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2013-11-11

アイコンタクトの影響力について

2013/11/11

 読者の皆様は”RDF”、現実歪曲空間(げんじつ・わいきょく・くうかん)という造語を耳にしたことがあるだろうか?これは英語の Reality distortion field -“RDF”に由来した新来語である。この言葉は1981年にアップルコンピュータのバド・トリブル氏が、 共同創設者スティーブ・ジョブズのカリスマおよび影響力を表現するために考案された造語として知られている。

 ”RDF”という能力があれば、ある問題の規模感や距離感を錯覚させて、全てが実行可能と思えるようになる。”RDF”とは不思議なカリスマと影響力を表現する言葉でもある。そして世界中でこの”RDF”という用語が、製造業ではスティーブ・ジョブズ以外の管理者やリーダーによっても、マーケットにおけるの競争力の向上のために利用されるようになった。この”RDFは、一般的にはアップル社をそして故スティーブ・ジョブズ氏のカリスマ性などを表現する言葉であるが、アメリカ合衆国の第42代大統領ビル・クリントン氏もそのような”カリスマ性”の持ち主としてアメリカ国内では評価されている。そのクリントン氏の魅力は実に有名で、米国の主要メディアなどが同氏の魅力に “アイコンタクトの巧みさ”などを大きな理由として挙げている。


 


 そして欧州のスポーツ環境でも同じように、指導者やスポーツ選手にとってこの”アイコンタクトの魔法”は彼らの魅力に多大な影響力を及ぼしている。やはり私が取材で対面することのできた欧州の指導者は、いずれもしっかりとしたアイコンタクト(または笑顔)やボディーコンタクト(握手など)を用いている印象を受ける。また選手間でのアイコンタクトや、プレー中のアイコンタクトなどが、意思の疎通の一つの形態として用いられる場合も多い。この現象は私が活動するスペインのボールスポーツでは顕著に見られ、育成年代から大切な選手間のコミュニケーションの手段となっている。


 言語を操らない野生の動物が、アイコンタクトにより意識疎通を図ろうとすることは古くから知られている事実である。政治に限らず、スポーツでも選手と指導者が信頼を築き、余計な口頭によるコンタクトを避けつつも良好な関係を作るには、このアイコンタクトは必要不可欠な要素だろう。今回のコラムでは『アイコンタクトの力』(マイケル・エルスバーグ氏)などの著書を参考にしながら、 アイコンタクトの欧米における影響力について考察してみたい。

【欧米、日本における”アイコンタクト”の社会的な概念】

 


◆欧米 アイコンタクトは必要 -信頼と無実の証
◆欧米 アイコンタクトがない -相手を無視している

◆日本 アイコンタクトは避ける -挑戦と抵抗の意思
◆日本 アイコンタクトがない –シャイな性格

 日本では相手の目を見ることに抵抗のある人も多いだろう。多くの日本人にとってはアイコンタクトを避けることが、丁寧な作法とも考えられているからだ。しかし欧米ではアイコンタクトを避けることは、相手に対して敬意を欠く行動であり不信感の象徴として考えられている。詳しくは、『誤解される日本人 – 外国人がとまどう41の疑問』などを参考にして頂きたい。それでは以下に、欧米のスポーツ環境におけるアイコンタクトの習慣を考えてみよう。

<スポーツ環境における主なアイコンタクトの例>

 


① 挨拶、礼儀としてのコミュニケーション

 欧米ではとにかく挨拶からアイコンタクトが用いられる。目を合わせて、しっかりと相手と握手して、そして必ず挨拶の言葉を交わす。スポーツ環境で、例えば選手、指導者、審判などが試合前などに遭遇する場合も同じである。試合前にライバルチームとすれ違っても、必ずアイコンタクトと挨拶をすることが通例となっている。

② 試合中の精神的コミュニケーション

 試合中などにおいて、アイコンタクトの使い分けは非常に重要なものとなる。味方選手、指導者の意思疎通には口頭でのコミュニケーション以外にもアイコンタクトが頻繁に用いられる。また優秀な審判は、しっかりと相手の目を見て状況判断などを説明することでも知られている。これは試合が高度になり、テンションが上がるに比例して重要となるファクターでもある。欧米の人間にとってコミュニケーションの基礎となるアイコンタクトが、ボールスポーツの試合中もあらゆる状況で使われているのだ。

