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2012-5-14

3種類のコミュニケーション

2012/05/14


 先日、スペインのユース年代のフットサルの大会を観戦しに、あるスポーツ施設まで足を運んだ。フットサルクラブチーム選手権のようなもので、16歳から18歳ぐらいの選手達が国内制覇に向けてしのぎを削る大会である。スピードも迫力も満点で、何よりもゴール前での素晴らしい攻防には魅了された。ゴールを守るポルテロ(GK)の質が非常に高く、カウンターや攻撃の起点となりうるため、攻撃が単調にならない印象を受けた。室内球技ならではのスピード感も十分楽しめた。

 ただし、この試合で私が最も注目したのは、日本とはひと味違う、会場、審判、監督、選手の様子であった。選手同士は常に真剣に声を出し合い、ジェスチャーを用いて戦術を確認したり、また監督も必死にあれやこれや指示を出していた。また、対戦相手同士ではファールなどがある度に、審判に詰め寄ったり、選手同士で言い合ったりしていた。そして観客やベンチも大声で騒ぎ、審判と監督が何やら険悪な雰囲気になったりすれば、レッドカードで退場した選手が相手ベンチの選手に食って掛かったりと・・・なんともドラマ性に満ち溢れた試合でもあった。スペインや南米ではある意味、当たり前とも考えられるこの「熱気」や「緊迫感」は、観衆にとってはスポーツ観戦の1つの醍醐味とも思える。


<スペイン北部、フットサル1部の練習風景。絶え間なく、話し合い、合図、大きな声、ジェスチャーを交えながら監督、スタッフ、選手との意見交換やコミュニケーションがある。>


 さて、この会場全体を巻き込んでの「熱気」や「緊張感」を、「情熱」や「伝統」という言葉で表現するのでは抽象的過ぎるので、もっと具体的な理由を探ってみた。そして他のカテゴリーの試合やトレーニング風景などを参考にしながら、今回のテーマとなる“コミュニケーション”という概念に辿りついた。

 ここで私が指摘する“コミュニケーション”とは、単純に選手間、選手と監督の間の言葉による理解という枠を越えたより大きな「戦術的コミュニケーション要素」である。また、観衆、審判、監督、控えの選手を含めた会場の全てを選手達と繋いでいるのも、この“コミュニケーション”の持つ側面である。この“コミュニケーション”は球技種目が違えど、レベルが低かれ高かれ、スペインでは共通して起こるスポーツの要素であると私は考える。

「指導者が指摘する、2種類のコミュニケーション」

 まずは、この“戦術的コミュニケーション”を分類してみる。欧米の指導者が選手の資質としても考慮する“2種類のコミュニケーション”をまずは復習してみよう。これは、判断力、個人戦術の向上にも必要不可欠とされる要素であり、日々の戦術トレーニングや実戦練習を行なう際に積極的に選手に奨励すべきものである。技術、戦術的に優れた選手がこのようなコミュニケーション能力を習得することで、より完成した、より試合をコントロールできる選手へと成長するのである。また、このコミュニケーションは日本の文化的背景から、練習などで助長することが難しい要素のひとつでもある。


1・「味方とのコミュニケーション」

(*味方と自分の距離や状況を考慮しての位置取り、味方選手との連携、ポジション修正、タイミング合わせ、会話、掛け声、ジェスチャー、肩を叩く動作、指差し、視線、その他の合図やコンタクトなど)


2・「敵対でのコミュニケーション」

(*敵の選手と自分の距離や状況を考慮しての位置取り、相手選手へのブロック、ジェスチャー、視線、会話、掛け声、その他の合図やコンタクトなど)

 サッカー研究者のブラスケス氏は、この2種類のコミュニケーションを団体競技において“必要不可欠な要素”と位置づけたうえで、以下のように述べている。

「ボールスポーツは、団体競技であり、異なる選手同士のやりとりを基盤として全てが成り立っている。試合の展開の全てが、味方同士による関係性に大きく左右され、互角またはそれ以上の対戦相手を超越する原動力ともなるのである。また対戦相手も同じように団結して、連携することで協力するのである」

「試合に間接的に影響する、もう1つのコミュニケーション」


そして私の考察と研究によると、団体競技にはもう1つ大切なコミュニケーション能力が存在する。それが「外的コミュニケーション」である。*あくまでもこの「外的コミュニケーション」は、スペインにおける研究途中のテーマであることを酌量していただきたい。


3・「外部とのコミュニケーション」

(選手などが監督、敵のベンチ、観衆、そして審判などと直接的、または間接的にとるコミュニケーション。*相手ベンチへの挑発、観衆へのアピール、審判への抗議や説得。ジェスチャー、口笛、言葉を直接的、間接的に用いての表現など)


<外部とのコミュニケーションをはかり、観衆を盛り上げたり自己表現をすることもスポーツには大切な要素だ。>

 選手、監督、ベンチ、審判、観衆の全てが主役となるような盛り上がる試合には、必ずこの「外部とのコミュニケーション」が大きく作用している。プロ、アマチュアに関係なく、この能力に長けた選手やチームが試合の流れを引き寄せたり、困難な試合に競り勝ったりするのも事実である。

 スコアや実力が拮抗した試合では、些細なことが試合の流れを変えたりもする。上記の3つの“コミュニケーション”を駆使して試合をコントロールするチームは、見えない援護射撃を得て試合を有利に運んだり、その結果美しいゴールを演出したりする機会を手に入れるチャンスを引き寄せるだろう。日本では黙々と練習に励むのはある種の美徳でもある。そして掛け声の種類、コンタクトの許容範囲などがヨーロッパとは全く異なることにも私は関心を持っている。

 日本の伝統的スポーツである、剣道、相撲、柔道などではガッツポーズをとったり審判と話したりすることはもちろん禁止されている。野球でも球審につめよるなど、許されることではない。これは根強い文化の差である。指導現場に関わる方々にも、是非このような3種類の異なるコミュニケーションについて考慮してみてはいかがであろうか?


馬場 源徳(ばば もとのり)

 1981年長崎市生まれ。上智大学比較文化学部卒業。アルゼンチン・ベルグラーノ大学南米文学科修了。東京、ブエノスアイレス、バルセロナから台北を経て、現在スペインに拠点を置く。スペイン語・英語・中国語を中心に、翻訳家、通訳としても活動するフリーランスコーディネーター。ボールスポーツを通しての国際交流、青少年教育を中心に研究。異なる文化環境で培った社会経験を活かして、日本と世界の国際交流に貢献することを目標とする。好みの分野はボールスポーツに限らず、紀行文学、国際社会、ITテクノロジーなど。