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2014-1-6

フットサル・スペイン最高監督から学ぶ哲学 取材対象:ヘスス・ベラスコ監督

2014/01/06

 海外のフットサル競技に興味がある方なら、スペイン出身の”ヘスス・ベラスコ”という監督の名前を耳にしたことがあるかもしれない。従来のフットサル戦術とは一味異なる、ベラスコ独特の”システマ・クアトロ”(自由自在に選手がポジションを変えるシステム)は世界のフットサルに旋風を巻き起こした。またベラスコ監督は、2013年にはスペインで最も権威のあるフットサルクラブ、インテル・モビスターを率いるようになり、彼の知名度は更に高まることになる。今回のコラムでは、このヘスス・ベラスコ氏が活動するマドリー近郊まで独自の取材へと足を運ぶことにした。

 スペイン国内史上で最も多くのタイトルを手に入れたインテル・モビスターの本拠地がアルカラ・デ・エナレスという街にある。その街外れにある”カハ・マドリー”という体育館で、スペイン最大規模のフットサルクラブが活動している。私自身何度かトレーニングを間近で見学させていただいたが、彼らのトレーニングからは卓越した個人能力の高さ、スピード、そしてエリート選手達のプライドなどが伝わってくる。単純なボール回しのメニューでも、世界トップレベルの選手がこなすと実に華麗に写るものだ。なお今回の取材では、ベラスコ監督のフットサルの原点があるトレドという街まで取材に向かった。同監督には、親切にもフットサル哲学などについて対談させていただく機会をいただき、この場をもって感謝の意を表したい。


◆対戦相手のスカウティングを行なわない”自然体”について

 まずヘスス・ベラスコという監督について少し話してみよう。ベラスコは、リーグ戦の毎試合に向けてスカウティングビデオを作成しないことで有名だ。スペイン国内のクラブでは大部分のクラブがスカウティングの時間を設定しており、対戦相手を分析するためのビデオセッションなどを毎週行なっている。しかしベラスコ監督はそのようなビデオセッションを基本的には好まない。それでも毎週の練習はしっかりと分析しており、週末の対戦に合わせてマイクロサイクルによる練習計画を採用している。対戦相手もコーチ陣がしっかりと分析しているし、練習でもしっかりと選手に対して対戦相手の特長や対策を伝えている。それでも”自然体”は崩さない。まずはリーグ戦などでビデオセッションを開催しない理由について、ベラスコに単刀直入に質問してみた。

◆選手に対してスカウティングビデオなどを見せない”自然体”について

 『私が選手にビデオを毎週見せない理由は、選手に先入観を持たせないためだ。自分らしく試合に臨むことが大切だ。自然体でね。作戦ボードなどを使って、コンセプトとして伝える方が、具体的な映像を見せるよりも効率的な場合もあると思う。また選手のモチベーションを下げないことも、ビデオを見せない理由の一つだ。暗い部屋で、長々とスカウティングのビデオなどを見せても、選手の頭には何もはっきりとは残らない。せっかく高揚しているモチベーションを下げてしまっては逆効果だ』

ベラスコ監督からは”口数少ない”という印象を受ける。彼はリーグ戦などでは基本的にスカウティングを行なわない。しかしモチベーションが高ぶるような試合では、ビデオ分析などのスカウティングを積極的に導入したりもする。

『選手のモチベーションがかなり高ぶっていれば、何でも集中して聞いてくれる。そのような状況では、多少長めのビデオなどを見せても全く問題にならない。トーナメント戦などの一発勝負では、概して選手のモチベーションは高ぶる傾向にある。そのため私は、リーグ戦よりもトーナメント戦でのスカウティングを好んで行なうよ。選手は集中してスカウティングを聞いてくれるし、ビデオを作成する方も”満足感”を得ることができるね』


