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2012-11-13

スペインサッカーのメンタルドクター

2012/11/13

 スペインサッカーのメンタルドクター

 サッカー世界最高峯との呼び声も高いリーガエスパニョーラ(スペイン1部)、今回は国内1部の古豪「デポルティーボ・ラ・コルーニャ(以下デポルティーボ)」の専属メンタルドクターに密着取材をさせていただいた。北部を代表する数少ないこのサッカークラブは、毎週末に応援に駆けつける敬虔なサポーターでも知られており、2000年頃までは最強軍団とも呼ばれていた。また、このクラブはカンテラ(下部組織)も非常に充実しており、チーム専属のメンタルドクターと呼ばれる心理学者の存在は、私にとって興味深い存在だった。今回の取材ではデポルティーボ1軍(トップチーム)専属のマカリオ医師の1日を追ってみた。


<写真一番右の“メンタルドクター”ことマカリオ氏 / 資料提供: デポルティーボ>


メンタルドクターの役割

 快く密着取材に応じていただいたマカリオ氏だが、彼は毎日クラブのトップチーム専属の精神科医(メンタルドクター)として勤務、午後にはコルーニャ市内の大学や心療科でも活躍する人物だ。ここで一言付け加えておくが、マカリオ氏は一般の方々が想像するような「問題の火消し役」としての精神科医ではない。この場合のメンタルドクターとはクラブの選手、家族らが快適にチーム環境に順応して、ストレスを溜め込まずに過ごせるようにする役割をになっているのだ。



クラブ運営の3部門

 まずマカリオ氏は丁寧にクラブ内のスタッフ、監督、施設などを説明してくれた。このクラブの運営構造を簡単に説明すると、経営部門、スポーツ部門、教育部門の3つに分けられる。

経営部門はクラブ運営、バスの手配、宿舎や病院とのタイアップなど競技外でのクラブのマネージメントを主に担当している。

スポーツ部門は各年代の選手たちのスカウティング、契約更新、監督候補のスカウティングやライバルの分析など、主に協議の技術的要素を管理している。

そして今回のフォーカスとなるメンタルドクターは、この3番目の教育部門に属している。この部門では選手、家族のサポートが大切な焦点だ。

 クラブには専属のメンタルドクターが3名在籍しており、その他にもスポーツ心理学の研修生や心理学科の研修生らがクラブの選手、家族のサポートを行なっている。例えばチームの下部組織には多くの住み込みや通いの青少年達もいれば、トップチームには家族を連れて引っ越してくる選手もいる。選手達は様々な私生活における問題をクリアしてこそ、始めて競技に集中してパフォーマンスを発揮できるのだ。あくまでも選手や家族に問題が表面化する前に、プロフェッショナルの心理学者がモニターすることにより問題を未然に防ごうというものだ。これは2005年にホアキンカパロス監督の提案でデポルティーボにも導入されたシステムだ。



*マカリオ氏の役割*


トップチーム専属のメンタルドクター

 トップチームの選手の心理状態についての記録を管理する。新聞で各メディアがトップチームの選手達について、またはチームの体制や状態についてどのように報じているかを毎朝確認する。そしてチームの各トレーナーなどとも談笑を交えながら情報を集める。毎朝の練習にも欠かさずコーチ陣と一緒に行動を共にし、選手の心理状態について見守るのだ。家族や子供連れの選手は、学校や新居などでも問題が生じるかもしれない。そんな時にも地元にネットワークを持つクラブを代表して、マカリオ氏が選手の家族をサポート、結果として選手がより快く練習や試合に集中できる環境を提供するのが目的だ。


<熱狂的なサポーターでも知られるデポルティーボ、スペインリーグの選手達が抱える精神的ストレスは計り知れない。 資料提供:デポルティーボ>


研修生などのコーディネーター

 またデポルティーボでは、下部組織のメンタルドクターの管理者として大学の研修生を指導しながら、クラブの若い選手たちが健全かつ快適にプレーに集中できるように働いている。市外や他県からクラブの下部組織でプレーするためにやってくる選手達は、転校、学校での成績、父兄との関係など様々な配慮すべき潜在的問題を抱えている。学校の成績を見直して父兄との席を設けるという点では、日本の中学校の担任の先生のような役割だろうか。どんなに優秀な人材がそろっても、彼らが快適かつ適切な環境下で力を発揮できなければデポルティーボにとっても宝の持ち腐れになりかねないのだ。


下部組織の試合のコーディネートなど

 マカリオ氏は、下部組織のマッチメークやコーディネートという仕事も他のスポーツ部門のスタッフと共同で行なっている。取材を通して3日間マカリオ氏とご一緒させていただいたが、毎日の練習やミーティングに参加して、チームの状態をよく把握している印象を受けた。また同氏は、県内にある体育大学のスポーツ心理学の講師としても活躍しており、バスケットやハンドボールの指導者や若い選手にもレクチャーを通してアドバイスを与えている。



育成年代の選手にかかる過度のストレス

 最後にマカリオ氏からボールスポーツの指導者についての助言をいただいた。同氏によれば、“スペインのボール競技におけるストレス”は異常なものであり、近年の傾向として若い選手への要求が高まりすぎているという。

 「スペインのボールスポーツをとりまく環境は、あまりにも競争が激しすぎる。多くのストレスは、指導者、選手、両親の間にあるトライアングルが機能していないことから生じている。将来が有望な選手を無駄にしないためにも、スポーツ環境全体で“スポーツ心理”をサポートする必要があるだろう。プロの選手になるのは1000人に1人以下だ。残りの999人の選手にはスポーツを通して幸せになってもらいたい。999人のプロになれなかった選手には、多くの友人を得て、思い出を残し、いつかは自分のスポーツを広めてもらいたい」


馬場 源徳(ばば もとのり)

 1981年長崎市生まれ。上智大学比較文化学部卒業。アルゼンチン・ベルグラーノ大学南米文学科修了。東京、ブエノスアイレス、バルセロナから台北を経て、現在スペインに拠点を置く。スペイン語・英語・中国語を中心に、翻訳家、通訳としても活動するフリーランスコーディネーター。ボールスポーツを通しての国際交流、青少年教育を中心に研究。異なる文化環境で培った社会経験を活かして、日本と世界の国際交流に貢献することを目標とする。好みの分野はボールスポーツに限らず、紀行文学、国際社会、ITテクノロジーなど。