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2013-7-8

「ハンドボール1部昇格を目指すクラブの現場からの声」 パブロ・アギレガビリア・アロンソ監督(スペイン2部)独占インタビュー



2013/07/08

パブロ・アギレガビリア・アロンソ監督
1972年生まれ。バスク地方出身。1993年よりスペイン北部でハンドボールのエリートレベルで監督として活躍。約14年にわたりスペイン北部のア・コルーニャ州で、ハンドボールクラブ「OAR1952」のトップチームを指揮している。またパブロ監督は10年以上にも渡り、同クラブのスポーツディレクターも兼任している。厳しい予算で、多くの難しいシーズンを切り抜けてきたことから”ハンドボール・サバイバー”などとも称される。

 今回のコラムでは、このパブロ監督を数日にわたり取材させていただいた。下部組織の育成からトップチームの競争まで、日々ハンドボールに命を捧げるスペインのベテラン監督から、その哲学を学んでみよう。

<”OAR1952”中央に立つのが今回のインタビュー対象となるパブロ・アギレガビリア・アロンソ監督だ>

*ハンドボール1部昇格を目指すクラブの現場からの声

Q. ハンドボールという競技、そしてハンドボールの選手の特長をパブロ監督の視点から教えていただけますか?

 まず最初にハンドボールは”規律のスポーツ”ということを理解して下さい。ハンドボールの審判はとても厳格な対応をします。たとえば審判に抗議したり、不満を抱いたジェスチャーをしただけで退場にされる競技なのです。スペインサッカーやフットサルのように抗議をすることは不可能ですよ(笑)。またハンドボールではフィジカルコンタクトが絶対的に必要とされます。そのため選手は激しいトレーニングで自分を磨き上げなければなりません。そして対戦相手を怪我させないように、しかし肉弾戦を生き抜く術をハンドボールの選手は習得します。
 ハンドボールは団体で行なうボールスポーツ競技です。個人で行なうスポーツではありません。そして集団で戦うためには、自己犠牲が究極にまで求められます。ハンドボ―ルというスポ―ツでは、他の競技に見られるような”個人主義”は勝ち残れません。そして攻撃だけに優れている選手も、ハンドボールでは残念ながらチームの役に立ちません。またハンドボールの選手には、賢く、素早く、力強く、戦術に富んでいることが必要です。最も大切なエレメントは、「チーム戦術・戦略を規律正しく遂行できる」ことです。


Q. パブロ監督は練習では選手に非常に厳しく接することで有名です。ここでハンドボール監督として、練習現場での哲学を教えていただけますか?

 私の今の哲学となった原点は、15年ほど前に何度か研修に行ったバルセロナという名門クラブにあります。当時のバルセロナは欧州ハンドボールの”ドリームチーム”と呼ばれていました。私は当時、彼らの練習に対する態度に大きなショックを受けたのを今でも記憶しています。彼らのトレーニングの”激しさ”は今でも忘れられませんね・・・
 あなたの質問にあったように、私は本当に選手に厳しく接します。”実際の試合よりも激しいリズムで練習を行なうこと”それがスペイン人指導者にとっての鉄則です。実際の試合では大きな精神的プレッシャーが選手にのしかかります。例えば、試合時間、得点差、ミスの重要性・・・失敗が許されない状況が試合では必ず存在します。練習中にただ無意識にゲーム形式の練習を行なっても、それが試合の役に立つかは私にとっては疑問なのです。エリートレベルでは100%の実力を発揮させなければ、選手は使い物になりません。その責任は監督である私の責任です。
 私が選手に厳しく接するのは、ハンドボールの競争環境を考えれば当然のことでしょう。とにかく練習は日頃から”120%”の要求レベルで行なうことです。指導者として最も大切なことは練習させることです。試合を指揮することも重要ですが、それよりも更に大切なのが”実戦を超越した練習”を選手に行なわせることです。そして楽観的であることです(笑)。私は要求こそ厳しいですが、我慢強く選手の成長を待つように心掛けています。

