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2014-1-20

『スポーツコミュニケーション10箇条』 取材対象:ルベン・ロペス氏(スポーツ心理学研究者)

2014/01/20

 筆者は現在スペイン北部にあるサンティアゴ・フットサルというプロクラブに勤務している。このクラブはスペイン全国1部を戦うトップチーム以外にも、育成年代などを14チームを抱えており、スペイン最大規模のフットサルクラブとしても知られている。このサンティアゴ・フットサルは現在、育成年代のトレーニングにも特に大きな力を注いでいる。筆者本人も現在にいたりこの場所で毎週4日、青年チームの指導や試合への引率を担当している。現地の人々の温かい配慮などもあり、毎日学ぶことばかりの充実した日々を過ごしている。トップチームの競争力も素晴らしいが、同クラブは世界最大規模のクラブとあり、育成年代の指導者の教育にも余念がない。彼らの日々の姿勢とは、プロフェッショナルの姿勢そのものだ。


 さて先日クラブの指導者達のために、『どのようにして選手と接するべきか』というテーマについて情報交換が行なわれた。指導者にとって、決して無視することのできない問題が”スポーツ環境におけるコミュニケーション”であるため、非常に興味深いテーマと位置づけている。今回のコラムではこの”選手とのコミュニケーション”に焦点を合わせてみる。


選手とのコミュニケーションのあり方について考察する

 日本でも海外でも、スポーツ指導者のようにリーダーシップを発揮することを求められる人材にとって、コミュニケーション能力は必要不可欠なエレメントである。
 またそのような能力は、スポーツ環境以外にも人間関係の構築の中で必ず必要とされる。日常の中で選手とコミュニケーションをとる際に、スペインのエリート指導者はどのようなポイントに留意しているのだろう?今回のコラムでは、スポーツ心理学研究者のルベン・ロペス氏が提案する『スポーツコミュニケーション10箇条』を参考にしながら同テーマを考察してみる。


『スポーツコミュニケーション10箇条』-ルベン・ロペス氏


①『タイミングを逃さずに、コミュニケーションの”スイッチ”を入れる』

 選手と大切な対話をする前には、しっかりと彼らの注意を引くために、コミュニケーションの”スイッチ”を入れることが大切だ。例えばタイムアウトの指示、激しい練習中の修正といった状況で選手とコミュニケーションをとる場合、上手く彼らの注意を引く工夫が必要となる。心拍数の上がった選手は興奮していることが多い。試合中やエラーの直後などナーバスになっている選手に対しては、タイミングを逃さずに上手くアプローチすることを覚えたい。コミュニケーションにおける『間合い』というコンセプトを習得する必要がある。そのように難しいタイミングで選手と対話する場合は、まずは給水などのリカバリーを行なわせ、深呼吸させるとよいだろう。そこで指導者は『今から大切な話しを始める』というスイッチを入れる。スイッチの方法はさまざまだが、選手の集中を指導者に向けさせる工夫が必要だ。

<スイッチの入れ方は、指導者それぞれ異なる。選手の注意をしっかりと引くことができれば、コミュニケーションはより潤滑になる>


② 『哲学と一貫した姿勢を保つ


 指導者には自分の態度、言葉、ジェスチャー、身振りなどに一貫性を持たせるようにすることが求められる。指導者が矛盾した態度をとれば、結果として選手との亀裂が広がる可能性も生じる。また矛盾した指導者と選手では、コミュニケーションをとることが困難になる一方だ。とても簡単な一例だが、指導者が選手に対して『落ち着け!!』とあまりにも興奮した様子で叫んだ姿を見れば、本末転倒した印象を植え付けてしまう。練習から試合までいかなる時も一貫した態度を保つことにより、選手からの見えない信頼感を得ることが可能となる。
 なおスペインの多くの指導者は、①独裁的指導者②協力的指導者*③許容的指導者の3種類に分類される傾向にあるが、いずれにしても態度を一貫することが大切だ。(*②協力的指導者は”共和的”指導者とも称される。詳しくは別回の指導者の種類分けを参照していただきたい)


③ 『選手がグループを理解できるような説明をする』


 スポーツチームは集団で行なうものだ。したがって集団がより適切に機能するためには、個人の集団に対する理解が必要不可欠となる。つまり指導者には、選手がグループへの理解を深めるための努力を継続的に行なう義務がある。例えばどのような理由でトレーニングメニューを導入するか、どのような戦術、目的をもって練習するのか、グループのためにどのような役割を果たすのか・・・そのような理由や目的を明確に選手に伝えることで、選手のグループ意識を向上させることが可能となる。そしてグループ意識が高まれば、自己犠牲を惜しまない態度が見えてくる。個人がグループを理解することは、集団スポーツに従事する際は限りなく重要なポイントとなり、コミュニケーションの大きな目的の1つである。

個人がグループを理解することの重要性




④ 『相手の立場になって考えてみる』


 指導者は選手の気持ちをある程度は理解して、一定の感情移入を行なうことを習得すること。言葉を置き換えれば、相手の立場になって物事を考えるということだ。これはスポーツに限らず人間関係の基本事項でもある。選手に対して、指導者は自分達の意見を一方的に伝えるだけではなく、相手の立場になって状況を考える努力をしたい。選手と指導者の相互理解も深まるはずだ。


