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2011-1-11

=特集= 急増する日本人サッカー選手の欧州移籍について

2011/01/11



冬の移籍市場で日本人選手の欧州移籍が相次ぐ

 今年の冬、日本人サッカー選手の欧州移籍ラッシュが起こっている。まず、イングランドのアーセナルと中京大中京高校の宮市亮が契約。ドイツではレバークーゼンに浦和レッズの細貝萌(その後、2部のアウクスブルグにレンタル移籍)、ケルンには槙野智章が移籍し、さらには清水エスパルスの岡崎慎司のシュツットガルト入りも確定したと伝えられている。また、日本人選手への評価が低いと言われるスペインでも、マジョルカがガンバ大阪から家長昭博を獲得。オランダのフェンロにも同じくガンバ大阪の安田理大が加入するなど、今季の冬季移籍市場では日本人選手が大人気である。現在、欧州の主要リーグに移籍した日本人選手は、ドイツの6名を筆頭に、ロシアに3名、オランダに2名、イタリア、スペインに各1名と、かつてない数になっている。これは、近年日本人選手のレベルが上がり、本場の欧州でも戦力として評価されつつあることの証明であろう。

 欧州のサッカーリーグでは、基本的にシーズン中の選手移籍は認められていないが、シーズンオフの7月1日から8月31日までの期間とシーズンの折り返しにあたる1月1日から30日までは、クラブ間での移籍が認められている。とりわけ、冬の移籍市場では、前半戦を終えた各チームが戦力の見直しを行い、必要なポジションの選手補強を行う場であり、事実上の助っ人的な役割を期待した即戦力を獲得することが多い。その意味でも、冬の移籍市場で獲得した選手へのチームの期待は大きいといえる。

海外移籍選手の特徴

 昨年夏のトライアウトに参加し見初められた宮市以外、この冬に欧州のクラブと契約した日本人選手は、いずれも各クラブのスカウトや強化部長が入念にリサーチした上で獲得を決めたものだが、意外にも、昨年のワールドカップ・南アフリカ大会に日本代表として出場した選手は岡崎ひとりだけである(※岡崎の欧州移籍はまだ正式には発表されていない)。日本人選手の欧州移籍が加速した理由のひとつに、昨年のW杯での日本代表の躍進が挙げられているが、W杯直後の昨年オフに当時の日本代表から新たに欧州移籍を果たしたのは、長友佑都(チェゼーナ/イタリア)と矢野貴章(フライブルク/ドイツ)、内田篤人(シャルケ/ドイツ)の3名のみだ。本田圭佑(CSKAモスクワ/ロシア)や松井大輔(トム/ロシア)、長谷部誠は、W杯前からすでに欧州でプレーしていたし、今季ドイツのドルトムントで主力選手として大活躍を見せている香川真司は、前回のW杯メンバーには入っていない。欧州のクラブは必ずしも、日本代表=有力選手という見方をしてはいないようだ。

 今季の日本人選手の移籍でもうひとつの特徴は、比較的若い選手が多いということである。これまでは、Jリーグや代表である程度の結果を残し、さらに日系企業の有力スポンサーなどをバックに海外移籍を果たした選手が多かったが、世界金融危機の最中、各クラブとも、日本での実績や人気よりも、安価で若く才能豊かな選手を発掘し育てようという意図が見られる。ドルトムントの香川は21歳だが、セレッソ大阪から獲得した時の移籍金は育成補償のための35万ユーロ(約4000万円)だった。しかし、今季の活躍により欧州のビッグクラブから注目されるまでになった今、同選手の移籍金は2000〜2500万ユーロ(約22〜約28億)まで跳ね上がっていると言われる。わずか約半年で同選手の市場価値は、セレッソから獲得した時の70倍近くに上昇したことになる。ユース世代の国際大会で活躍を見せる日本人選手のクオリティに目をつけた欧州のスカウトマンが、アフリカと同様に日本を若手有望選手の草刈場にし始めたのかもしれない。

