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2013-11-25

デジタル新世代とスポーツ環境について(前半)

2013/11/25

<参考講義”アルゼンチン・シグロ21大学”ロベルト・ロスレル氏>

 みなさんは「デジタル新世代」という言葉から何を想像されるだろうか?先日アルゼンチンの”シグロ21大学”ロベルト・ロスレル氏の講義をインターネットを通して受講した。変わり行く21世紀の環境に順応して、スポーツ環境の向上のためにも幅広い社会学のテーマを研究しようという意欲からの発想であった。そのロベルト・ロスレル氏の講義で主題となったのがこの「デジタル新世代」というテーマだ。スポーツ環境にも大きな変化を及ぼすことになる、このデジタル新世代について考察してみよう。

<ロベルト・ロスレル氏の『デジタル新世代』という現象についての講義。この社会現象はスポーツ選手、指導者を取り巻く環境にも大きく関係している>


 まずはこの『デジタル新世代』という語句の意味を整理してみよう。デジタル新世代・・・この言葉はアナログのもの(ここでは本、手紙、鉛筆、ノートなどがその代表例)と関係をほとんど持たない、主に21世紀生まれの”新世代”のことを指している。日本でも同じような現象が起こるであろうが、テレビゲームで育ち、デジタル機器で遊び、携帯メッセージなどで友人とコミュニケーションをとる世代のことである。2013年現在で10代、または20代前半の人々が一般的には『デジタル新世代』と表現できるだろう。

 


 デジタル新世代にはインターネットが必要不可欠となり、テレビ、携帯電話、タブレットなどがなければ生活することに不快感を示し、生活に深刻な支障をきたしてしまう。現在となって、デジタル情報やデジタル娯楽が人々の生活に欠かせない事実、そしてコンピューターと育つ新世代を考えれば、この”デジタル新世代”が一世代前の”アナログ世代”と全く異なった思考回路を形成することは容易に想像できる。

 このデジタル新世代のデジタル依存の深刻さを理解するために、いくつかの象徴的なデータを検証してみたい。まずここ数年、青少年達はどれぐらいデジタル機器と時間を過ごしているのだろうか?ある統計を参考にしてみよう。

 


 つまり現代の青少年たちは、中学を卒業するまでにはビデオゲームを1万時間プレーしており、その頃には携帯電話で1万時間も会話しており、推定ではテレビの前に2万時間を費やし、20万にも及ぶ携帯電話のメッセージを送受信していると計算される。このように圧倒的な時間をデジタル媒体と過ごすデデジタル新世代は、この先どこへ向かうのだろうか。最近ではメールアドレスすら持たない若者が増えており、ソーシャルネットワークの進化は留まることを知らない。

*なお以下に”アナログ世代”、”デジタル世代”、そして途中からデジタル世代に適応した”デジタル移民”の簡単な概要を整理しておく。

◆アナログ世代(本、鉛筆などアナログとのコンタクトを好む旧世代)
◆デジタル移民(現在デジタル機器と長時間向きあう元アナログ世代)
◆デジタル新世代(完全にデジタル化された環境で育つ新世代)


 


 私がこのスポーツコラムでこの”デジタル新世代”の話題に触れる理由は、すでにこのデジタル新世代の思考パターンが、私達のスポーツ環境に深刻な影響を及ぼしていると考えているからだ。現在の指導者として活躍する方々の大部分がアナログ世代(またはデジタル移民)であろう。しかしデジタル新世代の選手や指導者が増加する中で、アナログ育ちの私達がデジタル新世代に適応することは実に重要なテーマである。デジタル新世代を理解することは、社会面に限らずスポーツ発展にとっても必要不可欠なエレメントである。

<スポーツでも、『デジタル新世代』に対して従来と同じように選手に一方的に口頭でコミュニケーションを取るには限界がある。選手の口頭コミュニケーションに対する集中力の希薄さには、複雑な社会背景がある>


 スポーツ関係者の皆様は、一見してスポーツに従事するアスリートや指導者は、この「デジタル新世代」とは無関係と考えるかも知れない。しかし現代のデジタル新世代がスポーツに費やす時間は一日でもわずかな時間に限定されており、むしろコンピューター、タブレット、携帯機器に費やす時間が圧倒的に多くなっているのは紛れもない事実だ。スポーツ選手、指導者達も確実にデジタル世代へと変遷している。

