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2013-5-13

「攻守の切り替え・トランジション」についての考察

2013/05/13

 現代ボールスポーツの大きな特色は、その団体競技性であり、また対戦相手に左右される予測不能の展開である。競技を問わず、ボールスポーツの選手には目まぐるしく変化する状況の中で、臨機応変に対応する能力が要求され、その選手の適応力にチームは依存する。その中でも特に試合の勝敗を左右するコンセプトが、”トランジション”こと「攻守の切り替え」である。今回のコラムでは、この「攻守の切り替え・トランジション」という言葉を考察してみる。組織された守備、中盤での激しいボールの奪い合い、素早いカウンターなどの展開・・・現代ボールスポーツの特長でもある”攻守の切り替え”がボールゲームの生命線を握っている。

 例えばスペインのフットサルでは、1試合の中で70回も攻守のサイクルが入れ替わる。その他多くのボールスポーツでも、目まぐるしく攻守の切り替えが発生する。バスケットやハンドボール、サッカー、ホッケーなどでは、毎試合に数多くの「攻守の切り替え」が起こり、試合の勝敗を分けている。米国バスケットではテネシー大学ヘッドコーチのパット・サミット氏が、「バスケットの試合において”攻守の切り替え”こそが、極めて大切な役割を占めている」とコメントしたように、現在では多くの指導者がトランジションの重要性を強調している。

 集団ボールスポーツでは、試合中に2度と同じ状況は再現されない。従って、第一に絶えず変化し続けるランダムなトレーニングを想定することこそが、トランジショントレーニングの重要なポイントとなる。また目まぐるしく変わりゆく展開の中で、選手たちに高いフィジカルコンディションが要求されることも当然の事実でもある。一般的に考えても、集団ボールスポーツは、近年そのフィジカルコンディションの重要性を増している。それでもボールゲームの激しく入れ替わる攻守のサイクルの中で、選手が各ゲーム状況に対応するには、①戦術理解、そして②知覚認識における高い能力が必要不可欠となる。

 なお、フィジカルコンディションや個人技術がすでに約束されたエリートレベルでは、このような①戦術理解、②認識能力という要素の方が、フィジカルコンディションよりも選手にとっては大切なエレメントでもある。スペインのフットサル指導者、ブルーノ・ガルシア氏はトランジションにおいても、このような①戦術理解、②認識能力が非常に重要視されることを強調している。

 つまり現在ボールスポーツの鍵でもある「攻守の切り替え」を、戦術理解と認識能力により有利に展開する選手を育成することが、われわれ指導者には義務づけられているのではないだろうか。

 それではまず、「攻守の切り替え」の大切なコンセプトを以下に整理する。このテーマの基本となるのが4つのエレメントで構成された試合サイクルである。ボールスポーツの基本構成は、①試合サイクル、②セットプレー、③特殊なシチュエーション・・・などから構成されている。セットプレー、特殊なシチュエーションを除いた場合の”試合サイクル”は以下のように図形化することができる。

 


AP. 組織された守備に対して行なう攻撃
TD. ボールを失った際に行なう守備意識やアクション
DP. 守備が組織され、選手が適切なポジションにいる状況
TO. ボールを奪い、対戦相手の守備が整備される前に攻撃を仕掛けるアクション

攻撃側がボールを失った場合、守備を整備し直すプロセスを守備トランジションと表現する。その反対に、ボールを奪った守備の選手が攻撃するプロセスを攻撃トランジションと定義する。それでは各トランジションの局面を簡単にではあるが整理してみる。

* 「守備トランジションの局面」

(1) 守備バランス + テンポリサシオン(時間の引き延ばし)
(2) レプリエゲ(撤退行為)
(3) 守備を整備するプロセス

*「攻撃トランジションの局面」

(1) アペルテューラ
(2) カウンター攻撃
(3) 速攻

*「守備トランジションの局面」

(1) 守備バランス + テンポリサシオン

 まず「守備バランス」とは、大きく選手のポジショニングを指している。ボールを失った瞬間に、チームに守備のコントロールを与え、相手の攻撃トランジションによる展開を未然に防ぐためのバランスポジションである。選手によってはこの守備バランス能力の高い選手が、守備的なポジションをとる傾向にある。