<パブロ監督は「とにかく選手のトレーニングを管理するのが好き」という>



Q. それでは例えばどのようにして、パブロ監督は選手に”厳しく”接していますか?


 私は感情を爆発させることにより生まれるパワーを信じています。そのため、まずは練習から激しく要求することです。実際の試合での精神的プレッシャーを、私が媒体となって再現する必要があるからです。厳しい声をかけますし、もちろん怒りますよ(笑)。私がどのようにして選手に接するかは選手の年齢、経験、性格、クラブからの待遇により変わります。長年の経験から、私も選手の状況を考えることを習得しました。立派な給料をもらっている30歳のベテラン選手、まだまだプロの世界に慣れていない18歳の選手・・・このような異なる選手に対して同じ要求はできません。



Q. それでは具体的にはどのような方法で選手に”激しい要求”をしていますか?


 選手にただ激しくプレーするように指示しても伝わりません。練習時には試合時間残り2分などと仮定して、あたかも本当の試合かのように激しい口調で私は指導します。”ミスが命取りになる”そして”ミスしたら監督から起用されなくなる”というような恐怖心を普段の練習から克服させるのです。また観衆がいることを想定して、不自然なぐらい大音量の音楽をかけてプレーさせたり、集中力を妨げるような要素を取り入れたりもします。”激しい要求”とは”幅広い要求”でもあります。
 ベテランの選手などに口うるさく要求することは、若い選手を指導するよりも気が引けるかも知れません。しかしトレーニングにおいて、ベテランの選手を従えれば後は簡単です。例えばセットプレーや決まりごとをピッチで練習する場合、私はまず最初にベテランで頭のいい選手に実践させます。厳しく、細かくベテランの選手を指導すれば若い選手は自ずと従ってくれますよ。


<ホームグラウンドの体育館では毎日夕方5時から深夜まで、学校リーグ、下部組織、トップチームの練習などが行なわれる>

Q. それではハンドボールの技術的な質問になりますが、攻撃や守備について簡単にパブロ監督の意見を聞かせてください。


 まず攻守のバランスが重要です。ハンドボールは攻撃と守備の複雑なパズルです。攻守のバランスなくして、ハンドボールは成り立ちません。

*ハンドボールの守備について

 ハンドボールの守備において、最も大切な要素は「①さまざまな経験、②フィジカルコンディション、③フィジカルコンタクトの強さ」です。守備から素早くカウンターアタックを仕掛ける場合、これらの要素が真価を発揮します。チームのベテラン選手、若くてフィジカルコンディションに優れた選手をトレーニングの時点から上手く融合させることがポイントです。別のテーマになりますが、守備については④ゴールキーパーの重要性も付け加えておきます。室内のボール競技ではゴールキーパーは絶対的な存在です。彼らには日常から特別なトレーニングを積ませることが必要不可欠です。

 


*ハンドボールの攻撃について

 攻撃に関してですが、エリートレベルになると大きな問題は「フィニッシングの局面」に集中して発生します。さらに問題を掘り下げてチームレベルを引き上げると、フィニッシングに至る過程よりも、フィニッシュの選択、強度、精度・・・そこに成功と失敗の鍵があります。”シュートの正しい選択は究極のポイント”ということを参考にして下さい。

 



Q. やはりホームゲームとアウエーゲームは、対戦相手が同じでも全く異なる試合になりますか?


 ホームゲームとアウエーゲームでは全てが異なります。何よりもホームゲームは絶対的に有利に進めることです。トップチームは育成部門の少年達や、その街のクラブを代表する存在である必要性があります。日頃から1つの大きなハンドボール・ファミリーを作りあげて、一丸となってアウエーのクラブを圧倒できます。私のクラブの選手達は平日の夕方、多くの学校クラブなどにインストラクターとして指導に回っています。そのため週末の試合には多くの子供達が応援に駆けつけます。ホームで素晴らしい試合をして、勝利することはクラブのイメージとしても重要です。

