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2013-6-10

「周辺視野システムトレーニング」について

2013/06/10

*”スポーツビジョン”そして”周辺視野システムトレーニング”について

 今回のコラムでは「スポーツビジョン」という”スポーツ競技と視野の関係”の関係について考察してみる。スポーツビジョンについては、日本でもよく”周囲が見える選手”、”顔が上がっている選手”、”視野の広い選手”などと重要視されるコンセプトでもある。

 まずはボールスポーツにおける”パフォーマンスと視野の関連性”を海外のスポーツビジョン実験を参考に見てみたい。2009年にブラジルのリオデジャネイロで行なわれた、フットサルにおける”PVT”と呼ばれる「周辺視野システムトレーニング」の研究結果を1例にとってみる。このサッカー王国ブラジルで行なわれたフットサルトレーニングは、平均年齢10歳のフットサル初心者の少年20人を対象として行なわれた。このスポーツビジョン研究では、フットサルトレーニング環境の中で”周辺視野トレーニング”を導入しながら、15日間での特定局面における効果を記録した。モニターする特定局面とは、ボールスポーツにおいて最も素早い認知決断が要求される攻撃の”フィニシュ局面”であった。

<中心視野(CENTRAL)と周辺視野(PERIFERICA)の角度関係。めまぐるしく状況が変わるボールスポーツでは、周辺視野をトレーニングすることが大切な課題となる>


*モニターリングの方法

 さてこのブラジルで実施された”周辺視野システムトレーニング”(PVT)では、まずフットサル初心者20人が、均一レベルに2つのグループに振り分けられた。そこでは利き足の分配率も両グループごとに均等に(左利き20%、右利き80%)分配された。フットサル専門コーチ陣による15回のトレーニングセッションを、プロフェッショナルの分析班が記録分析するという企画である。

① 練習中に周辺視野システムトレーニングを導入するグループ(A)
② 練習中に周辺視野システムトレーニングを導入しないグループ(B)
③ 同じ時間と質量のトレーニングメニューを両グループとも実践する

 そして15回のトレーニングを終了した時点で、各グループごとの練習成果の違いを試合などを通して分析した。結論として、周辺視野システムトレーニングを導入したグループ(A)の少年選手達は、トレーニング中盤から終盤にかけて顕著にフィニシュ(シュートの実行に至る)チャンスを多く作り出す向上が記録された。

 また15回のトレーニング期間中に複数回にわたって行なわれた両グループにおける練習試合の結果を見ても、明らかにその効果が観察された。平均得点数こそグループ(A)・(B)である程度均衡したものの、やはりシュートチャンスを創り出す攻撃局面では、PVTを導入したグループ(A)が大幅に(B)を上回ったことが明らかになった。

 この研究結果が示すように、近年多くのボールスポーツで”周辺視野システムトレーニング”(PVT)の重要性が繰り返し訴えられている。また平行して「スポーツビジョン」というコンセプト全般の重要性も幅広く認識されている。日本でも周囲が見えている選手、見えていない選手に対して異なる評価が与えられるように、海外でも周辺知覚に優れた選手には、選手としてより高い評価を受ける。周辺視野をトレーニングを通じて向上させることは、近年のボールスポーツにおける重要課題の1つとなっている。

<水泳用のゴーグルなどを用いて視野を妨害することでも、簡単に周辺視野や反応スピードを鍛えることが可能となる・・・>


*ボールスポーツにおける”周辺視野”を知覚する能力の定義とは?

 それではここで”周辺視野による知覚能力”という言葉の定義について考えてみたい。参考までに、スペインのフットサル研究者のトマス・デ・ディオス氏は、ボールスポーツにおいて”周辺視野を知覚する能力”を以下のように定義している。

 


*周辺視野が果たす主な機能とは?

