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2014-3-10

体操コーチとの裁判闘争に勝利

2014/03/10

 42年間の記者生活の中で、最も印象に残ったことをここに記す。私の中で取材とは、真実とは、そして正義とは何かを感じた出来事である。15年前、ある情報が入り、これは絶対に記事にしなければならないと思った。
 京都の名のある体操クラブの男性コーチが10代の女子選手に棒で叩く、殴る、蹴る、そして当時オリンピックを目指していた全日本チャンピオンにキスしたり、胸を触ったりのセクハラをしているという情報である。「あまりにもひどい。社会的に許せない」と、取材を開始した。
 まず被害に遭った中学3年生の保護者の下へ行き、詳細を聴き出す。体に残るあざ、脱臼痕、棒で殴られた傷の写真を見せられた。医師の診断書には明らかに虐待で負った傷であることを証明していた。
 他の保護者にも聞いて回った。コーチから見放されることを恐れて暴力を否定し、見て見ぬふりをした。「優しい先生」「立派に育ててもらっている」「手を出しているところは見たことがない」と、まるで誰かに言わされているような談話ばかりだった。
それでも3人の選手とその両親が勇気を振り絞って警察に被害届を出し、訴えた。もちろん、当事者のコーチにも話を聞いたが、「平均台で落ちた時にあざができることは日常茶飯事。常に愛情を持って指導しており、殴ったことは一度もない」としらを切られた。選手が通う中学校、高校を回って取材を進め、記事にした。
 「京都の体操コーチが虐待、セクハラ行為」―。全日本女王に対するセクハラは特に許し難く、「大きな夢を摘んでしまった罪は重い」との関連記事も出稿した。契約紙に掲載された数日後、コーチが「事実無根」「名誉棄損」で時事通信社を訴えてきた。裁判ということになり、社は困惑しきりだったが、私は「さあ来い」の心境だった。
 社会正義が勝つかどうか。二度とこういうコーチを世の中に出してはならない、選手の人権を守らなければならないという気持ちで法廷に立とう。裁判が始まる前にさらなる動かぬ証拠をつかんだ。高校の生活指導担当が持っていた選手に聞いたメモ、選手たちの日記、セクハラされた一部始終を書いた親族の手紙…。
 本番の裁判前に互いの弁護士が準備書面を交わす。こちらの方が明らかに真実性に富んでいるし、決定的新証拠もそろっている。分厚い書類を渡すと、コーチ側は恐れをなして数日後、告訴を取り下げた。事実上の勝訴となったわけだが、私に喜びはなかった。最後まで裁判をして、世に真実と正義を訴えたかった。こんな大きな問題なのに、他のマスコミも取り上げないで風化していくことが無念だった。
 この京都のコーチ暴力問題で当時、日本体操協会や全日本ジュニア体操連盟などに調査を依頼し、コーチの処分も要請したが、全く動いてくれなかった。むしろコーチを守ろうとさえした。指導者の誤った行為を許す態度に正直失望した。この隠ぺい体質は未だに残っている。
 組織がしっかりしていないと、暴力根絶は実現しない。学校、クラブ、競技団体が規則、罰則、倫理規定を確立させることが先決ではないだろうか。

 昨年から社会問題化しているスポーツ界の暴力・パワハラについて、15年前の私の告発でも分かるように、この問題は今に始まったものではない。大阪市立桜宮高校バスケットボール部顧問による体罰・パワハラが原因で3年生の主将が自殺した事件をきっかけに、次から次へと体罰、暴力問題が暴露された。この事件後、大きくクローズアップされたのが女子柔道日本代表選手の告発問題。 女子監督ら指導陣の暴力・パワハラに耐え切れず、15人の選手がJOCへ直訴したニュースが連日報道されたのも記憶に新しい。
 今回の一連の問題で一番驚いたのは、暴力指導者たちを容認する声や意見が多かったこと。選手やその保護者たちが、なぜ指導者の行為に賛成するのか理解に苦しむ。「殴ってもらい目が覚めた」「気合を入れてくれた方がより力を発揮できる」等々。こんな談話を耳にするたびに何だか悲しく、情けなく、寂しい気持ちになる。
 指導する場合、ある程度の厳しさはやむを得ない。しかし、手を出してはならない。暴力に頼るのは指導力のない証拠。意のままにならず苛立ち、冷静さを失い、手を出してしまうことが繰り返されたら、選手との信頼関係は生まれない。
 記者生活を終えて現在、日本体操協会の総合企画委員長として暴力・パワハラ問題を担当している。「娘が胸を触られた」「暴言を吐くコーチに注意したら逆ギレされた」など、苦情の電話や手紙が舞い込んでくる。
 対処の仕方は被害を受けた選手、保護者の意見をよく聞いてあげ、指導者も直接呼んで厳重注意をする。大抵の指導者は終始否認したままだ。だが、一定の注意を与えるだけでも何かしらの暴力追放のきっかけになると信じている。どうしても暴力、体罰が止まなかった場合は指導者に対して厳しい処分を科す以外ない。本当にスポーツを愛する指導者であれば、暴力、体罰は必要ない。健全な指導体制を確立し、若者たちの夢を結実させてほしいと祈るばかりだ。(了)



堀 荘一

1947年9月生まれ 東京都杉並区出身
1970年早稲田大学社会科学部卒、同年株式会社時事通信入社。1996年運動部長、1999年整理部長、2005年解説委員などを歴任。オリンピックの取材経験は夏・冬合わせて6回に上る。夏季はモントリオール(1976年)、ロサンゼルス(1984年)、ソウル(1988年)、冬季は札幌(1972年)、リレハンメル(1994年)、長野(1998年)。取材した競技は体操、バレーボール、卓球、アーチェリー、ボート、馬術、陸上、水泳、大相撲、アマチュア野球、プロ野球、プロボクシング、アルペンスキー、スピードスケート、フィギュアスケート、アイスホッケーなど


堀荘一さんはスポーツジャーナリストOBによる社会貢献グループ「エスジョブ」に参加されています。
S-JOB(エスジョブ)公式サイト