『スペインフットサル界のフィジカルトレーナー 』
今回のコラムでは世界最高峰の激しさを誇るスペインフットサル1部で、強豪クラブのフィジカルトレーニングを指揮するフィジカルトレーナーについて取材してみたい。対象となるのは、サンティアゴフットサルの専属フィジカルトレーナーを務めるマルコス・メシア氏だ。マルコス氏はフィジカルトレーニング、戦術練習、試合中における選手のフィジカル面における準備、コンディション管理、アップを担当するチームのエンジン管理を担当している。彼のアドバイスなどから、読者の皆様にはボールスポーツとフィジカルトレーニングにおけるアイデアを少しでも拾っていただければと思う。
フィジカルトレーナーといえば、まず皆様はどのような役職を想像されるだとうか?スペインのプロボールスポーツのクラブの中で、フィジカルトレーナーはどのような役割を果たしているのか?まずは以下にマルコス氏がサンティアゴフットサルのトップチームで担う責任を、リスト形式でまとめてみた。なおここのリストでは、あくまでもトップチームでの役割に限定していることに留意していただきたい。
まずはスペインのエリートボールスポーツにおける、フィジカルトレーニングの背景を理解したい。スペインではボールスポーツの伝統としてフィジカルトレーニングを行なう場合、陸上競技を専門としたトレーナーを招聘する傾向があった。例えば世界有数のローラーホッケーやハンドボールのクラブでは、今日に至り陸上競技の専門家をフィジカルトレーナーとして招聘している。これは『フィジカルトレーニング』から、『実戦技術・戦術トレーニング』を切り離した分析的(アナリティック)な考え方だ。分析的フィジカルトレーニングでは、純粋に数字で計測できる数字を指標とする。例えば100Mを何秒で走るか、20分でどのくらいの距離を走れるか、スプリントターンをどのくらいの俊敏性で実行できるか・・・という伝統的な計測方式である。このように多くのボールスポーツ競技では、フィジカルトレーニングの準備を陸上競技(個人種目)のエキスパートに委託してきた。フィジカル要素の重要性が高いエリートの競争環境において、個人種目のエキスパートが純粋なフィジカル能力を追求するという概念だ。このような伝統的なスタイルは、現在に至って選択肢の一とし認識されている。
しかしフィジカルトレーニングの『現在』は、競技への互換性を含んだインテグラルトレーニングに総合化しようとしている。フットサルのようなスポーツでは攻守の切り替えに加えて、ボールコンタクト、方向転換、スピードチェンジなどが連続して発生する。ボールスポーツに従事する私達は、常に動き続けるボールというモバイル(ボール)の存在を忘れてはならない。そこには常に敵とのグローバルな対人状況が断続的に発生する。ライバルとボールの存在、そしてオープンゲームの特性を考慮する必要がある。そのため室内ボール競技のフィジカルトレーニングには、インテグラルで実戦に対する互換性を持たせることが必要だ。その他にもフィジカルトレーニングには俊敏性、反応性、決断性、実技性、そして連続性が常に要求される。フィジカルトレーナーの各競技への適応性が求められる。より実戦に近づけたインテグラルなトレーニングを実行するには、フィジカルトレーナーが各ボールゲームの本質やクラブの特徴を理解することも条件となる。
-リカバリーの時間にも、断続的にボール回しなどの運動を要求する
-ボールを用いた周辺知覚の要求を、フィジカルトレーニングの中に取り込む
-コミュニケーション、戦術決断という要素を含むメニューを作成する
つまり現代のフィジカルトレーニングのコンセプトは、各ボール競技との深い連携性を持つ傾向にある。フィジカルトレーナーも競技やクラブの特徴を十分に知る必要がある。また選手の特徴を把握するだけではなく、プレースタイルや各ライバルの特徴に応じたフィジカルトレーニングの要素を導入することも必要不可欠だ。つまりインテグラルなフィジカルトレーニングを追及すれば、フィジカルトレーナーは更にトレーニングコーチの存在へと近づく。それではマルコス氏が提唱する『フィジカルトレーニングの3つの原則』について考察してみよう。
フィジカルトレーニングにおける最も大切なポイントが、対象となるグループを理解することだ。つまりは『どのような選手をトレーニングの対象とするか』という問題だ。どの年齢、レベル、性別、プロフェッショナル、アマチュアなのか・・・これによってトレーニングにおける要求や目標は大きく変化する。いかなる準備を行なう場合にも、対象となるグループの生理的、社会的な状況を理解しておく必要がある。
