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2012-10-1

世界最高峰のウオーミングアップについて

2012/10/01

世界最高峰のウオーミングアップについて

 毎日練習を行なうボールスポーツのプロクラブではどのようなアップを実施しているのか。そしてトップレベルの選手達を、激しい競争の中で毎日の練習と向き合わせるために、監督やコ-チ陣はどのような工夫をしているのか。今回はスペイン北部ガリシア州にあるスペイン・フットサルリーグ1部、ロベジェ・サンティアゴというクラブを取材した。世界中のフットサルスター選手達が集まるスペインリーグの中でも上位につけるこのクラブは、その下部組織からの育成方法と激しいプレースタイルでも知名度が高い。ことある度に親切に応じてくれるクラブのスタッフの方々だが、今回の取材には2012-13シーズンの総監督を務めるサンティ・バジャダレス氏が応じてくれた。まずはこの場所をお借りして、クラブ関係者の方々に感謝の意をお伝えしたい。

 先にこのクラブの指揮を取るサンティ監督について少し紹介したいと思う。元スペイン代表の選手としてフットサル・ワールドカップ・89年オランダ大会にも出場したサンティ氏は、なんと30年もサッカー、フットサルのエリート育成に携わり続けている人物だ。現役時代を含めると、50年以上も世界のトップレベルを渡り歩いていることになり、全てのお話などがどれも参考になった。また、サンティ氏は昨年まではスペイン北部のサッカー協会の役員を務めながらも、このロベジェ・サンティアゴというプロフットサルクラブで長年にわたり監督補佐として活躍しており、『私は多くの優秀な指導者達に恵まれた』とその謙虚な姿勢を崩さない監督でもある。


<サンティ・バジャダレス氏、現役時代はドリブルの切れ味が特徴で、引退後も多くの選手を育て上げる指導者だ>


「トップクラブの練習などについて」

 このロベジェというクラブでは、月曜日から金曜日まで毎日1-2回のセッション(練習)が行なわれている。過酷なスペインリーグを戦い抜くためには、スター選手の有無によらず多くのクラブが激しい練習をこなして戦いに備えている。午前中には体力的要素の多い練習がやや多めで、朝の早い時間から行なわれる。そして午後には戦術的練習が多く、ボールを用いた実戦的要素の強い練習が行なわれている。週末に行なわれる試合の時間が午後のことが多いスペインでは、戦術練習の時間帯は週末の試合を想定して約70分に計算されている。

 この午後に行なわれる戦術練習だが、ストレッチなどを終えた選手がピッチに入ってくると、まずは約25分のウオーミングアップが行なわれる。その後、試合に向けての本題となる実戦を想定した激しい約45分ほどのメインの練習へと移行する。メインの練習が終わればクールダウン、ストレッチと流れて午後の練習が終了する。

<午後の戦術練習の主な時間の振り分け>

A・25分ほどのウオームアップ

B・45分ほどのメインの戦術練習

C・クールダウン

 スペインで激しい競争を耐え抜く選手達は、午後の45分の戦術練習では非常に大きなストレスと向かい合う。監督やフィジカルコーチ達は、実戦を想定して激しい肉体的、心理的プレッシャーを選手にかけて試合を乗り切る用意をする。さすがにプロの世界である。厳しい指示や掛け声が体育館に響き渡る。『試合のような激しさで練習に臨み、練習のような気持ちで試合に臨め』というスペインサッカー哲学が十分に感じられ、120%の本気の練習には圧倒されるばかりだ。試合での激しさも素晴らしいが、練習でこれほど集中して仲間内での練習をこなすプロ意識には改めて脱帽した。


「最高の状態で練習に取り組むためのウオームアップ」

 スペインのフットサルクラブでは、週5日のトレーニングが通例となっている。特に試合の時間帯と一致する午後の練習では、張り詰めた空気の中での気合の入ったセッションが見られる。このロベジェでも、サンティ氏は午後の戦術練習が始まると本当に厳しい指導者の一面を見せる。しかし彼のストイックで伝統的なスタイルとは裏腹に、彼が実践するウオーミングアップの方法にはとても興味を持たされた。

 そもそも多くのボールスポーツのクラブでは、ウオームアップはフィジカルコーチが指揮をするか、または選手たちやキャプテンなどが自主的に決まったパターンのメニューを繰り返すことが多い。しかしこのクラブには、戦術練習のウオームアップの際にフィジカルコーチではなく、監督または監督補佐が毎日のアップメニューを作成して指揮するポリシーが存在する。

 最も大きな特徴として、彼らのウオームアップに用いる25分間には単純な反復運動などを繰り返す(ウオームアップ)メニューが全く存在しない。そして真剣にウオームアップに取り組む選手たちにも笑顔や笑い声が印象的だ。サンティ氏をはじめとしたクラブのスタッフは毎日のウオームアップで選手たちの気持ちを楽にさせ、気持ちを高揚させて、最高の状態で戦術のメイン練習へと集中できるように毎回異なるメニューを用意している。

 彼らのウオームアップへのこだわりは、確かにスペインのその他のトップクラブにも見られる、大切な”喜び“と”遊び“の要素を含んでいた。そしてサンティ氏はこのスペイン式ウオームアップの原則を要点ごとに説明してくれた。


