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2014-5-12

『ゴールキーパーの育成に求められる概念』

2014/05/12

 室内ボール競技のフットサル(FÚTBOL SALA)で世界を牽引するスペイン。スペインは欧州選手権や世界選手権でもブラジルと並んで圧倒的な強さを誇り、世界最高峰の国内プロリーグ『LNFS』も擁している。スペインフットサルは戦術面ではハンドボール、バスケットから大きな影響を受けている。しかしスペインフットサルの強さの秘密は、何といっても国民競技のサッカー人気とその下部組織育成にある。

 スペインフットサルの現状だが、FIFAが開催するワールドカップでも決勝戦はスペイン対ブラジルが常連カードとなっている。またスペイン国内リーグでは、男女ともに高い個人・集団戦術を基盤としたフットサルを特徴としている。私が活動するスペイン北部のガリシア地方にも、男女合計で10を越えるプロフットサルクラブが存在しており、人口600万人という事実を考慮すると、実に多くのプロクラブが運営されている。

 スペインのフットサルクラブを象徴するのが、選手、監督の高い戦術理解だ。そして忘れてはならないのが、どのクラブにも存在する非常に優秀なゴールキーパー達の存在だ。スペインという国では、優秀な指導者、選手、そしてキーパーを育成するにあたり確かな概念と方法論が存在するのだ。

 先日勤務先のフットサルクラブでも、低学年のゴールキーパーを目指す若き選手達を対象とした『ゴールキーパーの育成講習会』が開催された。プロフェッショナルのキーパーコーチ(指導者)や現役のキーパー選手と協力して、選手育成に関するプレゼンテーションなどを実施した。また講義に加え実技指導などを織り交ぜて、将来のエリートキーパー育成を論じるという充実した講習内容でもあった。私もこのプロジェクトには、指導者の一人として参加する幸運に恵まれた。フットサルスペイン代表GKの”フアンホ”ことフアン・ホセ・アンゴスト選手達とも、事前準備から共同して資料作成を行なう機会を得ることができた。

 


 ここでゴールキーパーの本題に移るが、室内ボール競技でのキーパーが抱える責任と役割は非常に大きいものだ。まずはボールスポーツでゴールを守る、ゴールキーパーの優先目標について考えてみよう。キーパーの役割は、失点を防ぐ以外にも多く考えられる。概して優秀なキーパーにはどのような能力が必要だろうか?

『技術、戦術、才能、体力、反射、精神、直感・・・』

 以上のように様々な要素が能力の高いキーパーから観察することができる。選手を育成する段階で、指導者は『いかに優秀なゴールキーパーを育成するか?』という課題に直面するだろう。今回のコラムでは、ボールスポーツにおけるゴールキーパー育成の3つの大切なコンセプトについて考察してみたい。各ボール競技によって、キーパーに必要とされる戦術動作、技術動作は一様ではない。しかし多くのボールスポーツに共通して、キーパーの資質を決定付けるコンセプトは確かに存在するはずだ。

 


 上の図にあるように、能力の高いゴールキーパーには様々な特徴を列挙することができる。世界中に多くの優秀なキーパーの原石が存在する。しかしその中でも、エリートのゴールキーパーへと成長する選手は限られている。それではキーパーにとって最も大切な、概念(コンセプト)について考えてみよう。まず指導者はゴールキーパーを育成するにあたり、どのような概念を植えつける必要があるのだろうか。技術、戦術、才能、体力、反射、精神、直感・・・それよりも大切なコンセプトが存在するのではないか。まずはゴールキーパー育成にあたり忘れてはならない、3つの大きなコンセプトを考えてみる。

 


(A)異なる状況下におけるポジション取り
(B)異なる状況下における準備態勢
(C)守備時の移動動作(その軌道と修正)

 


 

(A)異なる状況下におけるポジション取り

 まずは『ゴールキーパーの異なる状況下におけるポジション取り』に言及したい。キーパーにとって最も大切な要素とも言われるのが、この”ポジション取り”だ。ポジショニングとも呼ばれるこの戦術概念だが、スペース掌握の概念とも大きく関係している。このポジション取りには、ゴールキーパー個人が試合展開を解釈する必要がある。初歩的でありながらも、育成年代の選手にとっては複雑なものとなり得るコンセプトだ。

 ポジション取りの大前提となるのが、まずはキーパーが試合の状況を理解することだ。そのためには指導者が、キーパーを攻守の大きなポイントとして扱い育成する哲学が必要となる。”ゴールポストの下でただシュートを防ぐ”というキーパーのコンセプトから脱却する必要がある。ポジショニングで最優先となるのが攻撃側のシュート、パスコースを最大限に無効にさせることだ。攻撃側のアングル(角度)を消して、危険サイン(ボールの位置)とゴールポストの三角形上にポジションを取ることが守備におけるポジション取りの原則とされている。

 またゴールキーパーは”攻守における最終ライン”であることを覚えておきたい。特にフットサル競技などでは、激しい試合展開の中でキーパーにかかる戦術的な負担が非常に大きい。ゴールキーパーは常に試合の流れを判断して、最終ラインとしてのポジション取りを要求される。そこに指導者とキーパーの適切な戦術眼が求められることは言うまでもないだろう。

