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2014-3-3

『ボールスポーツにおける指導者の役割』 コーチングスタッフに求められる『日常の役割』について(前半)

2014/03/03

はじめに

 選手の能力もさることながら、戦術が重視されるボールスポーツにとって、コーチング・スタッフ(指導者)の役割はチームにとって必要不可欠だ。実際にプレーして最後に決断をするのは選手とはいえ、戦術スポーツにおけるコーチングスタッフの責任は多大なものだ。オープンスポーツでは実に様々な要素が選手、チーム、試合局面などに影響を与える。そのような不特定の要素は選手だけではコントロールすることは不可能といえる。そのため、ボールスポーツに従事するコーチングスタッフの知識は幅広くある必要がある。技術・戦術的トレーニングの知識や経験はもちろん、方法論、生理学、心理的要素を理解した上でのフィジカル・トレーニングの知識も必要とされる。

 また団体競技では、チーム内の人間関係がパフォーマンスに大きく影響を与える。そのため、心理学、社会学、運動科学といった側面からもコーチングスタッフには入念な準備が要求される。チームやクラブの目標、選手の年齢層によっては、方法論をしっかりと伝達するための”教育者としての才能”も必要だ。様々な情報を効率よく”伝達する能力”を磨かなければならない。さらにコーチングスタッフは最新のテクノロジ-や競技の新しい知識、情報、若者の流行にも精通していることが望ましい。ユーモアや知性に富んだコーチングスタッフが選手の信頼を勝ち取ることは、統計上でも明らかなデータとして知られている。

 このようにボールスポーツのコーチング・スタッフ(指導者)を形成するには実に豊富な知識が要求される。知識や経験が不足してしまっては、コーチング・スタッフと選手間の連携は困難となってしまう。近年はデジタル化も進み、コーチングスタッフに求められる能力は更にマルチタスク化している。

<現代のボールスポーツのコーチングスタッフのタスクは多様化している>

 今回のコラムでは、ボールスポーツのコーチングスタッフは一般的にどのような役割を担っているのかという問題を整理してみたい。コラム43号では『テクニカルスタッフの種類』などについて検証したが、今回は一般的なコーチングスタッフ全体に要求される役割について、欧米の文献などを参考にしながら掘り下げてみたい。

 競技を問わずに共通していることが、コーチングスタッフ(指導者)には①日常の役割と②試合のための役割が存在することである。①日常の役割とは、毎日の練習やチームの一般的な機能が潤滑に進むために果たす日々の役割を指している。一方で②試合のための役割、とは試合を前提とした準備期間と試合における役割を指している。いずれにしろコーチングスタッフに与えられた最終目的は”チームの可能性に基づいた最高の効率を追求すること”である。育成年代を終了すると、最後に目標とするものは”目に見える結果”となる。今回のコラム前半では、コーチングスタッフに求められる「日常の役割」について考察してみたい。

 

◆指導者に求められる『日常の役割』について
スポーツコラム56号(前半)

(A)トレーニングにおける日常の役割(競技レベル)

 


◆ 戦術練習を担当する

 競技レベルになると、コーチングスタッフにはチームが必要とするゲ-ム・システムを整理することが求められる。自分達のスタイルを確立し、練習を通してそれを選手に完璧に浸透させ、適用させるのだ。これはチームの哲学や信念を反映させるために、最も大切な練習の一部分である。個人戦術の枠を越えて、集団で行なう戦術練習はシステムの中で各選手の役割や行動を明確にするためにも必要不可欠だ。また少人数グループでの連携(グループ戦術)も重視したい。

(少人数グループ戦術の例)3対3などに細分化した守備の戦術練習。プレスを掛ける1列目の守備に応じて、逆サイドのウィングが守備ラインを形成する、後方の3人目の選手もそれに従って後方の守備ラインを形成する・・・

 このように少人数での練習により、グループ戦術の土台を練習することが可能となる。そして段階を踏んで、その少人数のグループを結合(拡大)させる。一気に戦術練習を始める前に、まずは少人数(または個人)プレーに対する注意指導を行ない、より細分化したフォローを大切にする。参考までにだが、フットサル(本来は5対5のスポーツ)では3対3の練習によって、戦術コンセプトの70%が練習可能とされている。そして得点局面の70%が2人組の戦術コンセプトから発生しているデータにも着目したい。