<このクラブの練習時のアップには、ランニングやダッシュなど一般的な“アップ”は全く見られない。集中して聞かないと選手ですら、アップの内容が分からない。>


「スペインのトップエリートから学ぶウオームアップの原則」


1・まず何よりも選手を楽しませること

 まず何よりも大切なことは、ウオームアップとは精神状態のアップでもあることだ。選手が少年であるかのように、盛り上げて楽しませることを考える。あくまでも「選手は子供のように素直な存在」とサンティ氏は強調する。もちろんプロフェッショナルであるため、ゲーム形式であってもそれが「遊び」には型崩れしない。これは高い意識を備えた選手達の自制心があってこそできることだ。


2・目を覚まさせるような、判断を伴うアップをさせる

 アップは必ずしも選手を楽しませるメニューだけではない。プロフェッショナルの選手たちの感覚を研ぎ澄まさせるために、限られた時間内での心身のアクティベーションを目指すことも大切な義務だ。異なる条件、分かりにくいルールなどを設定して選手の目を覚まさせる。頭と体を十分に連動させるようなメニューが大切だ。なにも選手の心拍数を上げることが目的ではない。スペインの監督や指導者はよく、「デスピエルタ!」(目を覚ませ)と選手に声をかける。


3・アップの時間は短めに、ゲーム形式で得点を競わせる

 例えばウオームアップの時間が25分ある場合、7分間のメニューを3つ用意することが望ましい。時間は短く、集中力が大切だ。メニューごとに難易度を上げながら、短時間で、選手に刺激を与えて、ゲーム形式などのメニューで競争させる工夫が必要となる。ゲーム形式というのは、必ずしもこのメニューの内容が競技と一致する必要はなく、あくまでもボールなどを用いて得点などを競わせることが大前提となる。


4・できる限りバリエーションをつけて豊富なメニューを用意する

 リーグ戦など長丁場のストレスから生じる精神的疲労と戦う選手たちのために、可能な限り新鮮な気持ちでウオームアップさせることを目指すこと。またモチベーションを最高潮に引き上げてから、選手の意欲が溢れでるような状態でメインの練習へ移行させることも指導者の大切な役割だ。昨シーズン、クラブの監督補佐としてウオームアップを担当したサンティ氏の「メニュー・ノート」にはぎっしりとアイデアが書き込まれている。毎日時間がある時にアップメニューを考えては書き込んでいる。まさにプロフェッショナルの鏡だ。


5・調子が上がらない場合には、メニューごとに要求度を高める

 メインの練習に向けて選手のテンションを引き上げるために、ウオームアップのメニューごとに選手への要求度を高めることができる。アップの大前提は楽しませること、アクティベーションではあるが、やはりプロフェッショナルとしての闘争心を掻き立てることも大事だ。毎日の練習に耐える選手達にとって「単純に走って体を温めるだけでは、闘争心や集中力は高まらない」、まさにサンティ氏の指摘する通りである。


<サンティ氏が見せてくれたクラブ用の“アップメモ”。ぎっしりとアイデアの詰まったアップメニューが詰め込まれている。>

 それではウオームアップのメニュー例を、ロベジェやスペイン国内クラブの練習内容を参考にしながら分類してみる。


<ウオーミングアップの分類例 / 各メニュー7分ほど / 条件を変化させながら>

*条件付き鬼ごっこ (ボール、ビブス、条件を変化させて工夫する)

*ボール遊び全般 (ドッジボール 、バスケットのようなボール遊びなど)

*変則ゴールゲーム (ゴールの位置、サイズ、向きなどを変えてゲームなどを行なう)

*ハンディキャップ形式 (様々なハンデを特定の選手や全体に課す)

*障害物を用いたボール遊び (コーンや机などを利用して障害物を作る)

*クイズゲーム形式 (口頭によるクイズの回答ごとに、異なる技術動作を行なわせる)

*盛り上げメニュー (単純なメニューなどを冗談などを交えて異常に盛り上げさせる)

*チームワーク型ボール遊び (グループで協力して、技術的なタスクを行なわせる)

*意図的に混乱させるメニュー (ボール数、人数、ビブスなどを調整して混乱させる)


<ウオーミングアップを行なうにあたっての大切なヒント>

**罰ゲームなどを導入して選手のモチベーションを促すことが望ましい。

**全体として得点意識を促すように競わせることが一般的である。

**条件に応じて得点数や技術動作を変化させて、選手の頭脳を刺激する。

**テンションは少しずつ上げる。目的はあくまでもメイン練習のためのアップ。

 日本でも選手のモチベーションや練習内容の向上に奮闘される指導者の方が多くおられるだろう。日々の部活や厳しいクラブの練習を構成する上で、是非ともウオームアップの概念や内容を考慮していただきたい。また、若い選手達を限られた時間内で効率的に練習に打ち込ませるため、このような“身体そして頭も覚させる”ようなウオーミングアップに対する考察が参考になればと願っている。


馬場 源徳(ばば もとのり)

 1981年長崎市生まれ。上智大学比較文化学部卒業。アルゼンチン・ベルグラーノ大学南米文学科修了。東京、ブエノスアイレス、バルセロナから台北を経て、現在スペインに拠点を置く。スペイン語・英語・中国語を中心に、翻訳家、通訳としても活動するフリーランスコーディネーター。ボールスポーツを通しての国際交流、青少年教育を中心に研究。異なる文化環境で培った社会経験を活かして、日本と世界の国際交流に貢献することを目標とする。好みの分野はボールスポーツに限らず、紀行文学、国際社会、ITテクノロジーなど。