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2013-4-15

「どのようにしてインテリジェントな選手を育成するか?」 取材対象:シェスコ・エスパル氏(バルセロナ体育大学)

2013/04/15

 スペインは欧州随一のハンドボールエリートクラブを複数を持ち、ドイツ、北欧や東欧と並んで盛んにハンドボールエリート教育が行なわれている国としても知られている。今回のコラムでは「どのようにしてインテリジェントな選手を育成するか?」という欧州ボールスポーツにおける長年の課題を再び取り上げてみる。特集の対象となるエキスパートは、ハンドボール育成に長く携わるバルセロナ体育大学のシェスコ・エスパル氏だ。シェスコ氏はバルセロナのトップチームのコーチングスタッフとして10年間以上の経験を持ち、同時にクラブの下部組織育成にも深く携わっている。また同氏はハンドボールの経験を活かして、フットサルやバスケットなど他競技の指導方法も研究し続ける指導者育成の先駆者でもある。




*「“素晴らしい選手”とはどのような選手か?」

 「良い選手、素晴らしい選手」などと日本語ではよく表現されるが・・・ますはボールスポーツにおける「素晴らしい選手」の定義を考えてみたい。素晴らしい選手とは、つまり個人技術に長けた選手のことを意味しているのだろうか?ここでは「素晴らしい選手」と「インテリジェントな選手」が同義語ではないことを提案しておく。

3タイプの「素晴らしい選手」の定義 

① 集団との相互理解はできないが、ただ個人技術に突出している選手。

② 戦術を理解して自分の役割を果たせる選手、チームプレーができる選手。

③ 他の選手に役割や判断を理解させる選手、チームプレーを創り出す選手。


*インテリジェントな選手の基盤は「個人戦術」

 それではインテリジェントな選手としてチームの勝利に貢献するには、選手には何が求められるかを考察してみる。まず「インテリジェントな選手」の土台となるのが「個人戦術」である。個人能力がなければ、選手はインテリジェントな選手としての機能を果たすことができない。インリジェントな選手になるためには、大前提として選手としての高い個人能力が求められる。

 それでは「個人戦術とは何か」を簡単に要約したい。ドイツのハンドボール研究者らによれば、「個人戦術とは個人技術を最大限に活用する能力」を意味している。つまり「個人戦術とは選手が、対戦相手、試合状況、個人局面、チームの状態などを考慮したうえで、合理的に個人技術を実行する能力」と定義できる。このような“個人戦術”こそ、インテリジェントな選手の必須条件でもある。


*判断力を養うことで、インテリジェントな選手が育つ

 そして個人戦術を備えた選手が、インテリジェントな選手に成長するには「決断能力」を向上させる必要がある。この「判断力」という言葉はあらゆる競技の指導者が問題とするテーマであるが、その周辺には様々な大切な要素が存在する。指導者や選手は、多くの大切なエレメントを考慮しながらもインテリジェントな選手育成に従事する義務がある。ここでは選手の個人戦術とすぐれた決断能力に関係する4つの重要なエレメントを、以下に整理してみる。

1. 選手の視点・周辺視システムによる知覚を強化する。どのように選手は周囲の状況を知覚するのか?知覚する情報が乏しければ、決断基準には多くの情報が欠落してしまう。知覚能力をトレーニングにより向上させ、より多くの情報をとり入れる能力を養う。

2. 指導者は「試合の状況の中で選手は何に注意するのか」という基準を整理する。“試合や練習において選手は何を注意してプレーするのか”という基準である。無駄な情報を取り入れないように“どの情報を優先して知覚するか”という基準を選手に指導する。

3. 技術動作を向上させる。選手は“いかにして”技術動作を実行するのか?個人技術の「クオリティー」そして「バラエティー」を向上させる。状況決断から動作の実行へとプロセスする場合、あらゆる技術動作の自動化および、「クオリティー」、「バラエティー」などの向上を目的とする。

4. 選手の戦術理解を深めて、局面ごとの解決策を習得させる。選手はなぜ、どうして特定の技術動作を実行するか?事前に戦況を読んで、戦術的解決方法を予測できるか??指導者は戦術局面のビデオなどを導入して、選手の戦術理解を深め、ソリューションを提供することが要求される。また選手に「何がよい戦術決断か」、「何がベストの戦術」かということを理解させることも必要である。そのような戦術理解が深まれば、試合の流れを読み、試合の中でチームには何が必要かという総合戦略までレベルを向上させることも可能となる。