 人間には、視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚という五感が存在する。まずはスポーツ選手の動作の決断に必要な情報は、その80%が視覚を通して認識される。そのため視覚機能を鍛えれば、直結して視覚知覚が向上することを大前提に理解したい。

 そして、一般的にスポーツ選手の視野が広い・狭いなどと表現するが、この視野には「①中心視野、②周辺視野、③意識」が大きく関係している。その中でも最も視界の広い「周辺視野システムトレーニング」がボールスポーツにおける情報収集能力に最も適していることに疑いの余地はない。

*「周辺視野システム」による情報知覚について

 それでは、いかにして選手は多くの情報を瞬時に知覚し、プロセスすることができるのか?ボールスポーツにおいて、「周辺視野システム」による情報知覚ならば、1秒間に4、5個の情報を選手が知覚できると証明されている。一方で集中して焦点を合わせるような「中心視野システム」による知覚ならば、1秒間に1、2個ぐらいの情報しか知覚できない。ボールスポーツにおいて瞬時により多くの情報を知覚するためには、「周辺視野システム」による状況知覚が有利となる。

 そのため育成年代の指導者は、様々なトレーニングを駆使して、この「周辺視野システム」による知覚を刺激することで、インテリジェントな選手を育成することに成功する。中心視野システムに比べれば無意識的な周辺視野システムだが、運動システムにおける脳の反応スピードも速く、流動的状況を知覚するためにも有益だ。その他様々な理由からも、育成年代から「周辺視野システム」によるトレーニングに取り込むべきとされている。

<練習に用いるビブスやボールの色にバリエーションを加えることで、「周辺視野知覚+動作の自動化」のトレーニング効率を向上することも可能となる>


*周辺視野システムによる知覚の大きな特徴とは?
(中心視野システムに対するアドバンテージ)

①物体の位置、形、構造などを広範囲で認識する能力
②物体の運動方向などを認識する能力
③無意識に物体の運動方向や位置などを認識する能力   
④中心視野システムに比べ運動反応が速い
⑤中心視野システムに比べ運動システムとの連携が強い

*あまり多くの知覚基準を設定しないように注意すること

 周辺視野システムによるトレーニングを発展させる場合、選手には知覚判断基準を設けたトレーニングを用意することが必要不可欠となる。そしてトレーニングに知覚判断基準を設ける場合、4つ以上の知覚基準を設けないことも大切なポイントである。ドイツのハンドボール研究者の実験によると、選手は周辺知覚から瞬時に決断を行なう場合、5つ以上の反応基準が用意されていると判断力が低下することが明らかになっている。選手は5つ以上の情報が視覚に入ると、限られた瞬間の中でいくつかの情報を破棄して、残りの4つ以内の情報からベストの反応を選択する傾向にある。そのため3つの知覚判断基準をもとに選手の反応動作を定義して練習させることが、最も効率的な周辺視野システムトレーニングの方法として提案されている。

 そのため多くのハンドボールクラブでは、知覚判断基準のトレーニングに3つの選択肢を置くことが提案されている。例えば、ビブスの色、ボールの色、システム、個人戦術の判断基準などの全てを2、3個ほどのバリエーションでトレーニングを実施することで、知覚・決断・実行のサイクルの精度をより高めるというものである。

*どの年代から周辺視野システムによる知覚をトレーニングするか?

 それでは周辺視野システムによる知覚は、どれくらいの年齢からトレーニングすることができるのか?欧州の研究によると、12歳前後からトレーニングするのがベストとされている。やはり8歳の少年にとっては、同時に多くの情報をプロセスするには困難がある。室内ボール競技においては、戦術的に大きな進歩を見せ始める12歳ぐらいが、やはりこの周辺視野システムトレーニング導入の大切なポイントとなる。日本でもこのような時期は「ゴールデンエイジ」と称され重要視されている。神経回路の80%が形成される約5歳から、100%が完成される12歳までの「ゴールデンエイジ」が、やはり視覚トレーニングにも最も有効な期間であろう。

<“ゴールデンエイジ”だけではない。成人の練習でも常にコートのライン、ゴールの位置、ビブスの色などにより知覚情報を刺激することが可能となる>


*成人チームの場合は?

