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2013-6-24

スペインフットサルを盛り上げるマーケティング

2013/06/24

スペインフットサルリーグ、マルカテレビのマーケティング

 2013年2月21日から3日間、スペイン首都マドリー近郊のアルカラ・デ・エナレスでフットサル・スペインカップが開催された。世界最高峰のスペインフットサルリーグを代表する8クラブが集結して、4日間でのトーナメント戦で優勝を争うというカップ戦だ。結果はFSバルセロナが同大会3連覇を飾り、地元開催のインテル・モビスター、南部の強豪エル・ポソにとっては無念の結果となった。それでも会場の盛り上がり、演出、ハイレベルな試合など・・・どれをとっても満足のいく成功と終わった。

 

<大会3連覇を果たしたバルセロナ。”1強時代”の到来とも表現できるだろう>

 

 私自身も会場に足を運んだが、6000人を超える観衆で熱狂に包まれた試合会場のカハ・マドリー体育館を肌に感じれば、経済危機に苦しむスペインのマイナーボールスポーツにも大きな希望を見出せた。またいくつかの試合をテレビの再放送で見直してみたが、放送の実況やカメラワークなども非常に充実しており、『業界全体を盛り上げよう』という放映会社や大会運営側のマーケティングへの努力が、ひしひしと伝わってきた。生中継で放送された決勝戦のバルセロナ対エル・ポソの試合は、統計によれば平均視聴者が65万人以上に至り、メディア側面でも大成功に終わっている。

 今回のコラムでは、このフットサル・スペイン杯の取材を通してのスペインフットサルリーグ(LNFS)、そしてテレビ放送を担当したマルカテレビ(MARCA.TV)の努力にフォーカスしてみたい。サッカーのようなメジャースポーツでは不可能なカメラセッティングや演出を通して、多くのファンの心を掴もうとするスペインフットサル業界の努力を考察したい。

① スペインフットサルリーグ(LNFS)による「仲間入りキャンペーン」

 このスペインカップの大会を通して、とても興味深い企画に私は注目した。よく注意してみると、試合中各チームのベンチに10歳ぐらいの少年が選手と一緒に座っているのだ。試合入場から、タイムアウト、試合中もずっと選手と一緒に1人の少年がチームを応援している。スペインフットサルリーグは、昨年の9月に行なわれたスーぺルコパ杯と同様に、抽選や選考をクリアした国内の少年達が、希望するクラブのベンチに入って試合に帯同するという’Vive un día con tus ídolos’「スターに仲間入りキャンペーン」を実施しているのだ。

 

<少年少女たちは、それぞれ自分の思い入れのある”お気に入り”のクラブを選ぶ>

 この「スターに仲間入りキャンペーン」に参加する少年達は、自分達のフットサルに対する思いを綴った作文や、自分達の情熱をビデオにして、コンテストを行なうというものだ。コンテストに入賞した数名の少年達は、自分達のお気に入りのチームを選び、大会中に、ホテル、トレーニング、食事、ロッカルームから試合まで、選手と一緒にベンチを共にするという仕組みだ。フットサルファンの少年達にとっては、夢の舞台で憧れの選手達と時間を共にするという、なんとも素晴らしいプレゼントとなる。

 今回の2013年スペイン杯では、奇遇にも私自身が勤めているスペイン北部のフットサルクラブを代表して14歳のロドリゴ・バスケス君が入賞していた。彼は北部のプロチーム・サンティアゴ・フットサルに帯同することを希望していた。希望通りに同クラブと一緒に行動することになったロドリゴ君だが、大会の出発前後には詳しく話を伺うこともできた。

*ロドリゴ君が「スターに仲間入りキャンペーン」に参加する経過

 スペインカップが開幕する3ヶ月ほど前のことだ。ロドリゴ君は家族と週末の休みを過ごしている時に、インターネットでこのコンテストを知った。キャンペーン締め切り直前とあって、大急ぎで応募のフットサルビデオの作成にかかった。母親のビデオカメラを借りて近所のフットサルコートに向かい、自分の将来の夢やフットサルに対する情熱を語るビデオを夢中で作成した。このロドリゴ君がコンテストに見事に入賞した事は、地元の新聞でも大きく取り上げられて発表された。小さな街でフットサルの夢を見る少年が、突然プロクラブの全国大会に帯同するのだから、なかなか魅力的なニュースにもなり、フットサルの知名度をさらに引き上げるという効果もあった。