 そして「テンポリサシオン」とは、選手が守備側に切り替わった時に行なうアクションを指している。ボールを持った選手に対してアプローチしたり、タイミングを遅らせることにより、味方守備のより効率的なレプリエゲ(撤退行為)を可能とする。チームは守備ラインの約束事などを取り決め、どのようにしてテンポリサシオンを意図するのかを共通理解することが大切である。

(2) レプリエゲ(撤退行為)

 これは守備を整備し直すために、自陣に戻り守備を整理、いち早く守備を開始するアクションである。このレプリエゲ(撤退)というコンセプトは非常に初歩的であり、また発展可能なコンセプトでもあることに留意したい。チーム戦術としてどの様な種類のレプリエゲを、どのタイミングで適用するかを指導者は選手たちに共通理解させる必要がある。この約束事は、チームに共通の守備意識を持たせる大切なエレメントなのだ。それでは以下に、参考までに数種類のレプリエゲ(撤退行為)を紹介する。

1.深い撤退(長い距離を撤退すること)
2.浅い撤退(短い距離を撤退すること)
3.完全撤退(完全に撤退してラインを下げること)
4.守備ポジションを整えての撤退
5.ポジションを崩しながらの撤退

(3) 守備を整備するプロセス

 ボールを失ったチームは、守備バランス、テンポリサシオン、撤退、という守備トランジションのプロセスを経て守備を本来の形まで修復する。

 この(1)から(3)までのプロセスを”守備トランジション”と呼び、そして戦術に応じて整備された守備をポジションナル・ディフェンス(デフェンサ・ポシシオナル)と呼ぶ。相手がカウンター攻撃や速攻を展開を未然に防ぎ、完全に整備された守備を敷けば守備側が負うリスクは非常に低く抑えることが可能となる。

*「攻撃トランジションの局面」

 それでは攻撃トランジションにテーマを移してみる。今まで守備を行なっていたチームだが、相手のボールを奪い返したその瞬間に、攻撃トランジションが発生する。ここでは、①アペルテューラ、②カウンター攻撃、③速攻、という代表的な局面が存在する。

(1) アペルテューラ(反撃のスイッチ)

 「アペルテューラ」とはスペイン語で「幕開け」を意味している。ボールを奪った直後に攻撃へと移行するアクション、意識である。攻撃トランジションの一本目のパスなどを意味することもある。また「幕開け」という意味のこの戦術用語が意味するように、パスコースを作るために攻撃側がポジションを開くアクションも指すことがある。「ボールを奪い、素早く反撃に出る」、このスタートポイントとなる大切なアクションが攻撃トランジションのクオリティーを大きく左右させる。またボールを失った対戦相手の守備トランジション次第でも、このアペルテューラおよび攻撃トランジションの質が大きく左右される。概してこの攻撃トランジションのアペルテューラ、それに対する守備トランジションは、”凄まじく短い一瞬の時間”で決断を下す必要がある。

*一般的に攻撃トランジションへの最初のアクションを指す「アペルテューラ」だが、指導者によってはカウンター攻撃以外にも広域にその定義を応用することが可能である。その広域な意味を、多少ではあるが考察してみよう。

<広範囲でのアペルテューラの解釈>

「カウンターアタック」へ移行するファーストアクション
「速攻」を仕掛けるためのファーストアクション
「プレス回避」を行なうためのファーストアクション
「クイックリスタート」などのファーストアクション
「ポジションを整えての攻撃」における最初のパスなど・・・

(2) カウンター攻撃

 相手守備の選手全員がポジションを整える前に、相手ゴールをいち早く陥れるための素早い攻撃アクション。守備の選手全員が、ボールラインより後方に位置していない状況で発生する。カウンター攻撃こそが現代ボールスポーツにおいて最も得点率、フィニシュ成功率が高い攻撃トランジションの局面である。競技を問わずに、トランジションを得意とするチームはこのカウンター攻撃から多く得点する傾向にある。また、”逆カウンター”や”カウンター返し”というパターンからの得失点も非常に多く見られる現象である。

(3) 速攻

 「速攻」とは攻撃トランジションにおける最終局面でもある。可能な限り素早くフィニッシュ動作に持ち込むことを目的とした攻撃だ。相手守備の選手全員がボールラインより後方に位置しても、守備ポジションが整っていない状況で仕掛ける攻撃アクションである。

 この(1)から(3)までのプロセスが”攻撃トランジション”である。素早い守備トランジションによって守備を整備されてしまうと、ポジショナル・アタック(アタッケ・ポシシオナル)と呼ばれるポジションを整えてからの攻撃を開始することになる。