③ 戦術的な味方との技術的コミュニケーション

 欧米のスポーツ環境では、技術的、戦術的コミュニケーションの一環としてもアイコンタクトが用いられる。サインプレー、パスコースの指示、フェイントの意思疎通などでアイコンタクトが用いられる。アイコンタクトの領域を越えて、ジェスチャーやボディーランゲージの一部として利用されている。

④ ライバルとの敵対コミュニケーション

 またスポーツ選手はアイコンタクトをライバルの選手ともとる。簡単な睨み合いであったり、相手のベンチをわざと見つめてみたり、そして監督の指示に不満がある時にもアイコンタクトを利用したりもする。とにかく表現力豊かな欧米のスポーツ選手は、ジェスチャー、会話、アイコンタクトなど多様なツールを媒体にして周囲に意思を伝えている。

 

 以上のように欧米では、様々な種類のアイコンタクトがスポーツ現場でも活用されている。そして動物がアイコンタクトを通して意思疎通を図るように、人間にとってもこのコミュニケーションが大きな役割を果している。冒頭部分にある『”RDF” 現実歪曲空間(げんじつ・わいきょく・くうかん)とは不思議なカリスマと影響力であり、アイコンタクトと深い関係性を持つ』と表現したが、影響力を持つ選手や指導者は概してこのアイコンタクトに長けている。またスポーツ環境に限らず、欧米において集団の中心に立ち尊敬される人材は、アイコンタクトを含めたコミュニケーション能力に突出している。

 筆者も欧米を中心とした海外生活がこれで10年目となるが、やはり以前はアイコンタクトや他人との接し方に戸惑った経験がある。それでも適度なアイコンタクトが、欧米における人間関係全般に良好な影響を与えているのは疑いのない事実である。繰り返しになるが、あらゆるスポーツ環境も同じように、アイコンタクトを含めた表現力豊かなコミュニケーションが大切にされている。

 それでは対人コミュニケーションが苦手な人は、一体どのようにして”アイコンタクト恐怖症”を克服することができるだろうか?『アイコンタクトの力』(マイケル・エルスバーグ氏)を参考にしながら、アイコンタクトを向上させる方法について考えてみよう。

“アイコンタクト恐怖症”を克服する3ステップ
(マイケル・エルスバーグ氏)


 


“アイコンタクト恐怖症”克服ステップ①
◆他人と短いアイコンタクトをとる練習を行なう

 まず昼間に道端を歩く際に、反対側から歩いてくる見知らぬ他人の目を見る練習から開始する。見知らぬ他人とはいえ、相手の眼球の色が認識できる程度の時間はアイコンタクトをとることが望ましい。マイケル氏によれば、この方法こそがアイコンタクトを向上させる『最良の近道』であるという。これなら毎日実に多くの初対面の人間とトレーニングを積むことができ、また少し相手の目を見る程度ならば他人の気を害することもないからだ。

 これに多少とも慣れてきたら、レストランのウェイターや、レジの会計、セールス係員などと、長めのアイコンタクトを試みる。他人の目を見つめるのだから、もちろん敬意を込めて丁寧に行なうことが大前提だ。

 注意事項となるが、アイコンタクトを行なう際には自然体を保ち、ほのかに微笑むこと。見知らぬ人間を凝視することは威嚇行為と誤解されかねないからだ。また夜間にアイコンタクトを行なうことは基本的には避けるべきである。仮に10日間ほど毎日このステップ①を繰り返せば、飛躍的にアイコンタクトの習慣が上達するのは間違えない。


“アイコンタクト恐怖症”克服ステップ②
◆相手との”プライバシースペース”を把握する



 読者の皆さんも他人に必要以上に覗きこまれ、不快な思いをした経験があるだろう。この不快感にはどのような原因があるのだろうか?もし時間があれば、米国ビル・クリントン氏の対談映像などを見ていただきたい。クリントン氏のような”RDF”のマスター達は、アイコンタクトを通して相手の心に接近しながらも、そのプライバシースペースを踏みにじることはない。信頼と親近感を同時に得る術を心得ているのだ。

 プライバシースペースの概念について、社会学、言語学、動物行動学にも関心をもち、幅広い研究活動に従事したアメリカ合衆国の文化人類学者、エドワード・ホールは”他人が必要以上に近づいてきた時に感じる不快感”をこのスペースの境界線に挙げている。このプライバシースペースの侵害は、必ずしも物理的な距離間によるものではない。どのような要素が、このスペースの侵害と調和に関係しているのだろうか?

