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2012-10-15

ヨーロッパ経済危機によるクラブ運営の今

2012/10/15

 今回はスペインのバルセロナで日々フットサル競技の研究と実践に没頭する渡邊氏にコラムをお願いさせていただきます。筆者も日本のボールスポーツの発展を目指す渡邊氏から機会のあるごとにヒントをいただいており、今回は彼にとあるフットサルクラブの台所事情について考察していただきます。


「経済危機によるクラブ運営の今」

by 渡邊 健 (フットサル指導者)

 現在ヨーロッパの各国が経済危機に陥っている。経済状況が特に悪化しているのはギリシャ、アイルランド、ポルトガル、そしてスペイン。この危機的状況はスペインスポーツ界に暗い影をもたらしている。スペインサッカーでは極僅かな一部のクラブが高額な移籍金や年棒で市場を賑わせているが、その一方でプロチームを抱えるその他クラブはいつ消滅してもおかしくないぎりぎりの経済状況で経営を続けている。

 それは今までクラブがスポンサーと自治体の補助金に頼りすぎてきたツケが回ってきたから。この不況下でクラブに十分にお金を払えるスポンサーはここ数年でかなり少なくなった。スペインサッカー1部リーグでもユニフォームにスポンサー広告なしでプレーしたクラブもあれば、随分と外国企業のスポンサーに頼るクラブも増えたように思える。とにかくサッカーはまだ良いほうである。スペインサッカー1部リーグ・リーガエスパニョーラは世界中にマーケットがあり、たとえ財政難で困難に陥ったとしても海外の大富豪が救ってくれるケースもある。

 それではフットサルではどうだろうか。5,6年前を境に毎年1部・2部リーグのクラブが経済的理由で消滅、もしくはカテゴリー維持を諦めざるを得ない状況が続いている。2006/2007シーズンには3グループ48チームあった2部リーグは、徐々に縮小し今シーズン1グループ16チームになった。今シーズンの事件として1部リーグで戦う歴史あるチームがシーズン半ばに経営難で消滅した。今や給料の支払い遅延、未払いが発生することは驚きではない。まともに支払われているクラブは僅かである。

 今回はフットサル全国2部リーグチームHospitalet Bellsportの2011/2012シーズンを例に運営について紹介しようと思う。

 私は2008/2009シーズンから4年間このクラブで活動をしている。それは私が師事しているこのクラブのトップチームの監督チャビ・クロサスとの出会いがあったからだ。彼は現在Fリーグに参戦するバルドラール浦安(当時の名はプレデター浦安)で指揮を取った、スペイン人として初めて日本のフットサルクラブの監督に就任したプロ監督である。任期を終えスペインに戻ってきた彼と出会い、当時3部リーグだったHospitalet Bellsportのトップチーム監督オファーを受けた彼にスタッフとして呼ばれてやってきた。

 私は最初の3年はトップチームの主務として活動し、育成年代のコーチも兼任した。3年目にはリーグ、プレーオフを通して無敗という歴史的なシーズンを経験し2部リーグへ昇格を決めた。2部リーグで戦った今シーズンに、他のクラブで私自身監督としての活動を始めたため、このクラブではトップチームの練習の補助スタッフとして活動した。このクラブに所属できたことでトップレベルの指導方法でなくクラブ運営についても知識を得ることが出来た。ここで話を本題に戻そう。

このチームの今シーズンにおける年間予算は当初、約300千ユーロ弱(1ユーロ=100円とすれば、およそ3000万円弱)であった。出費は主に以下の4つに分けられる。

1.装備・設備費(ユニフォーム・移動着・練習着、広告、練習で使用する道具、施設装備など): <10%>

2.選手・スタッフの給料: <40%>

3.リーグ登録料(リーグ加盟費・加盟保証金、選手登録費、審判費用など): <20%>

4.移動宿泊費(飛行機、バス、ホテル、食事費用など): <30%>

※<>内は予算比率。

 例えばユニフォームはスペインメーカーの安価なものを使用していたが、他の世界的に有名なメーカーの物を使用すれば費用は高額になるという。そして選手・スタッフはセミプロフェッショナルであり給料は各々数万円〜10万円程度、それぞれが生活するために仕事を持っているか、もしくは学生だ。リーグ登録料は3部リーグ以下と異なりかなりの高額に設定されている。

 そしてこの中でもっともクラブにとって負担となるもの、それは4つ目に挙げた移動宿泊費である。2部リーグは島々をホームとしたチームが多く、飛行機移動、そして試合日の前泊や当日泊を余儀なくされる。一部のチームでは長距離遠征の際、試合の前々日にバスで出発し、前日に現地に入り、軽く体を動かしてからホテル泊、そして当日試合をこなした後、すぐにバスで帰路に着き翌日に到着するという1泊3日という日程をこなすこともあると聞く。


