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2013-1-7

スペイントップレベルの審判がみた日本と台湾

2013/01/07

スペイントップレベルの審判がみた日本と台湾

 今回のコラムではスペインの国民的スポーツであるサッカー、フットサルを最前線で“裁く”審判の方々に日本や台湾などアジアの性格について考察してもらった。海外の選手や監督からいただく貴重な意見と同じように、球技を技術的な側面から判定するプロフェッショナルのアドバイスが何かの参考になればと願っている。

 私は2012年の初頭から7月までスペイン北部のサッカー、フットサル審判養成スクールを取材したが、大まかな感想などはコラム「Vol.7 スペインのサッカー、フットサル審判養成スクール」を参照していただきたい。繰り返しての取材だったが、非常に親切に対応していただき感謝している。そしてほぼ時期を同じくして、台湾のフットサル協会からある要請が私のもとに届いた。台湾国内のフットサル基盤の改善を目的として、スペイン北部から審判養成の第一人者を招待して首都台北で「国際審判講習・レベルB」を開催したいというものだった。

 この「国際審判講習」の実現にあたり、現地のサッカー協会、フットサル協会に相談したところ快くお力を貸していただいた。スペイン北部で私を含めて5人の準備班を結成、台湾での講習へと向けて教材の翻訳、テストの作成などに大急ぎで取り組むことになった。台湾側では同時に教室、実習用のコートの手配、参加者の募集、翻訳教材の訂正などに尽力していただいた。スペイン側の5人の準備班は北部の各々の管轄下で審判養成に尽力する講師+現役のトップレベルの審判で構成された。6月15日に講習会の実施にあたり台湾へと準備班から私を含む3名が渡航、12日間にわたる台湾での技術交流と審判講習会を遂行した。

 この台湾へ渡ったスペイン班の中に、日本のフットサルに馴染みのあるエフレン・アルバレス・ロペスという審判がいた。同氏は、フットサル日本代表のスペインクラブにおける練習試合を審判として経験した。またスペインでの数少ない日本人選手のプレーを自らの目で判定し、アジアのフットサル大会なども細かくチェックしている研究熱心な人物だ。エフレン氏はスペインのプロリーグで審判として活躍しただけでなく、現在に至って審判養成スクール(スペイン北部・ルーゴ市)の責任者を務めており、スペイン北部を代表する審判として高い評価を受けている。台湾での講習への準備期間、そして講習期間を通して、エフレン氏からは非常に多くのことを学ばせていただいた。彼の豊富な経験や長年の努力と研究を共有していだだき、スペインとアジアの選手やスポーツ文化に対する考察を多く得ることができた。

 2011年には日本代表のスペイン遠征の練習試合を自ら審判として裁き、2012年の日本代表のスペイン遠征も自らの目でチェックしたエフレン氏だが、彼やスペインサッカー、フットサル関係者の日本人選手たちに対する評価は非常に高い。とりわけ選手の技術能力や、努力を惜しまない選手達の姿勢にも好印象を抱いている人が多い。エフレン氏はまた日本人選手のひたむきさにも言及して、警告や反則を恐れずに勝負に徹底する精神力の強さを褒め称えている。

 また日本の試合の映像や練習風景などに何度も目を通した感想についても、「素晴らしい技術動作やスピードに加えて、勝負に対するこだわり、統率された集団意識が日本人にはある」とのことだ。このように、スペインにおけるサッカー関係者の日本人選手に対する評価は決して低くない。

 2012年の6月に先述の「国際審判講習会」のために台湾を訪れたエフレン氏には、同国内のトップチームや上位のクラブの試合など多くの練習や公式戦をじっくりと観戦してもらうことにした。ここでも同じようにアジアの選手たちの器用さ、スピード、集団性やリスペクトがとても印象に残ったようだ。特に印象に残ったのが14歳ほどの少年クラブの試合であった。「14歳ぐらいの少年達にしては素晴らしい能力を備えている。スペインの有力クラブの同年代と身体的条件を除いてはほとんど差がないと断言できる」と台湾のサッカー、およびフットサル選手たちにも高評価だった。この他、タイ代表やウズベキスタン代表のスペイン遠征における練習試合などでも審判を担当したエフレン氏だが、いずれもアジアのチームには素晴らしい印象を抱いたとのことである。

 しかし競争レベルではスペインとアジアの間にはまだ大きな差が存在しているのは明らかな事実である。アジアの選手たちには何が決定的に欠けているのだろうか。世界最高峰のスペインリーグを裁き、20年以上にわたり毎日のようにプロのサッカー、フットサル競技と向き合ってきたエフレン氏の意見をまとめながら紹介してみよう。