◆選手の”モチベーション”心理状態を大切にすることについて

 今回のインタビューでもしばしばベラスコ監督の口から出た言葉、それが”モチベーション”であった。選手にとって最も大切なエレメントが”モチベーション”というのは多くのスペイン人監督が好んで論じる内容でもある。個人のモチベーションが高ければ、①フィジカルコンディション、②技術能力、③戦術適応能力、④集団としての健全な競争環境・・・といった好環境を創り出すことが可能となる。つまりチームのために戦う選手の土台こそが”個人のモチベーション”にあるという理論だ。ベラスコ監督は”日々の練習を楽しむこと”こそがモチベーションを向上させる大切な要素と定義している。彼の練習を取材しても、あまり選手に厳しく接しない彼の指導法が印象に残る。また同監督は大声を出して雰囲気を盛り上げるようなこともなく、セカンドコーチなども含め非常に冷静なコーチ陣という印象を受けた。
 『選手にはプロとしての自覚がある。自由であり、責任を背負っている。私が怒鳴り散らしても、それは彼らのスポーツ人生にとって何のプラスにもならない。私は選手には自由であってほしい。楽しんで毎日の練習に取り組んでくれれば、それが勝利への最短の近道であると信じている。”楽しむこと”とは人間にとっては本当に重要なことだ。16歳ぐらいの育成年代の素晴らしい選手が、競技を止めてしまう理由の多くがモチベーション不足にあると私は思う。選手のモチベーションについては、指導者にも大きな責任があると考えている』


◆オフ・ザ・ボールでもアクティブに走り回る選手たちについて

 ベラスコ監督が率いるインテル・モビスターはスペインでも随一の予算を誇り、多くのスター選手を抱えている。彼の温厚な性格にもかかわらず、練習や試合において攻守にアクティブに動きまわる選手の姿は実に印象的だ。ボールを保持しない選手(オフボール)も、守備の選手も積極的に考えながら精力的に動いている。ベラスコ監督が率いるクラブでは、常にゴールキーパーを含めた全員が異なる役割をこなしている。”ボールを持った選手だけではなく、残りの選手全員が常にアクションを起こす”・・・これが彼の哲学だ。なおベラスコ監督は、ボールを持った選手が攻撃している間に傍観している味方選手のことを”傍観者プレーヤー”と名付けている。

 私は海外のフットサル環境などを取材してきたが、やはりスペインのフットサルクラブ、そしてベラスコ監督の指導するクラブでは”傍観者プレーヤー”がとても少ない。全員が精力的に仕事に励んでいる。当然ではあるが、スペインのエリート選手達には”①絶え間ない決断能力、②豊富な運動量、③常にプレーに関与する姿勢”・・・が求められている。ベラスコ監督がいるクラブでは選手は常に考えて、そして決断しながら動きまわる。同監督はこの”傍観しない”理論を以下のように説明している。


 『種目や競技レベルによらず、このような”傍観者プレーヤー”はボールスポーツに多く存在するものだ。特に18歳ぐらいの育成年代ではこのような”傍観者現象”が多く見られる。この現象は、早めに改善しないと、いずれは手遅れとなる深刻な問題だ。この”傍観者現象”は攻撃局面だけに限られた話ではない。守備でもボールから遠い選手が本当に守備に貢献しているか、指導者の皆さんにもよく観察して欲しい。とにかくチームがこのような傍観者プレーヤーに慣れてしまうと、グループ全体に一定の”消極性”が蔓延してしまう。そうなるとオフボールの選手の消極性を改善することが、非常に困難な問題となる。チームの歪んだ姿勢を修正することほど、大変な仕事はないからね』

◆”傍観者プレーヤー”を改善するには?