◆ 技術練習を担当する

 セミプロフェッショナル競技レベルより下のカテゴリーでは、この「技術練習」がトレーニングの大きな目的となる場合が多い。また技術練習とは低学年の選手にとっては非常に高い重要性を持っており、育成年代を通して決して怠ることのできないエレメントである。プロフェショナルの選手には、技術的な伸びしろが少ないと考えられる。しかしボール感覚などを保つためにも、やはり技術練習を実行する必要がある。また年齢を問わずに、リハビリ、ウオーミングアップなどに技術練習を導入することが可能だ。

<育成年代では技術トレーニングの占める割合が大きい>

 また「技術練習」といっても、分析的アナリティックトレーニング、グローバルトレーニング、インテグラルトレーニングなどのトレーニング分類をしっかりと分類することが必要だ。限られたトレーニング時間の中で、いかに効率よく技術トレーニングを戦術トレーニングに取り込むかは年代を問わずに重要なポイントである。そして技術練習にも周辺知覚や状況判断の要素を取り込むことで、戦術の基盤となる個人戦術へのアプローチも可能となる。このようなトレーニング方法論については、『Vol.12 スペインから学ぶ3種類のトレーニング方法』を参照していただきたい。

◆ 戦術理論をトレーニングする

 コーチングスタッフはゲームシステム、選手に何を要求するのか、何がチームにおけるゲーム哲学か、といった戦術理論を説明する場所を設ける義務がある。コーチング・スタッフはこのような時間を利用して、何がゲームにおいての目標か、チームにとっての”良好なプレー”とは何か、どこでドリブルを仕掛けることが好ましいか、どのゾーンで素早くプレーして、どのような状況でタッチ数を減らすか、どのような守備への撤退や再構築を意図するのか・・・といった多様な戦術理論を説明する。

 このような戦術に対する共通理解は、チームの結束や同意のために大きな役割を果たすことになる。日々のトレーニングから選手に問いただし、対話を行なうことにより、より統一性のとれたチーム哲学を構築できる。またビジュアリゼーション(映像化)という言葉にあるように、映像などを通して選手に対する修正や指示を行なうことも欧米では主流のスタイルである。

 

◆ ポジションに特化した練習を行なう

 コーチングスタッフには日々の練習から「各選手の特徴に合ったポジションを割り当てること」が求められる。例えばバスケット、ハンドボール、フットサルなどは攻撃、守備などを含めた万能の選手が実践するスポーツである。それでもポジションごとに得意や不得意が存在する。特に組織された攻撃、守備組織、カウンター移行などの局面で、このようなポジションごとによる差が考えられる。コーチングスタッフにとっては、各選手が最高のパフォーマンスを発揮するために、選手に適切なポジションを任命し、最適の役割を与えることも大きな役割だ。また練習でそのポジションと同時に、その他のポジションも練習させることも大切な仕事である。

◆ フィジカルトレーニングの準備をする

 この作業はフィジカルトレーナーが主導して実践することが一般的であるが、クラブの状況によってはセカンドコーチ、または総監督が担当することも可能である。いずれにしろコーチングスタッフ(指導者)はどのような状態でシーズン開幕を迎えるのかという目標を設定する。それに応じて、追い込むのか、適度に準備するか、緩やかに準備するのか・・・といった準備内容も変化する。リーグ戦における開幕直後の対戦相手がどのようなライバルか(強敵か、走るチームか、格下か)などに合わせて準備調整が要求される。

<低学年の選手はコーディネーションを重視する>

◆ 最高のメンバー構成を常に考慮する

 コーチングスタッフは試合、練習において常に”戦術局面ごとにおける最高のメンバー構成”を考慮しておく義務がある。ベストのメンバーの組み合わせを試合の各瞬間ごとに構成して、得点関係、ファール数、試合が必要とするものに応じて練習時からメンバーを編成する能力を身につけたい。例えば試合の状況によっては、ポゼッションを保つ、プレスをかける、守備を固める、カウンターを狙うなど・・・様々な状況に応じてメンバーを組み変える必要がある。ここで留意したいのが、選手はプレーが素晴らしいだけではなく、チーム機能を向上させることも大きな能力の1つであることだ。

 またスペインフットサル界の名将・ヘスス・ベラスコ氏の指摘にもあったが、メンバーの相性によって得点能力やコンビネーションに大きな差が生じるのも事実である。コーチングスタッフは日常から、そのような”目に見えない情報”に細心の注意を払うことが望ましい。

 

(B)トレーニング前後における日常の役割

 