<Hospitalet Bellsportのホーム試合模様>

*それではクラブの収入はどうか、主に4つの柱からなる。

1.クラブでプレーする各選手が支払う月会費

2.スポンサー収入

3.自治体からの補助金

4.ホーム試合の入場料

 このクラブはフットサル以外にバスケット、フィン水泳、新体操のセクションがあり、約400人が所属する大規模型で、月会費はフットサルの場合25ユーロである。日本同様スポンサー料というものは非常に重要なのだが、この経営難の中ユニフォームに名前を入れたいと思うスポンサーは激減した。実際Hospitalet Bellsportではスポンサーの看板広告で小額の収入を得たが、今シーズン最後までユニフォームにスポンサーを入れることはなかった。 例えばこのクラブの場合、胸前面に入るスポンサー料は約40千ユーロ(400万円)である。ちなみにスペインでは各チーム名にスポンサー名を入れてリーグ登録することができ、あるクラブでは育成年代の各チームでそれぞれ別の冠スポンサーの名前を入れていたこともあった。

 今のスペインクラブは補助金なしでは成り立たない。クラブは自身の規模によって自治体から補助金を受け取ることができるが、スポンサー料が入ってこない今、どのクラブも補助金を求めて奪い合いになっており簡単ではなくなってきている。実際に当初100千ユーロ(1,000万円)といわれていた補助金は満額入ってこなかった。

4番目のホーム戦の入場料だが、このクラブは徴収しないことを選んだ。それは入場料を払ってまで来る人が少ないということを知っていたためである。確かに観客を見渡しても選手の家族や友人、そしてクラブの人間ばかりで、熱狂的なサポーターというのは残念ながら存在しない。入場料を取るとなれば、そのために人を配置し、そして警備員も必要になってくるのでその費用と手間を比較して決断をした。


<スタンドにはたくさんの観客がいたが入場料を徴収すべきだった判断が難しいところ>

 今シーズンの結果は16チーム中14位に留まり、降格圏内でシーズンを終了した。予想を超えた怪我人がでてしまったが、当初の収入を見込めず大幅な予算縮小を余儀なくされ十分な補強が行えなかったことがひとつの要因として挙げられる。他の出費は必要経費であり、収入がなければ給料が削られるのが最初の選択となる。

 そして先述のように1部リーグ所属の1チームが消滅しため順位が繰り上がりとなりカテゴリー維持の権利はあったのだが、リーグ構造の変更がない限り今シーズン同様来シーズンも資金繰りが困難なため、その権利を破棄し来年は3部リーグに降格することを選ぶ意向だ。今シーズンの決済は大きな赤字となり、スポンサーもほとんどないなか、クラブの名誉のためだけに2部リーグで戦う必要があるのか目的を見出せなかったということだ。


<シーズン2011/2012 Hospitalet Bellsport トップチーム

残念ながら昇格1年目でまた3部リーグへと降格することになってしまった>

 これは一例に過ぎない。つい先日(7月初旬)発表された来シーズンの1部・2部リーグのチーム数は今シーズンよりも少ないという。それはもちろんクラブの経済的な理由によるものだ。1部リーグの2チームは降格を選択し、2部リーグで昇格権を勝ち取った2チームは消滅してしまった。

2部リーグでもHospitalet Bellsportと同じように降格を選んだクラブが数チームあるようだ。残念ながら未だリーグの運営団体は具体的な対策を打ち出していない。この先もしばらくは当てもない資金をもとにリーグを戦い、毎シーズン歴史あるクラブが消滅もしくは経営難で降格するということが起こるだろう。

 私が思うに、スペインフットサルリーグやその他のプロスポーツリーグは今後構造改革の必要に迫られるのは必至だ。既にこの経済危機の状況下でクラブができる対策は既に尽きている。大事なことは歴史あるクラブの消滅を食い止めるためにリーグ運営団体が、クラブ・チームスタッフ・選手・スポンサー・クラブを支えるサポーター、この5つの柱のバランスを維持するよう分析し対策を打つことだ。それは各クラブの金銭的負担を軽減し、スポンサー料や自治体からの補助金に頼り過ぎないより健全なリーグを構築するためである。

 日本ではまだここまで深刻化していない事を願うが、最後に泣くのはいつも選手・チームスタッフやその家族であり、サポーターだということを忘れないでほしい。


馬場 源徳(ばば もとのり)

 1981年長崎市生まれ。上智大学比較文化学部卒業。アルゼンチン・ベルグラーノ大学南米文学科修了。東京、ブエノスアイレス、バルセロナから台北を経て、現在スペインに拠点を置く。スペイン語・英語・中国語を中心に、翻訳家、通訳としても活動するフリーランスコーディネーター。ボールスポーツを通しての国際交流、青少年教育を中心に研究。異なる文化環境で培った社会経験を活かして、日本と世界の国際交流に貢献することを目標とする。好みの分野はボールスポーツに限らず、紀行文学、国際社会、ITテクノロジーなど。