 それでは攻撃トランジションの局面ごとにおける、トレーニングの分類を以下に整理してみる。チームの長所や短所が見えれば、より明確に「攻守の切り替え」にアプローチすることが可能となるはずである。いずれにしろ攻撃トランジションは素早く、秒数の時間制限やパス本数などを制限しながら行なうことが大切なポイントとなる。実際に各トランジションに与えられる時間は、2-4秒以内と一般的には論じられている。

<局面ごとにおけるトレーニング分類例>

カウンター攻撃 = 数的有利 + 攻撃側3、4人目の合流
カウンター守備 = 数的不利 + ポジションを崩してのレプリエゲ
速攻における攻撃 = 数的同数 + 攻撃側3、4人目の合流
速攻における守備 = 数的同数 + 守備のポジションを大きく崩す

*それでは、トランジションをトレーニングするにあたり、ボールスポーツの指導者に与えられた義務とは?

(1) 可能な限り多くのゲームシチュエーション(この場合はトランジションの入れ替わりを指している)が発生する中で、選手が最良の形で問題解決に論理的に到達できるようなゲームモデルを計画する。

(2) 試合の中で選手が最良の形でトランジションにおける問題解決ができるように、必要不可欠となる育成モデル、解決策が選手の手に届くようなトレーニングモデルを計画する。

(3) 対戦相手、自分のチームの長所や短所を統計的に分析して、必要なトランジション局面のトレーニングを準備する。また選手たちの特長に応じて、チームに最も適したトランジションを想定したトレーニングモデルを確立させる。

*それでは以下に、『トランジションの解決に努力する選手には、どのようなエレメントが求められるか』を考察してみる。

 


 

 繰り返し強調するが、ボールスポーツとはトランジション、つまり”攻守の切り替え”のスポーツである。私たち指導者は、このボールスポーツの本質そして原則をまず理解して毎日のトレーニングと向き合う義務がある。そして指導者にとって最も大切なポイントとなるのが、このような戦術アプローチの①概念化、そして②実践化だ。①概念化 とは、セオリーの定着化、そして②実践化とは、指導する、トレーニングを実行することである。

(1) 概念化 – セオリーの定着化
(2) 実践化 -指導する + トレーニングを作成する

 異なるシチュエーションを想定したシステムを導入して、試合により近い形でトランジションのトレーニングを行ない、それに対するコーディネート能力を向上させる。また選手の認識能力を向上させるために、「知覚-判断」基準を自動化させるような練習を計画する。今回のテーマであるトランジションに焦点を絞る場合、特に知覚認識能力に働きかけるトレーニングメニューを構成することも大切なエレメントだ。

 最後に付け加えておきたいのは、「トランジションを練習する」ということは、攻撃側にスペースや数的有利の状況が発生することを意味することだ。つまり①トランジションを組み入れた練習は、攻撃側に最も確実性を与える練習方法でもある。その状況下において、②攻撃側の選手は守備の弱点や特徴を瞬時に知覚認識することを習得することが可能となる。

 そして、いかなるトレーニングシステムを生み出すにも、「試合中に発生する状況を優先してシミュレーションする」ことが必要条件である。このような「状況のシミュレーション」は、トレーニングを計画する大前提となることを念頭に入れて取り組みたい。練習に現実性を持たせることで、選手たちにも練習の意義が伝達しやすくなる。試合と練習に深い互換性を持たせ、「試合は練習の一部分」という感覚を生み出すことで、選手のモチベーションの上昇も期待できるだろう。

参考文献

ブルーノ・ガルシア氏 「フットサル指導者育成-トランジション」
トマス・デ・ディオス氏 「優先注意力についての考察」

馬場 源徳(ばば もとのり)

 1981年長崎市生まれ。上智大学比較文化学部卒業。アルゼンチン・ベルグラーノ大学南米文学科修了。東京、ブエノスアイレス、バルセロナから台北を経て、現在スペインに拠点を置く。スペイン語・英語・中国語を中心に、翻訳家、通訳としても活動するフリーランスコーディネーター。ボールスポーツを通しての国際交流、青少年教育を中心に研究。異なる文化環境で培った社会経験を活かして、日本と世界の国際交流に貢献することを目標とする。好みの分野はボールスポーツに限らず、紀行文学、国際社会、ITテクノロジーなど。