⑤ 『可能な限りポジティブに感情を表現する』

 指導者は常に、ポジティブに選手を勇気付けることを大切にする。同じ内容のメッセージを伝える場合でも、文章の作り方1つで選手に与える影響は大きく変化する。例えば『お前達のディフェンスラインが下がってしまっている』と表現するよりは、『私達はディフェンスラインを上げるように努力しよう』と伝えた方が、選手にとっては心理的にも同じ内容のアドバイスを受け入れやすくなる。ポジティブにグループ意識を高めるように努力しながら、同じメッセージでも口調などを工夫して伝達することも指導者の責任の一部分である。


⑥ 『情報を伝達するだけではなく、対話を試みる』

 
ここでの”コミュニケーション”とはつまり”対話”を意味している。練習中や試合中、選手が一方的に話を聞いているだけでは”コミュニケーション(対話)”とは表現できない。指導者には選手に対して質問を投げかけ、意見を聞いたり、フィードバックを要求することが求められる。選手とできるだけ平等な立ち位置に身を置き、少年ならば姿勢を低めて、同じ視線の高さから親近感を持たせるように工夫をすることが好ましい。一方的にならず、お互いのことを尊重して意見を交換する。それはスポーツ界においても、人間社会においても同じように大切なことだ。

<選手と同じ視線で、対話を行ないながらコミュニケーションをとることが望ましい>


⑦ 『相手の背景を考慮して、言葉遣いなどを使い分ける』

 選手達は1人1人、異なる個性を持っている。指導者は口調や言葉遣いを選手によって調整する努力をすることが望ましい。選手の年齢が10歳の場合、18歳の場合、女子選手の場合、または選手がプロ選手の場合・・・それぞれの場合により、最適なコミュニケーション方法が異なることは明らかだ。特に言葉遣い、表現方法、対話の態度などを相手によって使い分けることも健全な関係の構築には大切だ。選手を平等に扱いながらも、選手の個人背景などを考慮する器用さを身につけたい。また女子選手と男子選手の扱いでは、文化背景などからも大きく違いが見られることに留意しておきたい。


⑧ 『指導者は自制心を保ち、不当な扱いをしない』


 指導者には、リーダーとして普段からしっかりとした自制心を保つことが求められる。誰にでも良い日もあれば、悪い日もある。指導者にも機嫌の悪い日などあることだろう。それでも集団のリーダーとして、感情の浮き沈みで選手を不当に扱わないように注意する。選手の立場になれば、監督の機嫌の次第で八つ当たりでもされたら我慢できるはずがない。コミュニケーションには自制心を保ち、平等に、個人の感情などを介入させないように努力したい。


⑨ 『サンドイッチ方法論を有効活用する』


 スペインのスポーツ心理学者などは『サンドイッチ方法論』と呼ばれる方法を用いて選手を励ますことがある。このサンドイッチと称される方法論では、ポジティブなコメントを指摘や注意の前後に挟むことにより、選手の心理的ストレスを軽減することを目的としている。同方法論によれば、アプローチの順序として①ポジティブなコメント②注意改善したい内容③ポジティブなフィードバック・・・という順番に伝達内容を構成する。選手は心理的にもポジティブなコメントが先行するため、より熱心に注意改善などに耳を傾ける傾向がある。誰でも先にネガティブなコメントを耳にすれば、心理的に心を閉ざしてしまうものだ。このサンドイッチ方法を活用して、ぜひ選手の心を開く工夫をしていただきたい。





(例)『①素晴らしいパスだった。②でももっと速いパスだともっと有効に守備の隙をつけるよね。③次同じような状況があればちょっと速いパスを狙ってみたら最高じゃないかな?』


⑩ 『情報はできるだけ簡潔に、正確に伝える』


 練習や試合の中では限られた時間内で、アイデアを可能な限りシンプルに伝達すること。スペインでの調査によれば、スポーツ環境におけるコミュニケーションの傾向として、指導者は過剰な情報量を伝えようとしてしまう。一般的に指導者が放出するアウトプット情報量が多すぎる場合、選手はなかなか情報を留めたり記憶することができない。そのため指導者は最も大切な要素だけを伝達することを習得したい。毎回のトレーニングや試合などで、シンプルにポイントを伝達する練習をすることが向上への最短の近道だ。情報を簡略化できれば、選手にとっても重要なポイントを理解しやすい。選手が指導者のアイデアをすぐに理解すれば、グループワークの効率は一気に向上する。



馬場 源徳(ばば もとのり)

 1981年長崎市生まれ。上智大学比較文化学部卒業。アルゼンチン・ベルグラーノ大学南米文学科修了。東京、ブエノスアイレス、バルセロナから台北を経て、現在スペインに拠点を置く。スペイン1部の名門サンティアゴ・フットサルで活動中。ボールスポーツを通しての国際交流、青少年教育を中心に研究。異なる文化環境で培った社会経験を活かして、日本と世界の国際交流に貢献することを目標とする。