 成人のボールスポーツチームに周辺視野システムによる知覚をトレーニングを導入する場合は、プレシーズンのキャンプなどで積極的に導入することが望ましいだろう。プレシーズンのように、集中した期間内に周辺視野を多く刺激するトレーニングを導入することで、シーズンに突入してから日常におけるトレーニングの質を向上させることが可能となる。またシーズンに入ってからも、日々のトレーニングメニューに視覚判断基準を取り入れることを推奨したい。

 幼少期にサッカーや野球などの集団ボールスポーツをした経験があれば、ある程度の周辺視野は鍛えられている場合が多い。しかしバスケットやハンドボールのように小さなコートで行なわれるボールスポーツを考えれば、周辺視野システムの向上は大きな課題である。例えばハンドボールやバスケットでは一瞬のタイミングで近距離でのパス交換が発生したりもする。また相手DFの体勢や利き腕のポジションなどを知覚できるかは、瞬時の対人局面では非常に大切なポイントとなる。フットサルでも対戦相手の利き足や体勢によって、仕掛ける戦術は大きく影響を受ければ、バレーボールのスパイクの瞬間も同様である。このようにボールスポーツでは、味方選手や複数の選手の動きを近距離で、そして瞬時に知覚するために、やはり特殊な知覚トレーニングが必要となる。

 


*周辺視野をどのようにしてトレーニングするか?

 当然ながら、より優れた判断を下すためには、より多くの情報を知覚・プロセスすることが大切だ。そしてより多くの情報を知覚するためには、周辺視野システムを向上させて情報収集を行なう。それでは具体的には、どのようにして周辺視野システムによる知覚能力をトレーニングすることができるだろうか?実に様々な方法で、周辺視野システムを鍛えることができるはずである。

<周辺視野システムをトレーニングするためのヒント>

① 対面の相手の目を見ながら行なうパス交換
② 水泳ゴーグルなどで周辺視野を限定して行なう練習
③ 複数のボールを同時に扱うパス交換
④ 周辺視野内にパス交換の相手や、条件反射要素を取り込む
⑤ ボールの色やビブスの色によって実行する動作を特定する

 また周辺視野を広げるために、対面パスを繰り返しながらも、斜め前方に2人目のパス相手などを置き、パス交換や条件反射要素を組み入れることも可能だ。さらには異なる色のボール、ビブス、またはジェスチャーにより条件反射運動の内容を変化させることにより、選手の周辺視野および知覚情報に対する決断動作の自動化を向上させることも可能となる。

 分析的トレーニング、グローバルトレーニングと難易度を向上させたら、ゲーム形式のインテグラルトレーニングを用いて周辺視野システムを刺激することも忘れてはならない。大きな前提として、短い時間内で多くの視覚条件を変化させること、を記憶しておきたい。周辺視野システムを刺激するような条件変更を、インテグラルトレーニングの中に組み込み変化させることで、様々なバリエーションの周辺視野トレーニングが実践できる。

<ビブスの色、ボールの種類、ゴールのポジションなどを実戦よりも多岐化させることで、周辺視野システムの向上インテグラルトレーニングに組み入れることが可能となる>

 

*周辺視野をインテグラル・トレーニングに取り込むためのヒント

①複数の知覚認識アイテムを導入する(複数色のビブス、複数色のボール、複数のゴールや複数のゴールキーパーなど・・・)
②ボールの色によりフィニシュへのパターンを特定(守備側に情報はない)
③相手のビブスの色によって個人戦術動作を変更(守備側に情報はない)
④コート外にいる指導者のポジションや、ジェスチャーにより戦術などの変更
⑥ 選手のポジショニングや、ジェスチャーにより戦術などを変更する

馬場 源徳(ばば もとのり)

 1981年長崎市生まれ。上智大学比較文化学部卒業。アルゼンチン・ベルグラーノ大学南米文学科修了。東京、ブエノスアイレス、バルセロナから台北を経て、現在スペインに拠点を置く。スペイン語・英語・中国語を中心に、翻訳家、通訳としても活動するフリーランスコーディネーター。ボールスポーツを通しての国際交流、青少年教育を中心に研究。異なる文化環境で培った社会経験を活かして、日本と世界の国際交流に貢献することを目標とする。好みの分野はボールスポーツに限らず、紀行文学、国際社会、ITテクノロジーなど。