 それでは”傍観者プレーヤー”を改善して献身的な”集団プレー”を助長するには、どのような指導すればよいのだろうか?まずは選手にその意味を理解させる必要がある。ベラスコ監督はその方法として”①オフボールでの積極的な動きがポジティブであることを証明する”ことを提唱している。まずはボールを持たずとも、チームに攻守にわたり貢献できることを、ビデオなどを活用して理解させるのだ。これにはビジュアリゼーション、つまりビデオなどを用いて”視覚化”させることが最短距離である。そして”②オフボールの動きの種類、タイミング、優先理由などを理解させる”ステップへと徐々に選手を導いていく。


 ここでベラスコ監督は、”傍観者プレーヤー”を改善するために最も直接的な練習方法が”2対2の局面”と定義している。限定したスペースで2対2を行ない、攻撃側のオフボールの選手が動きまわることにより、ボールホルダーに対する直接守備が困難になることは容易に想像できるだろう。2対2という簡単な練習からでも、選手達にこのオフボールの動きの大切さを通して”傍観者現象”の危険さを理解させることが可能となる。またここで助長するオフボールの動きや集団プレーは、攻撃局面だけではなく守備局面の向上にも大きな相乗効果をもたらす・・・ということを理解しておきたい。ボールのない場所でも、アクティブに攻守に貢献する姿勢をチーム内で作り出すことができる。ベラスコの理論によれば、このようなアクティブな姿勢こそが、チーム作りにおける指導者の最重要課題の1つなのだ。

◆アクティブな守備とその姿勢について

 そしてベラスコ監督がスペイン最高の監督と称される理由は、選手が積極的に攻撃参加して美しい攻撃を繰り出すからだけではない。守備という概念である。彼が2013年に率いたインテル・モビスターは失点が非常に少ないことでも、高い評価を受けている。ボールスポーツの進化には、守備の進化は必要不可欠なものである。スペイン監督にはよく見られる、リスクを恐れない前線からの守備をベラスコ監督も実践している。そこでベラスコに守備に対する考え方を質問してみると、”能動的な守備”そして”進化のための守備”という2つの返事が返ってきた。

 『ボールスポーツにおいて最も簡単な守備とは、もちろん相手のスペースを消してカウンターに出ることだ。自陣に深く引いて守り、カウンターにでれば、統計から効率よく得点できることは明らかだ。この統計を否定するつもりはないが、私の意見ではそのような受動的で簡単な守備では、選手は何も習得することができない。アクティブに前線からリスクを負ってでも、ボールを奪う能動的な守備の姿勢こそが、選手を本当の意味で成長させてくれる。積極的に守備に取り組めば、選手にとっては守備側の選手も”積極的にプレーしている”という感覚が持てるからだ。能動的な守備とは、選手そしてチームにとってリスクを伴っても、常に決断しながら進化する手段なのだ』

 『そしてフットサルのようなマイナースポーツの状況を考えて欲しい。勝敗も大切だが、やはり激しいプレッシャーと素早い展開からボールを奪い合うような”攻守の打ち合い”を魅せなければ、競技としての人気を得ることもできない。そのような観客としての視点からも、私やスペインの多くの指導者はアクティブで主導的な守備を理想としている。競技である以上、”勝利至上主義”が存在するのは仕方ないかもしれない・・・私が以前指導したイタリアや南米の国々などに、その”勝利至上主義”がまだ見られるね』


◆謙虚でエラーを恐れない姿勢について

 私がベラスコ監督に会ったのはこれで3回目となった。いつも彼の確固たるフットサルに対する姿勢、冷静な人柄は相変わらずだ。そして特に彼の”謙虚な姿勢、間違えを恐れない姿勢”には強い感銘を受ける。ベラスコは常にスペインには偉大な指導者が大勢いて、いつも切磋琢磨していると強調している。スペインではそれぞれ地域ごとに異なった哲学が存在して、様々な指導者が毎日活躍している。1つのスタイルにこだわらない。フットサルには絶対的な解答など存在しない。間違えを恐れず、失敗から学び、そして進化する・・・ベラスコ監督の若き日々の逸話をいろいろと聞かせてもらったが、特に記憶に残ったのが彼が指導者として成長する過程であった。

