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2012-10-29

ボール遊びを通しての自閉症改善プロジェクト

2012/10/29

 ボール遊びを通しての自閉症改善プロジェクト

 同コラムの第18回で紹介した「台湾フットサル協会」の人達が、2011年8月から2012年8月(現在)に至り、ボール遊びを取り入れた「自閉症改善プログラム」を行なっている。受験勉強によるストレスや孤独社会といった日本と似たような問題を抱えた台湾の社会。この国にも“ひきこもり”のように、心を閉ざす子供達は年々増加する傾向にある。そのような社会問題が広がるなか、同協会の人々が地域発展とスポーツ普及に向けて乗り出したのがこの「ボール遊びを通しての自閉症改善プロジェクト」であった。私自身も何度も同プロジェクトには参加させていただき、その重要性や社会貢献度の高さに非常に関心を持っており、今回は彼らの勇気ある活動を特集したい。

 このプログラムの対象となるのは台北市付近から集まる「現代社会に多く見られがちなコミュニケーションを不得意とする子供たち」、「重度の自閉症を患い改善が求められる子供たち」、「学校などで友人ができずに孤立した子供たち」などである。概要は週末に参加する自閉症の子供たち1人に対して、台湾フットサル協会の15歳から18歳ぐらいの若い選手が1人ずつ割り当てられて、マンツーマンでボール遊びを行ない触れ合うというものだ。

 何よりも「1対1」で自閉症の子供達に接するというのが、参加する子供達にとっても、お世話をする若い選手達にとっても大きなチャレンジであった。しかし効果はすぐに見られるようになった。他人と接したり、運動することが苦手な子供たちも少しずつ自分のペースで上達して進歩をみせるのだ。この毎週のレッスンは同協会のフットサルコート施設で行なわれ、さまざまな問題を抱える子供達の症状の改善はもとより、チームスポーツに少しでも触れてもらうことも大きな目的だ。また、サッカーやフットサルの技術の習得だけが目的ではなく、大前提として“他人とのボールを媒体としたコミュニケーション”を大切なテーマとしている。

 私が2011年の夏に最初にこのプログラムに参加した時の印象は、とても大変なプロジェクトになるというものであった。自閉症のための人への恐怖心からか、症状が重い場合は最初は泣き出したり叫び散らしたりもするが、数ヶ月も経てば大きく症状が改善される子供たちもいる。プロジェクトが始まり数ヶ月たって、感激した両親がお礼を伝えにかけ詰めることもあれば、なかなか効果が見られない子供達もいた。2011年8月に10人の子供を対象に4日間の短期プログラムで始まったこの試みは、6ヶ月後には参加者30人まで増えて活気を帯びていた。相変わらず内気ながらも、ボール捌きを習得した子供達が練習試合などを通して週末を楽しそうに過ごす姿を見て、私自身もこれが1つの成果であると確信できた。

 また、この台湾フットサル協会は専門医師とも連携を取り、子供たち、保護者の方々とのアンケートや話し合いを通して、取り組みの成果と方向性を確認しながら活動の向上に取り組んでいる。「自閉症の子供達が学校での生活態度に向上が見られた」、「薬剤投与の必要がなくなった」、「家庭内でのコミュニケーションが取りやすくなった」・・・など、なかなか好感触な報告が多く見られた。現場で子供達の手を取り毎週末にボランティアとして指導に励む選手や指導者たちにとっても、運動が苦手な子供たちを理解し手助けする素晴らしい機会となっている。社会には様々な困難を抱えた人がいる、ということを健康で若い選手達も理解してくれたことだろう。

 プロジェクトの責任者でもある張監督は、このようなボールスポーツを通してのプロジェクトに大きな可能性を感じているという。

 「子供はみんな個性があって一人一人違う人間です。彼らにボール遊びやフットサルを通して、普段は触れ合わない他人と触れ合う機会があればいい。選手だって毎日練習するだけではなく、ボールスポーツなどを通して社会に貢献することを学ぶ。“ボールを通して友達を作る。ボールを通して心を開く。運動不足を解消する・・・”なんとも健康的な解決方法だと思いませんか?そして自閉症の子供達の世話をする選手達だって、性格の異なった子供達と触れ合うことで、より大きな器を持った人間に成長してくれることを願っています」

<プロジェクトの概要は以下の通り>

*モニターとなる選手たちが声をかけながらマンツーマンで指導する

*パス動作、ドリブル動作、シュート動作などを丁寧に指導する

*ゲーム形式の遊びや試合を通してコミュニケーション能力や技術を発揮してもらう

*自閉症の子供を持った父兄の方々の情報交換の場所として活用してもらう

*専門医師のカウンセリングを定期的に導入して、子供たちの改善状況を把握する

 私たちは競争社会にいて、多くの人々がストレスと戦いながら生活している。とても単純ではあるが、ボールスポーツを通して人と人が交流してコミュニケーションをとることの有益さにはいつも魅力を感じさせられる。ボール競技に関わる関係者の皆様には、ボールスポーツが地域社会にもたらす可能性について考察していただきたいとういうのが私の気持ちである。


馬場 源徳(ばば もとのり)

 1981年長崎市生まれ。上智大学比較文化学部卒業。アルゼンチン・ベルグラーノ大学南米文学科修了。東京、ブエノスアイレス、バルセロナから台北を経て、現在スペインに拠点を置く。スペイン語・英語・中国語を中心に、翻訳家、通訳としても活動するフリーランスコーディネーター。ボールスポーツを通しての国際交流、青少年教育を中心に研究。異なる文化環境で培った社会経験を活かして、日本と世界の国際交流に貢献することを目標とする。好みの分野はボールスポーツに限らず、紀行文学、国際社会、ITテクノロジーなど。