トレーニングの対象となるグループをしっかり把握して、明確な目標が設定できれば、そこで始めて本当の問題摘出が可能となる。そしてやっとグループを対象として、具体的なトレーニングの準備を行なうことが可能となる。目標を設定するには、もちろん選手やクラブの真のモチベーションをはっきりと理解することも重要だ。そしてモチベーション、目標が明確となれば、具体的な問題提起も可能となる。そして具体的な準備へとステップを進めることができる。なおここでの“トレーニングの準備”とは、あらゆる環境の確保という包括的な意味も含んでいる。
そして競技に密着するフィジカルトレーナーとして、競技情報やトレーニング手段の引き出しを豊富に備えておくことも大切だ。それぞれの瞬間や目標に適応しながらも、問題解決にアプローチする懐の深さが求められる。同じ問題を、異なるアプローチにより解決するための豊富な知識と経験の引き出しである。このような豊富な知識と経験を備えたトレーナーは、選手達の精神的な疲労を防ぎ、効率よくチームパフォーマンスを向上させることを可能にする。
ボールスポーツ競技におけるフィジカルトレーニングを担当する場合、以上に述べた原則に加えて、『競技特性を十分に理解する』というポイントを忘れてはならない。以下にも簡単に説明するが、インテグラルにフィジカルをトレーニングさせて時間を最大限に有効活用するには、フィジカルトレーナーが各競技を理解することが大前提となる。
例えばマルコス氏は、スペインリーグのフットサルの試合や、ライバルクラブの練習なども幅広く研究している。毎週の対戦相手がどのようなフィジカルコンディションを要求するかを研究している。フィジカル要素の少ないセットプレーなどを除き、同競技で起こりえる実践状況をしっかりと把握しながら、毎週ごとにチームのエンジンを調節するのだ。
フィジカルトレーニングの計画に限らず、まずはシーズンや競争環境のカレンダーを理解することがプランニングのポイントとなる。例えばサンティアゴフットサルではシーズン全体の綿密な計画により、どの季節にどのような目標(チーム状態)に到達するかが、しっかりと事前に計画されている。つまりシーズンを通しての複数の“ピーク期”が設定されているのだ。マクロサイクルという大きな形で年間に3度ほどの“ピーク期”が存在する。例えば『①重要なカップ戦』、『②クリスマス休暇に入る最終節』、『③シーズン最後のプレーオフ』などをそれに設定できる。チームのコンディションと競争力を、その“ピーク期”に合わせて上手に調整する。この数ヶ月ほどのピークごとを1つの周期として、その中にメソサイクル(中期的)が成立できる。そして毎週のスペインリーグの対戦相手やチームのコンディションに合わせて、週ごとのマイクロサイクルを計画することが可能となる。
そのような事前計画より、毎月のトレーニング計画表、また週別のマイクロサイクルトレーニング表が完成する。戦術練習、選手のコンディション、試合の負荷、移動の有無、シーズンの時期などを考慮しながらフィジカル要素のトレーニングの設定について監督らと決定する。またライバルの強度や、選手の精神的状態なども把握する必要がある。事前に各トレーニングセッションに導入するトレーニング要素は計画することができる。ここで重要となるのが、現在ではインテグラルトレ―ニングが主流となっているため、フィジカルトレーナーと戦術練習を管理する指導者との密接な協力を保つことだ。マルコス氏は常に総監督、セカンドコーチ、アシスタントらと選手や試合の状況についてデータなどを用いて討論している。毎日の絶え間ないコミュニケーションにより、常に柔軟にチーム状況を改善するためである。
トレーニングの当日にはコーチ陣や選手達から、リアルタイムで正確な情報が手に入る。例えば前日のトレーニングの状況、午前または午後における選手のコンディションなどの情報や体調などだ。ストレッチ、アップ、フィジカルトレーニングの内容や時間などを、この直前情報を参考にしながら微調整する。ここでのポイントは先述の『知識や経験の引き出しを多く揃える』にもあるように、同じテーマに取り組むにも豊富なトレーニングの引き出しを準備しておくことだ。選手の精神的、肉体的な疲労を避けながらも、確実に目的を達成するために、日常から様々な情報にアンテナを伸ばしておく必要もある。