 そして最後に言及しておきたいのが、”ボールプレスとポジション取りの関係”を解釈する能力だ。守備がボールに強いプレスをかけている場合と、相手のボールにプレスがかかっていない状態では、ゴールキーパーが取るべきポジションが全く異なるものになる。局面の流れを読むだけでなく、瞬間ごとの流れを解釈することがポイントだ。インテグラルトレーニングや実戦などを通して、キーパーはこのような解釈能力を習得することが可能だ。

(B)異なる状況下における準備態勢

 


 そしてポジション取りと同様に大切なエレメントが、ゴールキーパーの『異なる状況下における準備態勢』である。準備態勢とはあらゆる技術動作を実行するための最適な身体姿勢を指している。身体の向きであったり、構えであったりする。その中でも代表的な姿勢を『警戒姿勢』と称する。上の写真を参考にして頂きたい。キーパーが『警戒姿勢』を取る理由とは、この姿勢からあらゆる技術動作を実行できるからだ。特に相手チームが自陣に攻め込んでくる場合などは、ポジション取りを考えながらもこの『警戒姿勢』を保つことが好ましい。

 このような準備態勢で大きなポイントとなるのが、キーパーの”周辺知覚能力”だ。ゴールキーパーは常に視野を広く確保して、ボール、攻撃、守備の位置などを常に把握するようにする。またゴールキーパーは最終ラインの選手として、他のフィールドプレーヤーに的確な指示を出すことが求められる。そのためにも、試合状況の把握はキーパーにとっては最低限のタスクとして要求される。

(C)守備時の移動動作(その軌道と修正)

 


 そしてゴールキーパーにとって最も大切でありながら、軽視される傾向にあるコンセプトが『守備時の移動動作(その軌道と修正)』である。”飛び出し”や”ポジション修正の戻り動作”などがその移動動作の代表例だ。この移動動作とは、多くのゴールキーパーのセーブ、技術動作などと深く直結している。つまりセービングなどの技術動作を実行する事前の準備動作の一つが、この”移動動作”とも解釈することができる。

 まずは水平方向への移動動作、そして垂直方向への移動動作からしっかりと技術動作へと移行できるかがポイントとなる。ゴールキーパーとしての技術動作(セービングなど)の全てが、この移動動作の質とタイミングに大きく左右される。また後方に戻りながらのセービングといった、特殊なコーディネーション能力などもトレーニングを通して向上させることが可能だ。

 この移動動作のバリエーションとして、『守備のフェイント動作』を付け加えておきたい。攻撃側に迷いを持たせるためにも、ゴールキーパーは守備の移動動作の中にフェイント動作を混ぜることを習得できる。守備フェイント動作によって、攻撃側の決断を急がせたり、迷わせることで、守備側のゴールキーパーが優先権を握ってプレーすることが目的だ。

 流れの中のプレー以外にも、セットプレー、数的不利などの特別な状況などで、このようなゴールキーパーによる移動動作、守備フェイント、ポジション取りの判断などが、大きな違いを生み出すことになる。

 以上のように、ゴールキーパーには『①ポジション取り、②準備態勢、③移動動作』という3つの戦術的コンセプトを向上させることが求められる。この3つの要素と、ゴールキーパーのゲーム解釈、戦術理解は正比例して向上する傾向にある。つまりゴールキーパーはゲームをより深く理解すれば、それに比例してより適切な『①ポジション取り、②準備態勢、③移動動作』を習得することが可能となる。以上のような戦術的プロセスは、ゲームの理解、そして知覚プロセスの向上とも関係している。より優れたコンセプトを把握したキーパーは、あらゆる決断や技術動作をより効率よく実行する進化を遂げる。

 最後に、ゴールキーパーのいかなる技術動作のトレーニングも、実戦に反映される必要がある。実践に基づいた戦術的コンセプトを伴わなければ、いかなるトレーニングも効果を失ってしまう可能性があると強調しておきたい。フィールド選手と同じように、インテグラルトレーニングなどを媒体として正しい状況知覚を行ない、そして最高の決断を行なうようなプロセスを、キーパートレーニングにおいても提供することが理想である。一般の選手に求められる『インテリジェントな選手を創り出すこと』が、ゴールキーパーの育成にも同様に求められている。ゴールキーパーのトレーニングにおいて、クラブや指導者はゴールキーパーの戦術的コンセプトの向上とインテグラルトレーニングの関係性についても積極的に再考してみたい。

<追加:フットサルにおけるゴールキーパーの技術動作リスト>

 


 




馬場 源徳(ばば もとのり)

 1981年長崎市生まれ。上智大学比較文化学部卒業。アルゼンチン・ベルグラーノ大学南米文学科修了。東京、ブエノスアイレス、バルセロナから台北を経て、現在スペインに拠点を置く。スペイン1部の名門サンティアゴ・フットサルで活動中。ボールスポーツを通しての国際交流、青少年教育を中心に研究。異なる文化環境で培った社会経験を活かして、日本と世界の国際交流に貢献することを目標とする。