Q. 他のボールスポーツで何か参考にしている競技はありますか?

  実は私はかなりのハンドボール狂でして・・・(笑)あまり他の競技を参考にすることはありません。それでもアメフトのセットプレーや戦術は時々参考にしています。バスケットとハンドボールにも共通点は多くありますが、フィジカルコンタクトにあまりにも大きな差があります。そのため私の個人的な意見としては、バスケットボールよりもラグビーやアメフトの方が、ハンドボールにとっては参考にできる要素が多いと思います。ハンドボールはボールスポーツでもあり、またコンタクトスポーツなのです。そして空手、柔道のように「撃たせて、撃つ」という哲学がハンドボールにも存在すると私は考えています。


<親切に長時間にわたりインタビューに応じてくれたパブロ監督、「もっと多くの日本人選手にスペインハンドボールを体験して欲しい」とコメントしている>



Q. ハンドボールを盛り上げるためにパブロ監督や「OAR1952」が取り組んでいる活動などはありますか?

  私たちは地元の学校リーグの運営に力を注いでいます。やはりクラブになると競争力が求められ、そのため多くの子供達がサッカーやバスケットなどに流出してしまいます。学校リーグを活性化させ、人数が多ければ1つの学校の中に2、3チーム作ったりもしています。まだ市内で20校ほどしか参加していませんが、すでに600人の子供達が学校スポーツとしてハンドボールを楽しんでいます。
マイナースポーツとして、「より多くの人達に手を伸ばす」ことが大切だと私は考えています。クラブは競争レベルこそ上がりますが、どうしても競争、優劣、経費・・・と様々な問題が生じるのです。学校リーグの運営は学校、市、地元のサポートをハンドボールが受けるための1つの有効な方法だと思います。同じ市内であれば交通費も少なく済みます。学校リーグを行なうのも、それほど困難なことではありません。



Q. 日本のハンドボールについて何かご存知ですか?印象はありますか?

 もちろんだとも!ハンドボールでの日本とスペインの交流は少なくない。ダイスケ・ミヤザキ(宮崎大輔)など多くの選手を近くで見たことがある。ダイスケ・ミヤザキは日本ではテレビなんかに出て有名になったの?(笑)彼は多くのスペイン人監督の印象に残ったはずだよ。ダイスケは本当に優秀な選手だよ。
これまで私が監督として対戦した日本人選手は少なくない。そしてどの日本人の選手も素晴らしいよ。とにかく素早いし機転が利いて、攻撃面では本当にクリエイティブな”駒”として活躍できるよ。技術も一流だし、規律も守れるし、相手の守備にとっては手を焼く存在となりえるね。


Q. それでは日本人選手の欠点はありますか?

 欠点を挙げれば・・・まずは守備のセンターラインでは日本人の選手は体格的な問題から、どうしても使い勝手が悪い。ヨーロッパは体格のいい選手がセンターラインを守ることが一般的だ。攻撃では輝ける日本人選手も、攻守の切り替えのあと守備に配置する場合、どこに置くかが大きな問題となりえるね。
あとはコミュニケーションと、味方の選手とどのように融合できるかというポイントだと思う。言語的な問題はやはり避けられない問題ではある。それでも総合してみると、これまで私が見た日本の選手はどれも本当に素晴らしい。また機会があれば、日本の選手やチームにスペインまで来ていただきたいね。アリガトウ。

馬場 源徳(ばば もとのり)

 1981年長崎市生まれ。上智大学比較文化学部卒業。アルゼンチン・ベルグラーノ大学南米文学科修了。東京、ブエノスアイレス、バルセロナから台北を経て、現在スペインに拠点を置く。スペイン語・英語・中国語を中心に、翻訳家、通訳としても活動するフリーランスコーディネーター。ボールスポーツを通しての国際交流、青少年教育を中心に研究。異なる文化環境で培った社会経験を活かして、日本と世界の国際交流に貢献することを目標とする。好みの分野はボールスポーツに限らず、紀行文学、国際社会、ITテクノロジーなど。