるように、①ストレッチ、②筋力トレーニング、③ウオームアップ、④生理的または肉体的な要求に応じた選手の順応トレーニングだ。忘れてはならないのが、不安定なポジションを引き起こすというポイントだ。アンバランスな状態で競技に必要な体幹トレーニングを実践するイメージを持っていただきたい。これはフィジカルトレーニングの1種として分類できる。
プレベンティブトレーニングの代表例は、①ストレッチ、②体幹トレーニング、③コーディネーション、④プロピオセプション、⑤難易度を上げての複合トレーニング・・・など様々だ。
◆プレベンティブトレーニングの最重要ポイントは?
プレベンティブトレーニングでは、不安定なポジションでの運動を実施することが最も大切なポイントとなる。競技において必要とされる、筋肉や関節を不安定な体勢を引き起こすことで強化するのだ。素早いコーディネーション動作よりも、まずは難易度が高く、ゆっくりと実行する、バランス性に欠けた動作を優先して取り入れたい。例えばボールスポーツならば、体幹トレーニングに不安定性を加えることが可能だ。競技に必要とされる、インナーマッスルなどの補強を行なうことで、怪我防止だけではなくパフォーマンス向上も可能となる。
◆どのようなスペースで実施するのか?
(A)競技環境と類似した空間で行なう
プレベンティブトレーニングでもやはり、パフォーマンスを優先するならば毎日の練習コートで実践することが理想的だ。やはり競技に用いるグラウンドと同じ材質のコートが、怪我防止やパフォーマンス向上を目的としたトレーニングでも優先される。バスケット選手が、野外で走りこみ、敏捷性のトレーニングを行なってもその効果は半減する。つまりバスケット選手は、バスケットコートでトレーニングを行なうことが前提だ。そのような理由から、可能なら限り競技コートでプレベンティブトレーニングを実践することを好むトレーナーが多い。
更にパフォーマンスと効率性を追求するならば、数値をコントロールしやすいサーキット形式が推薦される。フィジカルトレーニングにも同じ原理が当てはまるが、サーキットのように選手全員が限られたスペースで同じサイクルを実践することで、選手管理はずっと簡単になる。多くの選手のトレーニング数値、強度などを明確に管理することに加え、選手間の競争心理によるモチベーションの高揚も期待できる。
(B)競技環境とは異なる空間で実施する
プレベンティブトレーニングは、他のフィジカルトレーニングと同様に、気分転換を目的として、屋外や室内ジムなどのスペースで実践することもできる。砂浜で素足でランニングをして、気分転換をしながらも足腰の強化を目的とすることがその代表例だ。水泳、自転車、または選手同士でペアを作り、ジムの室内でトレーニングメニュー作成することも可能だ。競技から切り離された空間でフィジカルトレーニングを行なうアドバンテージは、その心理的なリフレッシュ効果にある。しかし先述したように、サーキット形式でしっかりと管理されたトレーニングに比べると、より自由で数値などによる管理は難しくなる。
特に『(A)競技環境を利用する』の場合は、いつも同じ空間、またはコートの同じ区間を利用してプレベンティブトレーニングを行なうことが望ましい。これは選手のマインドに、常に特定の空間ごとに、ストレッチ、サーキット、筋力トレーニング、コーディネーションなどをインプットするためだ。週明けに特定のスペースでトレーニングを開始することで、『ここから一週間が始まり、試合までコンディションを高めていくんだ』という無意識のスイッチを入れる。心理学的なポイントからも、『常に同じ場所を、ある特定の目的に利用する』、という習慣をつけたい。
◆トレーニングに費やす時間やリピート回数は?