 さて今回のコラム(前半)では、デジタル新世代の傾向や習慣を分析しながら、21世紀生まれの選手や指導者をより理解するためのヒントについて考察してみたい。急速にデジタル化の進むこの時代、ぜひこのコラムから何かのヒントを得て、デジタル新世代におけるチームやグループ内でのコミュニケーションに役立てていただきたい。

 まずはアナログ世代と、デジタル新世代の決定的な違いを以下の図を参考にして考えてみたい。

◆デジタル新世代の思考回路やエゴイズムの形成は完全にデジタル空間により形成されている

 


 青少年のインターネットに対する依存症は深刻なものであるが、2012年に実施されたアルゼンチンの全国大学アンケート調査を見てみよう。アルゼンチンでは未だにデジタル化が進んでいない社会側面もあるが、それでも十分に説得力のあるデータが回収されている。いくつかのデータを参考にしてみよう。

 

◆89%のコンピューターの利用者が、とても楽しい時間と回答
◆10人に7人が毎日必ずインターネットを使用していると回答
◆10人に8人がソーシャルネットワークを毎日利用していると回答
◆90%の若者がデジタル携帯端末を持ち歩き、利用していると回答
◆42%の大学生がネット環境を利用してネット学習を実践していると回答

 さて以上のような回答から、私たちアナログ育ちの世代はデジタル新世代の選手や新しい指導者と接するにあたり、どのような現実を解釈する必要があるだろうか?デジタル新世代を理解するうえで、大きく2つのテーマにアナログ育ちのわれわれは直面する。

① 新しい社会空間を創り出す必要性
② 教育環境、生活環境、通信環境の変化

 


 スポーツ選手、指導者を取り巻くデジタル環境は過去10年で大きな変化を見せている。現在スペインでも練習の直前、直後までデジタル携帯やタブレットなどに時間を費やす選手が大部分となっている。5年前はチームメートなどが輪になって話し合う姿が普通であったが、近年では携帯端末などと向き合う時間が増えている。現在の青少年達が知覚する現実がアナログ世代のそれと大きく異なることも明白だ。そして日本、アルゼンチン、スペインに限らず世界中のスポーツ環境で同じような変化が起こっている。

<口頭によるコミュニケーションを苦手とする、受動的な少年達が増加する傾向にあるのは日本だけではない。デジタル新世代の彼らが求める情報とは?>

 デジタル新世代の少年達、彼らの思考回路はわれわれアナログ世代のそれとは異なっている。この新世代をより理解して”攻略する”ために、彼らの5大要素をまとめてみる。デジタル新世代を理解することで、アナログ世代の指導者に何が求められているかを考察したい。

 

① PC、携帯機器などへの依存症候群
② ソーシャル・ネットワークの頻繁利用
③ ユーチューブなどの動画サイトの頻繁利用
④ デジタルイメージに対する敏感性、好感
⑤ 口頭による意思疎通の希薄さ、嫌悪感

 この5大要素からも理解できるように、デジタル新世代が(A)最も受け入れやすい情報はデジタル情報なのだ。ソーシャル・ネットワーク、動画、デジタルイメージなどはこの新世代の思考回路にとって受け入れやすい媒体である。またデジタル新世代は、口頭によるコミュニケーションにはあまり免疫がなく、長時間の(B)口頭によるコミュニケーションはむしろ逆効果となっている。

 デジタル技術の進化により、スポーツ環境の周辺にも大きな変化が凄まじい速度で起こっているのは否定のできない事実である。そのためデジタル新世代と向かい合っていく場合、彼らの特長を理解することが私達には求められるだろう。デジタル新世代の特長を把握して、彼らによりアプローチできる方法を選択することも私達にとっては大きな役割の一つではないだろうか。


馬場 源徳(ばば もとのり)

 1981年長崎市生まれ。上智大学比較文化学部卒業。アルゼンチン・ベルグラーノ大学南米文学科修了。東京、ブエノスアイレス、バルセロナから台北を経て、現在スペインに拠点を置く。スペイン1部の名門サンティアゴ・フットサルで活動中。ボールスポーツを通しての国際交流、青少年教育を中心に研究。異なる文化環境で培った社会経験を活かして、日本と世界の国際交流に貢献することを目標とする。