マルコス氏は戦術トレーニング、フィジカル要素を取り入れたインテグラルトレーニングには、常に心拍測定の機器を用いている。選手の心拍数を専門機器で測定することで、客観測定はある程度コントロールすることが可能となる。心拍メーターは嘘をつかない。このような客観的な測定だけではない。それ以外にも、毎回トレーニング後には選手に自己評価を記録させる。この評価は選手の主観で決定するもので、精神的ストレスや生活状態などさまざまなコンディションが影響を与える。このような①客観的データ、②主観的な自己評価、③指導者の観察や、心理学者のアドバイスなどを総合してチームの状態を把握することが可能となる。
それではマルコス氏の意見を参考にしながら、フィジカルトレーニングにおける分析トレーニングについて考察してみたい。パワー、持久力、スピードといった要素にしても、分析トレーニングを用いれば簡単に記録管理が可能となる。フィジカルトレーニングを通して数値を把握することは、クラブの状況によっては選手を管理する効率的なメソッドかもしれない。スタッフが足りない場合、練習時間に余裕がある場合、フィジカルトレーナーの競技に対する知識があまり深くない場合、様々な状況で分析トレーニングによるフィジカルコンディションの純粋な強化と管理に期待ができる。
-怪我予防のための体幹トレーニング
-負荷の高いパワートレーニング
-リハビリや調整のためのコンディショニング
-ストレッチやクールダウンなど
それではインテグラル・フィジカルトレーニングの重要性について考えてみよう。プロフェッショナルの環境で練習時間が十分に確保できていても、やはり競技との互換性の高いインテグラル形式でのフィジカルトレーニングが重要視される。可能な限りモバイル(ボール)を取り入れて、実戦により近づけた状況でフィジカルトレーニングを行なうことが好まれる。例えば持久力ならば、パス回しという簡単な技術練習でも代用することが可能となる。ここでポイントとなるのが、①ピッチ材質、②スペース、③モバイル、④ゴール・・・といった外的エレメントを調整することだ。
-怪我からのリハビリ(実戦のボールを用いてリハビリを行なう)
-持久力系(断続的に実戦形式の練習などを行なう)
-パワースピード(練習メニューと実戦のゲーム状況を組み合わせる)
マルコス氏のアドバイスを参考にしよう。フィジカルトレーニング、リカバリー、リハビリプロセスでは共通して、選手は可能な限りチーム全体とスペースを共有することが望ましい。また可能であれば、試合と同じグラウンドや環境温度をフィジカルトレーニングでは提供したい。チームに一体感や団結感を持たせることが目的だ。そのためスペインのプロクラブでは、負傷者のリハビリやグループ別のフィジカルトレーニングも、可能な限りグループに近い場所で行なっている。
-リハビリメニューは全体練習の脇で行なう
-リカバリーなどもピッチの脇などで行なう
-キーパー練習も全体練習の隣で行なう
-フィジカル練習も全体練習の隣で行なう
-チームの団結心や親近感を大切にする
またフィジカルトレーナーであるマルコス氏は、栄養に関係した簡単なアドバイスなども行なう。また規則正しい食生活の重要性を選手に理解させることで、年間を通してのフィジカルコンディションやパフォーマンスの向上に貢献することができる。クラブに栄養士がいない場合は、更にフィジカルトレーナーが積極的に栄養管理のアドバイスなどを行なうことが望ましい。例えばフットサルのような競技では炭水化物や蛋白質の摂取について、しっかりと正しい知識を備えておくことが大切だ。
サンティアゴフットサルのようなプロクラブには、練習や試合の場所にスポーツ心理学者が駐在している。そのような存在の有無によらず、フィジカルトレーナーもやはり選手の“セラピスト”というポジションを担うことが理想的だろう。選手に対して肉体的な要求するのと同時に、精神的なサポートを与えることも任務の一つなのだ。スペインでは、フィジカルトレーナーも指導者の一人として、積極的に選手管理と向かい合う時代を迎えている。そして特に負傷した選手や、リハビリを行なう選手への精神的ケアなどにおいて、フィジカルトレーナーの存在価値が大きく発揮される。ボールスポーツにおけるトレーニングの進化から、チーム内における役割、重要性、責任などにおいて“フィジカルトレーナー”という概念は大きな変化を迎えている。
-スカウティングビデオの役割分担
-戦術的統計の管理、データの作成
-戦術トレーニングへの専門的介入
-ボールを用いたアップゲームなどの指揮
-選手のメンタルコンディションの手助け