判断力と動作の実行(1/3回)
2012/05/28
*このレポートは「①情報の知覚」、「②判断の決定」、「③技術動作の実行」という3つのテーマに分けて構成してあります。
1・「情報の知覚」について
今回は繰り返し強調される『判断力』という要素について考察してみる。欧州のスポーツ学者達は、この判断力という要素を、選手の育成にあたりどのように解読しているのであろうか。また、この「判断力」と実際に行なわれる「動作の実行」はどのように関連しているのだろうか?判断力が大きな課題とされる様々な競技、特にボール競技に携わる指導者の方々にとって少しでも意味のあるコラムとなることを願っている。
*まずは、ある選手が競技の中で『判断を行う』前後に起こる現象を簡単に順序だててみる。
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*0情報(試合などの状況や瞬間ごとに選手を取り巻く外的局面や情報)
*1知覚(選手がその外的情報を知覚、取り入れるプロセス)
*2判断(知覚した外的情報に対して選手が下す判断、決定)
*3実行(以上の判断、決定に従って選手が行なう技術、戦術動作)
*4結果(その実行に対する結果の分析)
スペインのスポーツ研究者であるルイス・ペレス氏、およびサンチェス・バニュエロ氏がこの「*2判断」と「*3実行」の関係における大切なヒントを残している。
「競技動作の実行が困難となるのは、選手が吸収する情報の種類、質、量に直接的に影響されるからである。さらには、動作実行に必要とされるエネルギー要求という体力的要素にも大きく同じく影響を受ける」
つまり『情報』とは視聴覚を通して選手が受け取る情報であり、その情報のプロセスの過程が、競技動作の実行を困難にする(動作の精度を落とす)直接的原因の1つということである。当然ながら、この「情報」には様々な障害が妨害を加えており、それは敵選手の存在、味方選手の動き、試合の状況、時間帯、ストレスや様々な外的情報が考えられる。
「情報、知覚、判断、実行、結果」と先ほど体系化したように、試合や練習の状況の中で変わり行く『情報』を受けて選手達は『判断』を下す。そして戦術的、または技術的“動作”を『実行』する。それが『結果』となり、フィードバックを受けて、経験として昇華される。今回はこの選手の判断をとりまくプロセスの中核となる『知覚、判断、実行』について詳しく考察してみよう。
1・「情報の知覚」について
「情報の知覚」とは、流れ行く試合局面の中で選手が消化する情報のプロセスである。またこの要素こそが、選手が判断力を向上させて、正しく技術動作を試合の状況に応じて実行するための鍵でもある、。選手のトレーニングに関しては、この「情報の知覚」の向上のためには、選手に様々な局面を想定したトレーニングを行なわせる習慣が必要とされる。試合で起こりえる様々な状況を仮定して、練習内容が豊富であればあるほど、選手の知覚、判断、反応のプロセスへの刺激を多く与えることができる。練習時から様々な状況に対応すれば、結果の分析も容易に行なえる。そのため「情報の知覚」に対する判断の評価も容易なものとなる。
*パス練習(A)と、シュート練習(B)を例にとってみる。
1・「情報の知覚」を向上することが難しい反復練習、実戦への適応が難しい練習。
A)2人の立ち止まった状態の選手が、コートの両端に立ち、パス交換を繰り返す。
B)ディフェンスが入らない状態で、ゴールに向かって中央からシュートを繰り返す。
2・「情報の知覚」を刺激しやすい変化をつけた練習、実戦への対応に向く練習。
A1)2人の選手が走りながら、ポジションを変えながらパス交換を繰り返す。
A2)ポジションを変えながら、タッチ数を変えながらパス交換を繰り返す。
A3)スペースや時間制限などを加えた状態で、動きながらのパス交換を繰り返す。
B1)仮想のディフェンスを配置した状態で、動きながらシュートを繰り返す。
B2)毎回異なるポジションから、B1)の練習を繰り返す。
B3)攻撃側を2人組みに増やし、守備の強度を上げてB2)の練習を繰り返す。
またルイス・ペレス氏、およびサンチェス・バニュエロ氏は情報の知覚とトレーニングの関係性を以下のように表現している。
「各競技に起こりえる状況では、“情報”を最良の形でプロセスすることが、選手にとって最も効率的かつ効果的な技術・戦術的動作の実行へと導く要素である。したがって、各競技における課題、トレーニング、練習内容は①技術的動作の確実な実行だけではなく②頭脳を刺激して情報知覚のプロセスに刺激を与えること③それにより判断力の向上が期待できるような練習内容である必要がある」
スペイン・フットサルの知将であるヘスス・ベラスコ監督によると、選手は16歳を過ぎると視覚の焦点や、視野の範囲外の情報などを読み取る能力を培えるようになる。そのため、外的情報の知覚プロセスに刺激を与えること、そして予測不可能な実戦を想定したトレーニングを導入することが、このジュニア年代以降では重要な課題となる。また、トレーニングの中で選手に様々な実戦で起こりえる状況を作り出し、解決に取り組ませることが指導者に求められる義務でもある。
多くの欧米のスポーツ研究者達はこの問題の最良の解決策として、実戦形式で行なう“インテグラルトレーニング”(コラム第12回を参照していただきたい)を提案している。しかし先に紹介したヘスス・ベラスコ監督が指摘するように、18歳以下の若い選手を対象に実戦形式でのインテグラルトレーニングを行なう場合には、戦術的動作(例えばブロック、スクリーンプレー、クロス動作、壁パス動作など)が複雑すぎるか否かに注意する必要がある。また、指導者には戦術的動作のオプションを意図的に限定して、段階的に複雑化するなどの工夫も求められる。
そして、基礎的な技術、戦術的動作をしっかりと習得した選手は、以上のように実戦を想定した複雑なトレーニングを行なうことが必要不可欠となる。判断力を養うためには、選手に様々な情報による刺激を与える練習環境を提供することが、指導者にとっての優先事項の1つとなる。
また、現在に至って多くの指導者が「動作の実行ミス」を「体力不足」と直接的に関連付けしすぎており、若い選手に必要以上の体力的トレーニングを要求してしまう傾向にあることを、ヘスス氏などスペインの研究者は懸念している。事実、「動作実行のミス」は「体力や集中力」と密接に関係している。しかし、情報知覚の刺激、正しい判断の要求、という要素を軽視して体力的な反復練習に選手を駆り立てることは、選手にとって非常に精神面、体力面から判断しても危険である。
指導者はこのように、選手育成を行なう場合には選手の頭脳を十分に刺激して、情報知覚の向上を促すことが重要である。そのためのトレーニングを組み立て、用意するのも指導者の責任であり、優れた判断力を備えた選手を育てることが任務でもある。
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