*異なるリスペクトの意味

 「毎試合が最後の決勝戦だと思い戦う。それがスペインのサッカー文化には根付いている。相手が知り合いだろうと、兄弟であろうと、遊びのゲームであろうと本気で相手を打ち負かすことがスペインでは大切。日本や台湾のフットサルを見ると、とてもリスペクトに満ちている。アジアの人は負けることに対して抵抗がないのか、それとも“潔い”とも表現できるのだろうか。このアジア人の持つ“相手をリスペクトする心”には感銘を受ける。しかし、スペインでの“リスペクト”とは得点を決めるか、相手チームに勝利することによってのみ勝ち得るものだ。日本や台湾のフットサルの練習試合などを見ると、とてもフィジカルコンタクトが少ない。また、選手間での話し合いや審判への抗議などもほとんど見られない。リスペクトが感情をコントロールしているということだろう。アジア選手権の試合も全て観戦したが、アジア王者の日本の試合といえどもスペインの審判にとっては簡単な試合だ。スペインは2部、3部などの試合でも常に衝突、口論、駆け引きが行なわれている。スペインの審判とアジアの審判が受ける精神的ストレスは雲泥の差と言えるだろう」

*スペイン人の“情熱”と“執着心”

 「スペインでは情熱と熱気に溢れた試合が多い。決してテクニックなどが素晴らしいような試合でなくても、選手が激しく自分たちのスポンサーや地域を代表して戦う。そして家族や友人も一緒になって戦っている。この“情熱の渦”が試合をとても激しいものにする。この熱くなった情熱が、しばしばリスペクトを踏み倒して過激なプレーや言動へと選手を導いている。日本や台湾の試合を見ると、ボールを持った選手を中心に試合の状況が変化しているが、スペインではベンチなどを含んだピッチ上のあらゆるところで様々なハプニングが生じる。逆にスペインのような国から試合への“情熱”や“執着心”を取り除いてしまうと、試合の面白さは半減してしまうだろう」

*審判、観客、選手の距離

「とにかくスペインのサッカーやフットサルの試合では、いろいろな問題が連続して起こるものだ。2011―12年のスペインのフットサル2、3部リーグで、1試合に出されたイエローカードは平均7枚だ。この国の審判は、試合の温度やリズムを適度にコントロールして魅力のある試合を成立させることが任務だ。またスペインのトップリーグでは、試合中に監督や選手が意図的に審判へ抗議したりして、観衆へのアピールに審判が意図的に“利用される”ことが多い。例えば、テレビでは激しく審判に詰め寄っていた監督が、ハーフタイムには冷静かつ陽気に同じ審判と前半の試合内容を談笑したりもする。スペインやイタリアのような国では、審判、観客、選手の間での過剰な駆け引きや反則などが多い。この三者の距離が近いことはスペインリーグの醍醐味の1つだ」

*整然とした日本の試合

 「アジアのフットサルの試合などを見ると、とても選手、観客、審判の距離が遠いように写る。日本のFリーグのビデオなども何度も見たが、とても整然とした試合ばかりだ。選手の技術的な問題ではなく、試合全体の“迫力”に欠けている。また、試合を熱くする要素でもある外的要素がとても少ない。例えば選手の駆け引きや暴言などは皆無だ。これはスペインと日本の教育の差によるものだろう。2011年に私が日本代表のジャッジをした試合でも、日本の選手は素晴らしい能力とフェアプレーを見せた。そして彼らは激しいプレーも躊躇しないね。私自身、日本の選手が激しいスライディングを仕掛けてイエローカードも出したことを記憶している。2012年に日本代表が行なったスペイン遠征でも、得点を阻止するために後方からタックルを仕掛けてレッドカードをもらった選手もいた。概して日本の選手は模範となるようなスピリットを持っている。まさに“サムライ”だ、尊敬できる精神だよ・・・ それでも私のような審判から見れば、日本代表やアジアのクラブの試合は、とても簡単で先が読めてしまう展開ばかりだ。技術的なイマジネーション、精神的なプレッシャーがあまり感じられないね」



まだまだ競技としては未熟な台湾

 「台湾のサッカーやフットサルの試合に至っては、国内トップレベルとは言えども、審判がいなくても勝手に成立するような試合ばかりだ。選手は必死にプーしているから、多くのことには気がつかないだろう。しかし現地で多くの試合を視察したが、“激しさ、戦術概念、コミニュケーション”のような根本的な競技としての要素が欠落してしまっている。残念ながら台湾の観客もほとんどいない会場で、毎試合で120%の力を出せというのも無理な要求だ。台湾ではまずスポーツの人気を盛り上げて、競技人口を増やすことに専念し、そして競技としての発展を目指すべきだろう。サッカーやフットサルが運動不足解消のための“習い事”のような趣味の領域を抜け出さないかぎり、競争力を備えたサッカー、フットサル環境の発展は望めないだろう。それでも台湾だって情熱と努力があれば、日本が成し遂げたような進歩を見せて世界を驚かせることができるはずだ」


馬場 源徳(ばば もとのり)

 1981年長崎市生まれ。上智大学比較文化学部卒業。アルゼンチン・ベルグラーノ大学南米文学科修了。東京、ブエノスアイレス、バルセロナから台北を経て、現在スペインに拠点を置く。スペイン語・英語・中国語を中心に、翻訳家、通訳としても活動するフリーランスコーディネーター。ボールスポーツを通しての国際交流、青少年教育を中心に研究。異なる文化環境で培った社会経験を活かして、日本と世界の国際交流に貢献することを目標とする。好みの分野はボールスポーツに限らず、紀行文学、国際社会、ITテクノロジーなど。