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2012-2-20

個人の自由と責任

2012/02/20

 ヨーロッパにはルームシェアという習慣が存在しており、一つの家を数人で貸しきったり、大きなアパートやマンションを、友人または他人同士で共同出費してシェアすることはごく普通の習慣である。日本のよに個別で住むように設計されたアパートやマンションは西ヨーロッパでは少数派であり、学生や30代ぐらいの人でも他人と物件をシェアして暮らすことは珍しくない。もちろん色々な人がいるので、問題が起こったりすることも少なくはないが、多くの若者が一度は経験する社会体験のようなものだ。日本とは違った風習で、若い学生などが他人と共同して生活することを覚えるという意味でも、特徴的な習慣と言えるだろう。また最近では欧州経済危機の影響もあり、都市部におけるルームシェアの習慣の高齢化も進む傾向が見られている。そのため、最近では30代後半で会社勤めという人でも、都市部での生活費節約のために他人と大きなマンションをシェアすることがある。

 私も2010年の春、バルセロナの家で空いている部屋を貸しに出した経験がある。「誰でもいい」という事情ではないために、環境や食事に配慮して、スポーツ選手を優先対象にして募集してみた。募集を始めて間もなく、あるバスケット選手から3ヶ月間の滞在の希望があった。フィンランド出身のローラ・ラティネンさんというプロフェッショナルのバスケットボール選手で、現役8年目だという自己紹介をいただいた。どうやらオフシーズンを利用してスペインでの“夏休み”を過ごしに来るということで、私も喜んで彼女の短期滞在をお手伝いすることを約束した。メールなどで詳細を打ち合わせて、家賃などを取り決めたりした。そして、彼女がバルセロナに到着したのは2010年6月の中旬のことだった。

 20代後半のローラさんは、バスケットでは母国の代表候補に選ばれるくらいの選手ということで、多くのタイトルを獲得しているチームに所属している。彼女が出場している試合のビデオなども見せていただいたが、すばらしい盛況ぶりで白熱した雰囲気の試合に感動を覚えた。長い金髪で、背も高く、端正な顔立ちでいたって上品なヨーロッパを感じさせる女性だが、確かにその大きな手と、広い肩幅などは男性顔負けとでも表現しようか、長年のトレーニングを思わせるものだった。話を聞けば、ローラさんは夏の3ヶ月を異国のバルセロナで過ごすということで、チームメートとは3ヶ月も練習しないという。私の方が心配して現地のバスケットチームなどに連絡を取ろうかと、彼女に尋ねたところ、「バスケットボールさえあれば大丈夫。チームがなくても問題ないはずよ」と全く心配していない様子であった。3ヶ月という期間は日本人の感覚では練習環境などがなければ不安で仕方ないような長い時間に思えるのだが・・・

 何日かが過ぎて、共同生活の中で話をしていくうちに、私はローラさんの様々なプロ選手としての側面を理解することができた。彼女は午前中、バルセロナ市内の国際企業で研修生として毎日5時間ほど英語を使って仕事をしているという。つまり、母国フィンランドの企業と提携している現地企業に、研修生としてバルセロナまで来たのだ。また夏の3ヶ月間、仕事だけではなく、スペイン、地中海での生活を満喫しに来たということである。どうやら空いた時間はバルセロナのビーチで海水浴と日焼けをしに行くらしい。再び心配になった私が「肝心のバスケットは?」と質問すると「バスケットリングがある場所があればいいかも」とやはり特には心配していない様子であった。

 ローラさんがバルセロナについてから10日ほどが過ぎて、私たちはバスケットボールを購入しに、市内のスポーツショップまで一緒に向かった。さすがにこの時ばかりは、彼女が細かく色々なボールをチェックしてから購入していたのが印象に残っている。ボールを掴んだり、指の上で回したり、撫でたり、ひっかいたり、重さを気にしたりして“検査”をしている様子は印象に残った。それからは、週に1回ほどランニングがてらに付近の公園で音楽を聴きながら、フリースローやドリブルを簡単に復習する姿を見かけるぐらいであった。立派なプロ選手でありながら、彼女の全くバスケット選手を連想させないその生活に私は何度も本当に驚かされた。家にいても全くバスケットの試合も見なければ、バスケットの話題は何も口にしない。でも確かに週に1回の、公園でのフリースローやボールさばきを見ると、確かにプロ選手だと素人にでも分かるほどの腕前だ。