<コンテストの募集要項(左)。当選したロドリゴ君、大会中は選手と一緒に行動して幸せそうな表情が印象に残った>


 スペインカップが終了した次の月曜日、ロドリゴ君は地元の新聞社にその体験記を細かく綴って提出した。そこにはチームと合流してから試合までの流れが、本人の独特の感想とともに記載されていた。試合前に行なう、対戦相手のビデオ分析、戦術ミーティング、セットプレーの確認、その全てにロドリゴ君は”選手の一員”として同行した。

 またロドリゴ君は憧れのチームと過ごす時間に大きな刺激を受けたようだ。選手達が食事後にスペイン独特のシエスタ(昼寝)を行なっていることや、スペインのサッカー少年達と同じように、靴紐を願いをこめながら締める”儀式”、移動中のバスの中での出来事など・・・多くの事柄を興奮気味に語っている。そして記事の最後は、ロドリゴ君の将来の夢を語り締めくくられるが、少年の純粋な気持ちが伝わってくる素晴らしいものだった。

 

<「僕の夢がかなった。次の夢はフットサルの選手として地元で活躍すること」と胸を躍らせたロドリゴ君>

② マルカテレビによる様々なフットサルマーケティング

 先述した通り、スペインカップ・アルカラ大会を放映したのは、マルカテレビ(MARCA.TV)というイタリアに資本を置く会社であった。このマルカテレビはスペインでは大規模なスポーツ新聞やサイトを持ち、非常に知名度の高いブランドでもある。スペインフットサルのリーグ戦なども日頃から放映しており、2012年のタイで開催されたW杯もマルカがスペイン向けに放送している。マルカは視聴者を飽きさせないセッティングやカメラワークが定評で、幅広いフットサル視聴者層から愛されている。今回はこのマルカテレビの努力からマイナー競技をアピールする姿勢を伺ってみたい。

 幸運にもこのスペインカップ大会期間中の会場付近で、マルカテレビ・フットサル部門を担当するミゲル・アンヘル・メンデス氏の講演会がフットサル指導者などを対象に開催された。同テレビ局とフットサルリーグがどのように連携して、視聴者を増やす努力をしているかという内容のセミナーは非常に興味深いものとなった。マイナースポーツのフットサルの醍醐味を多くの人に理解してもらう(視聴率アップにつながる)ために、マルカテレビは実に多くのマーケティング戦略を仕掛けていることが改めて理解できた。以下にそのいくつかを紹介してみる。

 

<マルカテレビ、フットサルの”仕掛け人”ことミゲル・アンヘル氏>

*タイムアウトを音声付で放送する

 マルカテレビは監督達の許可を得た上で、タイムアウトミーティングにカメラとマイクを向けている。フットサルの監督が選手に何を指示しているのか、どのようにチームが軌道修正したりセットプレーを実行するのかを視聴者は見ることができる。作戦ボードにもカメラを向けたりして、大胆に試合のキーポイントを視聴者に露出している。興奮した監督や、選手達の口論なども聞くことができ、とても臨場感のあるカメラワークだ。かなりの緊張感が伝わり、ぎりぎりの攻防戦をお茶の間からも楽しむことができる。サッカーとの大きな差がこの親近感にあると表現できるかもしれない。

 タイムアウトの指示のほとんどは戦術的に細かく、一般の視聴者には理解しづらい。しかしマルカテレビの解説者にはトップレベルのフットサル指導者も同席しており、試合中に発生する現象やタイムアウトの内容の解説を行なっている。「フットサルは退屈」という視聴者でも、タイムアウト中の監督の指示や選手の感情の爆発などを聞くと、概して興味を持ったりもする。


<監督の指示や選手の生の声に、大胆にもマイクとカメラが向けられる>



*審判やコーチ陣にマイクを付けて生放送する

 またスペインフットサルでは審判と選手、審判と監督などの口論が絶えることがない。スペインやイタリアでは定番となっている、”選手、審判、監督による口論”にも勇敢にマルカテレビのマイクとカメラが向けられる。マルカはこれまで何度にもわたり、過去の数試合かで審判にマイクを付けることに成功している。衝撃的ではあるが、選手にイエローカードを出した審判と、それに猛抗議する選手や監督の会話が視聴者に丸聞こえになる。絶好のチャンスを逃して監督が何かを罵倒する声も聞ければ、交代を終えた選手に対する指示などもリアルタイムで聞くことができる。