*「個人戦術の決断」にある3つのレベル

 戦術決断の大前提となる「個人戦術の決断」には3つのレベルがある。それは試合の局面を細分化すると、選手個人が何をするべきかというテーマにたどりつくからである。最良の個人戦術を決断することで、チームが優位に立つような動作決断を選択することが可能になる。それではこの「個人戦術の決断」における3つのレベルを検証しよう。


*「優先注意力」と「情報知覚」について

 そして選手が正しい決断を行なうためには、情報を正確に知覚・プロセスする義務がある。そしてボールスポーツにおける情報の知覚・プロセスの80%以上が、視覚知覚を通じて得られる。選手は各ゲーム局面の視覚情報より、大切な情報のみを選択する能力を備えている。つまり選手は、知覚した情報を基に、優先情報を選択する基準を養うことができる。それを選手の「優先注意力」と定義する。(*例えば横断歩道を歩くとき、信号無視をして近づいて来る車があれば、周囲の景色よりもその車の動きを集中して捉えるようにである・・・)そのため、指導者は選手の優先注意力をトレーニングするように心がける。

 またより正しい決断を行なうには、より適切な情報が必要とされる。そのためには正しい知覚基準が必要となる。指導者には「試合の状況の中で何を注意して見るのか」という知覚選択能力の基準を、チームのために整理して指導する必要がある。高度な戦術を駆使する指導者と、初心者の選手が同じプレーシーンを分析しても、全く異なる情報を知覚してしまうことがその例である。育成や長期的チームの建設において、指導者は選手に「知覚選択の基準」を長期的なプランで理解させる任務を背負っている。またそれには「ビジュアリゼーション」と称される、ビデオなどを導入した“目に見せる戦術指導”が必要不可欠となる。


*情報知覚から、より優れた選択肢を判断する

 そして選手は大切な情報を素早く知覚すれば、より優れた情報を選択し動作を決断するプロセスに移行する。ここで大切なのが以下の2つの情報コンセプトである。

1.「どの技術動作を実行するか?」

2.「どのような手段で実行するのか?」

 この2つの判断プロセスこそが、知覚情報を判断して、ベストの選択肢を導き、動作の実行へと移る局面である。この判断では自動化させた分析動作の精度、強度を選手自身が十分に理解して決断することが必要となる。

 概して、局面ごとにおける個人戦術を成功させるインテリジェントな選手は、「どの動作を実行するか」を自らの「個人技術やコーディネーション能力を基準にして判断できる選手」とも定義できる。そして、この決断において“ほんの一瞬でプロセスする”スピードが大切となる。


**オフボールの動きについて

ここで個人戦術を向上させて、インテリジェントな選手を育てるために大切なポイントとなる「オフボールの概念」についても触れておきたい。指導者や選手の方々には、今回のテーマである「インテリジェントな選手」がボールゲームに参加する全ての選手が対象となることを覚えておきたい。ボールを持たない「オフボール」の状況でこそ、選手は積極的に試合に参加しなければならない。素早いパス交換が頻繁にある現代ボールスポーツにおいて、インテリジェントな選手には「オフボールの概念」は欠かせないエレメントなのだ。以下にいくつかオフボールの選手と、ボールを持った選手が優先するエレメントをリストアップしてみる。


<オフボールの選手が考えるべき戦術動作>



<ボールを持った選手が優先する戦術動作>


*試合の状況を考慮して、戦術的判断をする能力について

 そして最後に、「インテリジェントな選手」とは、概して各試合の状況における局面戦術的分析にも長けた選手であることを強調しておきたい。戦術分析以外にも、試合における外的要素を理解することも重要だ。例えば自分たちのリーグ戦における順位、試合の重要性、試合の残り時間などが大きく戦術に影響を与えることを理解して決断を下せる選手である。外的プレッシャー、味方選手の体力、相手チームの特徴、審判の基準、相手チームの戦略・・・そのような様々な状況を理解して質の高い戦術決断を下す選手は、チームを勝利へと導く大切な役割を果たしてくれるだろう。


馬場 源徳(ばば もとのり)

 1981年長崎市生まれ。上智大学比較文化学部卒業。アルゼンチン・ベルグラーノ大学南米文学科修了。東京、ブエノスアイレス、バルセロナから台北を経て、現在スペインに拠点を置く。スペイン語・英語・中国語を中心に、翻訳家、通訳としても活動するフリーランスコーディネーター。ボールスポーツを通しての国際交流、青少年教育を中心に研究。異なる文化環境で培った社会経験を活かして、日本と世界の国際交流に貢献することを目標とする。好みの分野はボールスポーツに限らず、紀行文学、国際社会、ITテクノロジーなど。