-プライバシースペースの侵害が起こる状況とは?-
◆アイコンタクトがある場合
◆対面の位置関係にある場合
◆フィジカルコンタクトがある場合
◆口調が激しい、または音量が大きい場合
◆相手の話題を直接話す場合
◆相手の話を聞かずに一方的に話す場合

 

 プライバシースペースの侵害が相手に不快感を与える。つまり、もしも対話の相手のプライベートスペースを尊重して、一定の調和、リスペクト、安心感を作り上げるためには、以上の5つの要素を巧く調整することがポイントになる。概して”RDF”のマスターや、カリスマ性に長けたリーダー達は、巧みにそのようなエレメントを使い分けているのだ。

例1) アイコンタクトを保つ場合は、相手との距離を多少開く
例2) 相手との距離が近い場合は、多少なりとも小声で話す
例3) 相手の肩を叩いたり、握手するばあい、対面位置を避ける

“アイコンタクト恐怖症”克服ステップ③
◆相手の話に集中して耳を傾けること

 アイコンタクトはしっかりできているが、しかし話し相手の会話に全く集中できていない人はとても多い。目は見て聞いているが、頭の中はハワイ島にいるのだ・・・現代社会には実に頻繁に見られる現象ではないだろうか。

 メール、ツイッター、メッセージ、フェイスブック、携帯電話・・・あらゆる情報が目まぐるしく飛び交うこの時代。私達は実に多くの情報を同時に扱う習性を身につけている。頭の中をクリアにして対話に集中することは、実は極めて難しい。そこで”相手の話を集中して聞く練習”を常々忘れてはならない。

 まずは一週間、人と対話する時にとにかく相手の話題に集中してみよう。多くの雑念が頭をよぎるだろう。例えば、午後の予定、家事、請求書、同僚のコメント、気になる彼女のこと・・・この情報化社会の中ではなおさらのことだ。

 このように雑念が入ることを、英語では”メンタル・ドリフト”と呼んでいるが、まずはこの雑念と戦う習慣を身につけたい。メンタル・ドリフトが日常茶飯事となっているこの時代、耳を傾けられた対話の相手は、心の底から喜ぶだろう。

 この時代、一つの話題に数秒でも集中することが難しい時代になった。もはや誰かが会話相手の話を真剣に聞く努力は、貴重な高級品となりつつある。英語では”Pay attention”、日本語でも”注意を払う”と表現するように、相手の話題に注意深く耳を傾けることは、お金を『払う』ようにとても価値のある行為となりつつある。

 ビル・クリントン氏の魅力についての話題に戻ってみよう。クリントン氏は非常に熱心に相手との会話に集中しようとする。加えて彼のスマイル、アイコンタクト、巧みなパーソナルスペースの扱い方によって、多くの人々が彼に傾倒して行く。クリントン氏と対話した経験が多くの有名人や政治家が『まるで私とクリントン氏2人だけの空間にいるようだった』とコメントしている。今後もしも同氏の対話やスピーチなどを見る機会があれば、以上の話題を思い出していただきたい。

 このような人間の魅力、アイコンタクトの力、パーソナルスペースの掌握がスポーツ界の人間関係にも大きな役割を果たしていることに、私達も留意してみてはどうだろうか。スポーツ指導者にも、人間としてのカリスマ性やコミュニケーション能力が求められていることは疑いのない事実である。

参考文献:
① アイコンタクトの魔法(マイケル・エルスバーグ氏)
② 誤解される日本人 – 外国人がとまどう41の疑問
(講談社インターナショナル)

馬場 源徳(ばば もとのり)

 1981年長崎市生まれ。上智大学比較文化学部卒業。アルゼンチン・ベルグラーノ大学南米文学科修了。東京、ブエノスアイレス、バルセロナから台北を経て、現在スペインに拠点を置く。スペイン1部の名門サンティアゴ・フットサルで活動中。ボールスポーツを通しての国際交流、青少年教育を中心に研究。異なる文化環境で培った社会経験を活かして、日本と世界の国際交流に貢献することを目標とする。