<感情むき出しのスペインフットサル、どんな内容を抗議しているのかを聞けるのも面白い>

 今回のスペインカップでは、審判とセカンドコーチのやりとりも音声付で放送していた。戦術的な問題から、試合中に総監督にマイクを向け続けることは断念したマルカテレビだが、セカンドコーチと審判の緊迫したやりとりなどを放映して臨場感を与えている。審判やセカンドコーチらが口論をするのをテレビで見るのは、スペイン人の国民性からすると大きな楽しみでもある。*なお他のリーグ戦などではヘッドコーチ(総監督)にマイクをつけたりもしている。

*ロッカールームやハームタイムを取材する

 マルカテレビはその他にもフットサルの露出度を上げるために、試合前のロッカールームに60秒限定でカメラを入れたり、またはハーフタイム中に選手や監督に試合状況についてインタビューしたりもしている。試合後だけではなく、ハーフタイムにもインタビューを行なうことで、後半に向けての意気込みや戦術などについて情報を聞き出し、より視聴者に親近感を持たせるというものだ。マイクを向けられた監督や選手も個性的なコメントを発することが多く、視聴者も後半に期待してしまう。

 私は今回のスペインカップ取材で、フットサルリーグ(LNFS)が企画したスペイン全国の少年達を対象とした「仲間入りキャンペーン」を、入選した地元のロドリゴ君を通して取材してみた。またマルカテレビによるフットサル放送についてのセミナーにも参加した。このような業界による、業界の知名度を上げるための努力を見て、やはりマイナースポーツを盛り上げるためのカギは、”露出”と”親近感”ということを改めて実感した。

 日本で野球やサッカーのようなメジャースポーツで、監督の指示が丸聞こえになったり、ロッカールームの映像が見えることは難しいかもしれない。スペインでもメジャースポーツではそのような”露出”は同じく難しい。しかしフットサルのようなマイナースポーツはどうだろうか?マイナースポーツであり、視聴者が少ないために、新しい観客層を増やす必要性がある。そして業界全体がそれを理解して、メディアと協力して視聴者への露出度を高め、親近感を増やすことが求められる・・・

 最後にミゲル・アンヘル氏の言葉を借りて、今回のコラムを締めくくりたい。経済危機にあえぐスペインのマイナースポーツ・フットサル業界のこのような企画から、読者の皆様にも何かを感じていただければと願っている。

 『ボールスポーツのほとんどがマイナー競技であり、サッカーのようなメジャースポーツを真似しては生き残ることができない。ラジオでもテレビ放送でも、マイナースポーツには観客を楽しませる”エンターテイメント性”が要求される。例えばサッカーのようにピッチの上のプレーだけを放送して解説しても、それだけのカメラワークでは”十分な仕事”とは呼べない。マイナースポーツを放送する場合、高度な試合展開を映し出し、スピード、臨場感を落とさずに、様々な方法で視聴者やスポンサーを満足させることが必要となる。そのためにはサウンド、タイムアウト、スロー、監督やロッカールームへのアプローチ、退屈させない、観客を写す、冗談を入れる、情報をたくさん紹介する、露出・・・ といった莫大な仕事があることを関係者の方々には理解して欲しい。私は”人は人を呼ぶ”とよく表現する。このような小さな努力の積み重ねでマイナースポーツが地道に客層を拡大していくと信じている』

-ミゲル・アンヘル・メンデス氏

馬場 源徳(ばば もとのり)

 1981年長崎市生まれ。上智大学比較文化学部卒業。アルゼンチン・ベルグラーノ大学南米文学科修了。東京、ブエノスアイレス、バルセロナから台北を経て、現在スペインに拠点を置く。スペイン語・英語・中国語を中心に、翻訳家、通訳としても活動するフリーランスコーディネーター。ボールスポーツを通しての国際交流、青少年教育を中心に研究。異なる文化環境で培った社会経験を活かして、日本と世界の国際交流に貢献することを目標とする。好みの分野はボールスポーツに限らず、紀行文学、国際社会、ITテクノロジーなど。