ドイツに移籍する選手が多い理由

 とりわけ今季は、ドイツに移籍する日本人選手の多さが目立つ。岡崎を含めれば、6名もの選手がブンデスリーガの1部でプレーすることになるが、欧州のトップリーグで一度にこれほど多くの日本人選手がプレーするのは前代未聞である。また、アマチュアの7部リーグまでを含めれば、ドイツには現在、男子だけで17、8名の日本人選手が在籍している。さらに、女子のトップクラブで主力として活躍する安藤梢、永里優季も含めれば、今季は20人もの日本人選手がドイツリーグで戦うことになる。ドイツでは香川以前にも、高原や稲本、長谷部といった日本人選手がある程度の実績を残しているほか、過去にさかのぼれば、奥寺、風間といった先人の残したイメージもいまだ強く、相対的に日本人選手への評価が高い。イタリア、フランス、スペイン、ロシアといった欧州の非英語圏の国の中では比較的英語が通じるお国柄である上、ドイツ人の気質が日本人に近いのも、現地に受け入れられやすい理由なのかもしれない。また何より、イングランド、イタリア、スペインなどとは異なり、外国人枠(非EU圏外)がないのが大きい。たとえば、スペインのリーガ・エスパニョーラ1部では、1チームが登録できる外国人選手は3名までと決められており、この冬、家長を獲得したマジョルカは、すでに外国人枠が埋まっていることから、誰かひとりを放出しない限り家長を選手登録することができない。その場合、家長はトップチームでは出場できないため、今季の残り期間は他のクラブへレンタルされることが決まっている。これらのリーグでは、アフリカや南米など、欧州との二重国籍が認められている外国人選手をより獲得する傾向が強く、外国人枠を食う日本人選手はリスクがあり、手を出しにくいのが現状だ。

日本人有力選手の海外流失に伴う危惧

 日本人選手の海外移籍が容易になり、多くの有力選手が海を渡ることは日本代表のさらなるレベルアップにつながると考えられるが、一方で、主力選手を引き抜かれる側のJリーグのクラブにとっては人材流出となり、戦力、人気面ともに見過ごせない問題だ。これは、昨今、有力選手の大リーグ流出が相次ぐ日本のプロ野球にも見られる問題だ。今の日本のサッカー人気は、日本代表とともにJリーグによって支えられている。選手の海外移籍によってリーグ全般の質の低下や人気の凋落につながらないよう、Jリーグや各クラブは、リーグ全体の底上げや魅力あるチーム作りの工夫、次世代を担う若手スター選手の発掘などに、より一層の努力をしていく必要があるだろう。 サッカー王国ブラジルでは、過去も現在も、欧州に移籍することがサッカー選手としての成功の証と言われているが、2014年のブラジルW杯を前に、欧州で成功を収め、好景気に沸く母国リーグに復帰する人気選手も出てきている。日本の国内リーグのレベルアップ、しいては日本代表のレベルアップが進み、サッカー面だけでなく、人気や待遇でも欧州との格差が縮まれば、有力選手を引き留めることも可能となる。そうなればいつか、欧州で活躍する日本人選手をJリーグに逆輸入する日が来るかもしれない。だがそのためには、かつてJFLをプロ化しJリーグとして再スタートした時のような抜本的な改革が必要かもしれない。

マジョルカへ移籍した家長選手の場合

 筆者はこの年末年始、日本のテレビ局の取材でスペインのリーガ・エスパニョーラ1部マジョルカに移籍した家永昭博選手に密着する機会を得た。そこで、この機を借りて同選手の移籍についてレポートしてみたい。