それではプレベンティブトレーニングの所要時間、メニューのリピート回数について考えてみたい。まずこのトレーニングの大前提として、①疲労が溜まらない強度に調節する、②長すぎない時間内で実施する、という2大条件を尊重する。あくまで週全体のトレーニングのスタートアップための、補助的なトレーニングセッションである。一般的なサーキット形式ならば、約25分でかなりの効果が期待できる。
例えば成人アスリートの場合、体幹トレーニングを25~30秒持続することはそれほど大きな負荷にはならない。刺激箇所を変えながら、各メニューを30秒間ずつ実行する。7つのメニューを消化すると仮定する。メニュー間のポジション変更に20秒のロスがあると想定した場合でも、50秒x7メニューでサーキット一周は6分に満たない。全サーキットを3セットを繰り返しても、20分以内で立派な体幹重視のプリベンティブトレーニングを実行できる計算になる。
◆身体のどの箇所にストレスをかけるか?
プレベンティブトレーニングは競技の性質を考慮した上で、股関節周りや体幹バランスなどを重視したトレーニングがを計画する必要がある。なお疲労を蓄積しないように、低速度、無負荷、短時間で実行することが好ましい。
◆プレベンティブを行なうタイミングはいつか?
理想のタイミングはトレーニングサイクルの初頭、週末に試合がある場合は週明け初日のトレーニング冒頭部分が理想だ。まずは簡単にランニングやストレッチなどを行なうことで、より効果的なトレーニング効果が期待できる。
◆どのようなマテリアルが必要か?
トレーニングに必要となるマテリアルは、無料で手に入る物を有効利用することができる。例えばゴミ袋やタオルを上手に利用して、様々な方法でアンバランスな姿勢を引き起こすことができる。体育館の木板には、ビニール袋などで滑り効果を作りだす。タオルを有効利用したり、空気を抜いたボールなども有効活用したい。もちろん予算があれば、バランスボール、バンド(TRX)、プラットフォームなどの用具を駆使することができる。
◆プレベンティブトレーニングをいかに発展させるか?
シーズン初頭からプレベンティブトレーニングを導入すれば、時間の経過とともにメニュー内容を複雑化してレベルを引き上げることが期待される。ここでの複雑化とは、①更に不安定なポジションを追及する、②体幹などがよりダイナミックに刺激される工夫をする、③モバイル(例えばボールなど)を追加要素として加える・・・などの難易度の引き上げを意味している。
常に競技の特質を考えながら、選手のフィジカル補強と怪我防止に有効なメニューを考える。なお成人カテゴリーならば、4~6回のセッションごとに難易度を上げることが可能だ。毎週1回プリベンティブを実施した場合、毎月そのサーキットメニューなどに変更を加える計算になる。
◆プレベンティブトレーニングにおけるモバイルの導入について
豊富なアイデアや道具を用いて実行することができるプレベンティブトレーニングだが、難易度を高めれば競技に用いるモバイル(試合球など)を導入することができる。モバイルを取り入れて、コーディネーション、反応、敏捷性などをプレベンティブトレーニングに複合させる。例えばサッカー選手ならば、片足リフティングを繰りかえしながら、両手でコーディネーションを行なう動作などが、モバイルを用いた高難度エクセサイズの例えだ。また応用コンセプトとして、トレーニングセッション中に行なうストレッチ(プレベンティブの一種)などに、モバイルを導入することなども可能だ。
◆どの年齢から導入することが可能か?
少年選手は15歳ぐらいまでは骨格形成の発展を続ける。そのため15歳ぐらいまでは、筋肉トレーニングなどにより関節を必要以上に圧迫したり、筋肉肥大を引き起こすような負荷トレーニングは避けたい。プレベンティブトレーニングも、その組み立て内容によっては筋力トレーニングの側面が強くなる。指導者は、選手のコンディションや身体的な成長過程などを考慮しながら、プレベンティブトレーニングを構成する必要がある。プロピオセプション、ストレッチ、といったトレーニングは当然ながら幼少年代から導入することができる。しかし負担の高いコアマッスル・トレーニングなどは、選手の身体的な条件をまずはしっかりと見極めたい。