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2012-2-5

スペインにおける上下関係

2012/02/05

 筆者自身は数年前、運よくバルセロナ郊外にあるフットサルのエリートチ-ムで半年ほど実戦に参加させてもらった経験がある。州選抜を率いる優秀な監督のいるこのチームはアマチュアでは最高峰に近い競技レベルで、今でも地元のメディアからも大きな関心を集めている。メンバーも髪型は全員スポーツカットで、日本の伝統的な野球部の様相を思い出したことを今でも記憶している。

 私はそのクラブでの毎日の練習で、とても大切なことに気がついた。日本の野球部のようなストイックな環境、しかし何かが違う。それはスペインという国における「上下関係」であった。その後、私が他のチームに移籍してからも、日本とスペインの「上下関係」の違いを感じる場面が多々あった。

「スペインの監督、選手間の関係は実力主義の“上下関係”。しかし人間関係は優劣のない“左右関係”と表現できる」

 まず団体競技であれば、日本では「上下関係」がピッチの外にまで明らかに影響する。これは現在にいたって、とても根強く残る文化である。その先輩、後輩など特別な関係は儒教社会の国々ではごく当たり前の伝統ではあるが、西ヨーロッパでは全く異なるフィロソフィーの下でアマチュア選手達は行動している。

 スペインでの「上下関係」は年齢やバックグラウンドには関係せず、また練習の度に流動的に変化し、そしてピッチとロッカールームの外にはその関係を持ち込まない、という見えないルールが存在する。

 例えば、誰も敬語で話さないし、挨拶ですらあっさりしている。あなたが何歳か、どのチームで以前練習したか、どんな経歴があるかなど誰も聞かない。選手によっては一見して無関心だが、それでも練習が始まると本当に熱心に他人と接する。また、選手によっては練習の前後では優しくても、練習中はとても厳しく他人と接する。完全にピッチの中での上下関係と、ピッチの外での人間関係を割り切っている。

 また上下関係に関係なく、スペインの選手達は個人の感情をストレートに表現する。監督が言ったことに納得すれば、絶対に実行する。納得できないならば「SI“イエス”」とは言わずに黙り込むか、反論するだろう。先輩や監督に対してでも、公然と反論することに美徳を感じる選手も少なくない。チームメート同士でも良いプレーには拍手、ダメなプレーには厳しく罵る。もちろん先輩、後輩など関係ない。準備運動やストレッチなども至って自由、好きなようにバラバラで行うチームも少なくない。集合や解散もあっけない。やはり「個」を大切にする文化であり、人間関係の基本は“横繋がり”なのだ。

 しかし、スペインのピッチの中にも確かに「上下関係」が存在する。その関係のベースとなるのが「実力主義」である。毎回の練習、そして試合でのパフォーマンスが、次回の練習での選手の立場を変えていく。競技であり団体である以上、この選手間の優劣関係や強弱関係は必ず存在するのである。練習ではチームメートの全てがライバルのように競い合っている。本当にハングリーだ。味方に非常に厳しく接することも珍しくない。練習におけるささいな失点などでも、味方同士で喧嘩寸前である。それでも、彼らは試合になると団結力を発揮する。そして勝利への欲求、味方の得点への喜びの表現などには本当に感動させられる。

『試合のような厳しさで練習を行ない、練習のような感覚で試合本番を戦う』

 練習では選手の「個」と「個」がしばしば衝突する。まさに生き残りを賭けたサバイバルのようである。それでも練習が終わると、関係は平等になり、握手して、軽く抱き合って、お互いをねぎらい、肩を叩いて「アディオス!」と陽気に家路につくのである。

 日本ではよく耳にする「上下関係」という言葉、この先もじっくりと考察してみたい。


馬場 源徳(ばば もとのり)

 1981年長崎市生まれ。上智大学比較文化学部卒業。アルゼンチン・ベルグラーノ大学南米文学科修了。東京、ブエノスアイレス、バルセロナから台北を経て、現在スペインに拠点を置く。スペイン語・英語・中国語を中心に、翻訳家、通訳としても活動するフリーランスコーディネーター。ボールスポーツを通しての国際交流、青少年教育を中心に研究。異なる文化環境で培った社会経験を活かして、日本と世界の国際交流に貢献することを目標とする。好みの分野はボールスポーツに限らず、紀行文学、国際社会、ITテクノロジーなど。