 『私が若くしてフットサル指導者を目指していた頃は、スペインではまだフットサル指導者資格が整備されていなかった時代だった。今思えば、大変な時代だった。あの頃は自分達で学び、そして自分達で教えるということを覚えたね。今あるスペインのフットサル資格の教材なんかも、わたし達の世代が試行錯誤の上に作り上げたものだ。今となっては古いコンセプトや間違いもあって当然だろう。あの頃のスペインフットサル世代とは、常に自分達で学びながら、自分達に教わり、そして自分達で進化を繰りかえしてきた。だから進化するためには、間違えることが当然だと理解している。だから若い指導者には、失敗や過ちを恐れないで欲しい』


◆”ゲームシステム”に縛られる日本の指導者たち

 実はベラスコ監督は以前に来日した経験もある。また彼は日本人選手や指導者以外にも、多くのスポーツ関係者とも触れ合った経験がある。そこで何か日本のフットサル指導者へのメッセージやアドバイスがあるか質問すると、とても興味深い答えが返ってきた。それは『日本を含めたアジアの指導者や選手は、”ゲームシステム”という言葉に囚われている』という指摘であった。

 『日本人や外国人の指導者からはよく、”ゲームシステム”について質問されたりする。不思議なことに、いつもシステムについて質問されるんだ。他にもボールスポーツで大切なことは沢山あるはずなのに。私の意見では、多くの指導者がこの”ゲームシステム”という概念に縛られている。いつも”システム”を土台に考えているように思える。私はこの”ゲームシステム”などを、固定観念的に捉え過ぎない方がいいと考えている。それはシステムを考える前に、まずは自分のクラブの環境、選手、リーグの競争環境、目標、コンディションなどをしっかりと把握する必要があるからだ。私はシステムに乗ってプレーしても、ボールスポーツのエッセンスには辿り着けないと信じている』

 『自分達が好む”ゲームシステム”を学び、それを追求する指導者の姿勢はとても尊重できる。しかし1対1などの個人技術、個人戦術、タイミング・・・そしてフットサルなどでは特に大切となる”2人組の関係、知覚、決断、実行”・・・といった要素の習得を多くの指導者は軽視しているかもしれない。どんなに綺麗なシステムを準備しても、ボールスポーツ競技の根底となるのは1対1、2対2といった局面の連続なのだから。そのような基盤がなければ、どのようなシステムも形骸化してしまう恐れがある。今まで多くのアジアの選手や指導者から”ゲームシステム”について質問されたことがあるが、少し固定概念化しているような印象を受ける。本当に大切なのはシステム、それとも個と個の関係なのか・・・』

◆ベラスコ監督の取材を終えての感想

 ヘスス・ベラスコという人間は、世界最高レベルの監督でありながら、同時に若き育成年代を育てることのできる指導者だ。スポーツを通して、選手として、そして人間として成長することが大切だと彼は説いている。そして選手の技術、戦術的な成長だけではなく、人間としての育成がマイナースポーツの存在を成長させる。彼はトレーニングなどでもあまり大声を上げず、冷静に、淡々と指示を出す。そしてメモを取りながら、試合に向けて着実に準備を進める。ベラスコは”形”に縛られない、自然体、それでも原則を大切にする人材という印象を受けた。取材でも短い時間ではあったが、非常に親切にしていただいた。また機会があれば取材に向かいたい。


馬場 源徳(ばば もとのり)

 1981年長崎市生まれ。上智大学比較文化学部卒業。アルゼンチン・ベルグラーノ大学南米文学科修了。東京、ブエノスアイレス、バルセロナから台北を経て、現在スペインに拠点を置く。スペイン1部の名門サンティアゴ・フットサルで活動中。ボールスポーツを通しての国際交流、青少年教育を中心に研究。異なる文化環境で培った社会経験を活かして、日本と世界の国際交流に貢献することを目標とする。