 ローラさんは自分の「オン」と「オフ」ははっきり区別していると断言した。もちろんバスケットこそが彼女にとっての“パッション”で、プロ選手として生活できることに限りない幸せを感じていると言う。それでも、オフシーズンには個人の趣味や学業を精一杯追及することが彼女にとっての“楽しみ”だと表現した。オフシーズンの2、3ヶ月間、ぎりぎりまでバスケットに対する意欲を溜め込んで、いざシーズンを迎えたらエネルギーを全開するのだという。そして、シーズンによって事前合宿などに間に合わないような個人の事情がある場合は、「個人の責任」の下で体調やスケジュールの全てを調整するということである。実際バルセロナから帰国する時期には、もうチームでのプレシーズントレーニングは始まっているという。しかし、バルセロナでの某国際企業における研修は決しておろそかにせず、且つプロ選手としての自覚を持って最後の2週間の空いた時間をバルセロナのジムや公園で1人でシーズンへ向けて準備をするのだ。

 プロのスポーツ選手が単独で、オフシーズンを利用して海外で研修を受け、チームメートと連絡も合同練習もせずに、シーズン開幕のぎりぎりまで海外で3ヶ月もの時間を自分のために過ごす。そして選手本人はチームと合流する時期に合わせて自己調整を行ない、クラブにとって問題とならないように自己責任を果たす。ローラさんに見られるような選手とクラブの間にある「独立した関係」は欧州ではプロ、アマチュアにかかわらず珍しいことではない。それは集団意識の強い日本の私達には驚くような個人と団体との付き合い方である。

 スペインでは屋外競技も室内競技も7、8月(カテゴリーなどでは6、7月)が全て休みとなるチームがほとんどである。もちろん、プロの選手では講習会やクリニックなどの行事も多くあり多忙なこともある。しかし公式戦日程という観点からは、2ヶ月は休みという状況がほとんどである。これらの国ではアマチュアやセミプロの休みも同じように長い期間で行なわれている。彼らもまた、夏休みを大切にしており、夏の2、3ヶ月はチームと関係を持たずに時間を過ごすのである。家族と過ごす、旅行に出かける、怠ける、リラックスする、遊ぶ、アルバイトをする・・・その多くを「夏の充電期間」と考えているようである。

 余談ではあるが、2011年の夏、スペインサッカー1部で活躍する選手と食事会で一緒になる機会があった。彼は夏は練習はほとんどしないし、リラックスするということで2、3週間ほど避暑地で過ごしていた。非常に明るい性格で、タバコやお酒を昼間から楽しんでいた。試合からは想像もつかない姿であるが、本人からすれば「自己責任」の世界なのだという。

 私は、フィンランドのバスケット選手であるローラさんが、楽しそうに、それでも孤独に異国のスペインで自分の学業や休暇を追及する姿を見て、「個人の尊重」、「個人の自由」という言葉の意味を考えさせられた。このような個人の尊重や自由は、やはり「個人の責任」を果たしてこそ成り立つものだろう。「団体の中での責任」を優先する私たち日本人とは対照的に、欧米の人々やアスリート達は、やはり「個人の責任」を全うすることが大前提であり、思考の土台となっている。スポーツも含めてヨーロッパでは「個人の自己責任」の概念が浸透しているようだ。


馬場 源徳(ばば もとのり)

 1981年長崎市生まれ。上智大学比較文化学部卒業。アルゼンチン・ベルグラーノ大学南米文学科修了。東京、ブエノスアイレス、バルセロナから台北を経て、現在スペインに拠点を置く。スペイン語・英語・中国語を中心に、翻訳家、通訳としても活動するフリーランスコーディネーター。ボールスポーツを通しての国際交流、青少年教育を中心に研究。異なる文化環境で培った社会経験を活かして、日本と世界の国際交流に貢献することを目標とする。好みの分野はボールスポーツに限らず、紀行文学、国際社会、ITテクノロジーなど。