 家長は12月半ば、極秘にメディカルチェックを行うためマジョルカ島の首都パルマを訪れた。いったんそのまま帰国した家長だが、その後、移籍が正式に確定し、クラブのクリスマス休暇明けとなる年末28日に再びマジョルカ島にやってきた。家長の入団発表および記者会見は30日に行われたが、現地メディア、日本メディアあわせて50人以上の報道陣が詰めかける盛況となった。入団発表にはセラ・フェレール副会長も同席し、記者会見の後には、スタジアムに詰め掛けた約300人のファンの前でお披露目を行った。
 2015年までの長期契約を結び、入団発表の場で背番号14番と“AKI”の名前入りのユニフォームを手渡された家長は、マジョルカにとって2年ぶりの完全移籍による獲得選手とあって、入団発表の様子は地元メディアで大々的に報じられた。マジョルカは、2005年の冬にも元日本代表の大久保嘉人を獲得したが、思うような活躍を見せることなく、失意のままこの地を去っている。それでも、地元の家長への期待は大きいようだ。
 入団会見で驚かされたのは、初の海外移籍となる家長が、たどたどしいながら自己紹介に続いて、「世界最高峰のリーグで成功したい」などとスペイン語で抱負を述べたことだ。このコメントは、翌日の地元メディアでも好意的に紹介された。
 そんな家長にとっての当面の問題は外国人枠だ。マジョルカには現在、外国人選手が3名おり(実際にはもっと多くの外国人選手がいるが、ほとんどはEU圏内のパスポートを取得済)、登録枠が埋まっている。そして、今月末の移籍期間終了までにこのうちの誰かを放出しない限り、家長は他のクラブにレンタルされることになる。マジョルカのセラ・フェレール副会長は、対戦相手となりうる1部クラブへの移籍を避け、同じスペインの2部または、すでに引き合いが来ているオランダ、ドイツのクラブ移籍の可能性をほのめかしているが、その一方で、家長にチームに残って欲しいとの思いも強いようだ。本人も今季どこでプレーするかが決まるまでは落ち着かない日々を送ることになる。

 入団発表の翌日から早速チーム練習に合流した家長は、オープンな性格と年末年始というなごやかな雰囲気も手伝って、驚くべき早さでチームに溶け込んでいた。およそ1ヶ月ぶりという本格的な練習という家長だったが無難に初練習をこなし、その後もメディアの取材に丁寧に応じるなど、すでにチームの一員の顔になっていた。「英語とポルトガルが少し話せる」と言う家長だが、2日目の練習でも、通訳なしでチームメートと積極的にコミュニケーションをとっている姿が目についた。「家長の選手としての才能には疑いを持っていない」というラウドルップ監督、セラ・フェレール副会長がともに唯一の不安要素として挙げていたのが言語の問題だ。チームや監督の戦術を理解し、チームメートとの意思疎通の上で言葉は重要なファクターとなる。過去、何人もの日本人選手がスペインリーグに挑戦したが、言葉の壁が立ちふさがり本来の力が出し切れずに終わるケースは少なくなかった。だが、移籍してからの数日間を見る限り、ものおじしせずオープンな性格もあり、新しいチームメーやト環境への順応性は早そうだ。この分なら、言葉の問題も時間とともにクリアできるだろう。生活が落ち着くまでは日本人通訳の力を借りることになるというが、ピッチ内や練習には通訳は同行させず、スペイン語を学んで自らの力でコミュニケーションをとるつもりだ。さらに心強いのが家族の存在だ。数週間後には現地に家族を呼び寄せる予定だが、環境が異なる海外でプレーする場合、家族のサポートは大きな力となる。

 家長が移籍したマジョルカ島は欧州屈指のリゾート地であり、冬でも日中の気候が15度程度と温暖で、移籍先としては最高の場所である。スペインの食事は米を使う料理も多く、食材も日本人にはなじみのあるものが多いことから、生活環境の違いで大きな苦労を強いられることもないだろう。また、地方の中堅クラブであるマジョルカは、レアル・マドリードやバルセロナといったビッグクラブのように早急な結果を求められ、日夜メディアやサポーターの厳しいプレッシャーにさらされるようなこともないため、落ち着いてプレーに専念できるはずだ。今季からはクラブのオーナーも変わり経営陣も総入れ替えしたが、デンマーク人監督のラウドルップ氏の下、現在リーグ戦8位という好位置につけている。これまで無名選手を獲得しては育てビッグクラブに売却してきたマジョルカは、将来のステップアップを考えた場合にも、うってつけのクラブといえる。

 地元では早くも有名人になりつつある家長だが、マジョルカのユニフォームを身につけてプレーする姿を1日も早く見てみたいと思う。イングランドのプレミアリーグと並んで世界最高峰と呼ばれるリーガ・エスパニョーラは、多くの日本人選手にとって憧れのリーグだ。家長が活躍することでスペインでの日本人選手の評価も高まれば、より多くの日本人選手に門戸が開かれることになるだろう。