◆ 精神的ケア、心理的サポート

 どれほど優秀なコーチングスタッフでも、選手の心理的サポートという大きな課題に頭を悩ませることがある。チームにメンタルドクターが帯同していれば、精神的な問題を彼に任せることが可能かもしれない。しかしクラブにそのような人材が存在しなければ、コーチングスタッフにその大きな責任がのしかかる。大部分のアマチュアクラブなどがその典型ではあるが、コーチングスタッフが担う選手に対する精神面での責任は計り知れない。いずれにしてもコーチングスタッフの最大の目標は、試合に向けてチームを精神的に最良の状態に導くことである。

 またスポーツに限らずではあるが、スペインでは多くの選手がコーチの性格に”染まる”傾向にある。競技レベルになれば、選手とコーチが長い時間を一緒に過ごすことがある。そのためコーチが選手達に与える影響の大きさは計り知れないほど大きい。日々の付き合いから生じる摩擦などに対応するためにも、コーチングスタッフは深くスポーツ心理学を把握しておくことが理想だ。スペインでは、『親と子が与え合う影響よりも、選手と監督が与え合う影響の方が大きい』とも表現される。

 

コーチングスタッフがロッカールームで果たす役割には、以下の4つが代表例として挙げられる。

「ロッカールームにおけるコーチングスタッフの4つの役割」

1. コミュニケーション
2. モチベーション
3. チームの団結心
4. 選手の管理

① 「コミュニケーション能力を発揮する」明確に情報を伝達し、信憑性を持たせ、エラーに対して解決法を探し、選手をリスペクトする。試合前の10分前ほどには、戦術の約束事などを明確に伝達する。選手に対して何を求めているか、コーチングスタッフから積極的に伝える。

② 「モチベーションを高揚させる」チームに対して現実可能な目標を設定し、達成することによる喜びを与える。前向きなフィードバックを提供し、ネガティブな要素に対して解決方法を探す。ポジティブ思考でありながら、選手に目標を持たせることを心がける。

③ 「チームに団結心を植えつける」チームのアイデンティティーや自尊心を刺激する。所属するクラブ、地域、グループなどを大切にしながら、団結させる努力をする。チームの内部分裂を防ぐ。選手それぞれに、グループの成功のために与えられる役割を説明する。

④ 「選手を適切に管理する」選手の試合における出場時間などを管理する。また選手間に生じる問題などに対応する。選手管理の不届きが、チーム全体のデリケートな問題に発展することを未然に防ぐ。

◆ 結果に対する評価、フィードバックを出す

 選手に対しては試合の結果だけでなく、練習での成長過程なども評価することが大切だ。選手が何を正しく知覚、決断、実行したのかをコーチングスタッフはしっかりと観察する。また何が不得意で、その原因は何か、というメカニズムを追究する。コーチングスタッフはあらゆる原因を探り、個人、集団が問題を改善するための方法を考える。最終的には集団を機能させるために、エラーを修正して、状況ごとに解決策を提案する義務がある。問題の軌道修正というコンセプトもコーチ陣には欠かせないエレメントだ。

<フィードバックを出し、対話を通して選手を納得させる>

◆ 最大限の集中力を選手に要求する

 高い集中力がなければ、ゲームや練習において進歩することは不可能だ。”モチベーション”そして”集中力”というキーワードを忘れてはならない。常に最大限の可能性を引き出すために、選手に対して高い集中力を要求することもコーチの義務である。また選手がそれぞれ”真のモチベーション”について考えることも、グループのための自己犠牲や団結精神を生み出すには必要となる。

◆ 選手を”人間として”扱う

 スペインのエリート指導者は、しばしばコーチングスタッフは選手に対して”人間的扱い”をするべきだと論じている。競争環境が激化した結果、選手とコーチ陣の関係性があまりにも冷却化してしまうために生じる問題である。またスペインでは典型的ともいえる独裁者タイプのコーチングスタッフによって、選手が”戦術のコマ”扱いされてしまう。しかし選手は心を持った人間なのだ。コーチは単なる軍隊の司令官ではない。選手の個人的な問題などにも配慮して、できるだけ選手を助けるように尽力したい。そして選手の将来、精神的状態に配慮することも心がけたい。結果としてグループの良好な関係を築き、チーム全体がコーチングスタッフを尊敬することに繋がるはずだ。

馬場 源徳(ばば もとのり)

 1981年長崎市生まれ。上智大学比較文化学部卒業。アルゼンチン・ベルグラーノ大学南米文学科修了。東京、ブエノスアイレス、バルセロナから台北を経て、現在スペインに拠点を置く。スペイン1部の名門サンティアゴ・フットサルで活動中。ボールスポーツを通しての国際交流、青少年教育を中心に研究。異なる文化環境で培った社会経験を活かして、日本と世界の国際交流に貢献することを目標とする。