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2014-4-14

『アグレッシブな_%dq%_父兄コーチ_%dq%_について』 取材対象:パトリシア・ラミレス(スポーツ心理学者)

2014/04/14

 ボールスポーツの青少年育成に携わる指導者にとって、父兄とのコミュニケーションに苦戦した経験がある方も多いだろう。特に子供に対する情熱が強い保護者の方々などが、過剰なまでに選手や指導者にプレッシャーをかける姿は、多くのスポーツ環境などで多く目撃される。私自身もこれまでに身をもって体験した問題でもあり、スポーツの育成環境においては非常に複雑かつ重要なテーマと位置づけている。

 指導者、保護者、少年選手、この三者の間に起こり得る問題は、非常にデリケートなものとなる可能性がある。スペインではサッカーを代表とした様々なボールスポーツにおいて、『保護者、指導者、低学年選手の三角関係』として指導者の間でも大きく取り上げられる。スペインでは、サッカー、バスケット、フットサルなどの試合会場に足を運ぶと、実に多くの父兄の方々が対戦相手や審判を罵声している。そこには日本とは異なる空気が漂っている。


 

◆”父兄コーチ”について

 さて私が活動するスペインでは、子供達の試合や練習などに押しかけて、ひたすら自分の子供達を熱狂的に応援する父兄や保護者のことを”父兄コーチ”と呼んでいる。この”父兄コーチ”とは、コーチでもないのに指導者も顔負けの叫び声で試合会場を席巻する父兄のことを意味している。この”父兄コーチ”達は、あたかもコーチになったかのような錯覚に陥ってしまい、過激な言動に至ってしまうことが多々ある。今回のコラムでは、このような”父兄コーチ”にどのように対応するかについて考察してみたい。スペインでは有名なパトリシア・ラミレスさん(スポーツ心理学者)の意見などを参考にしながら、父兄と指導者の間の関係性を探ってみる。

◆”父兄は指導者ではない”という大原則を守ること

 当然のことではあるが、”父兄は指導者ではない”という約束ごとを徹底する。スポーツチームには指導者として役割を与えられた人物がしっかりと存在する。保護者、父兄、その他のあらゆる部外者に、指導者の妨げをする権利はないという約束事だ。多くの父兄が”自分の息子がより長い時間、より上手なパフォーマンスを実行できるか”というコンセプトに捉われてしまうのは事実である。ここで最も大切なのは、父兄達が”どうして自分の子供はそのスポーツを練習しているのか?”という問題を、原点に戻って考え直すことだ。

 少年がある特定のスポーツを選ぶ理由は、その競技に対して『得意だから、好きだから、楽しいから、友達ができるから・・・』と様々なポジティブな感情に由来しているだろう。父兄からすれば、『少年にとって健康によいから、教養として、社会勉強として・・・』などの理由が挙げられるかもしれない。冷静に考えてみると、幼い少年に実現不可能なパフォーマンスや、あまりにも高い理想を求めることは、父兄達の深刻なエラーだと誰もが理解できるはずである。

 

 いかなる時も、両親は幼い少年を誉めて励ますことが望ましい。彼らにポジティブなフィードバックを与えることで、最も確実に子供達のモチベーションを向上させるからだ。周囲の大人達は、スポーツを通して子供が楽しんだか、他人の選手と協力して活動に取り組んだか、などを常にポジティブに評価する習慣をつけることを心がけたい。幼い選手達に求めることは①楽しむこと、②社交性をつけること、③友人をふやすこと、④健康を維持すること、⑤感情のコントロールを習得することだ。多くの父兄の方々は、指導者よりも高い要求を日頃から子供達にする悪い習慣がある。

◆青少年がスポーツに従事する大切な理由

 

 スペインサッカーの統計によると、スペインの保護者は練習や試合の後に90%以上が子供に対してネガティブなフィードバックを出すという。つまり試合や練習が終わっても、『お前は試合ではここが悪かった、あの状況ではこうする必要があったのに・・・』などと、練習外の私生活に至ってまで少年達を追い詰める傾向にある。両親にネガティブに批判されると、子供達は確実に、大きく自信を失ってしまう。その結果として、先述にあったような①楽しむこと、②社交性をつけること、③友人を作ること、④感情のコントロールを習得すること・・・といった大切なポイントを完全に見失ってしまう。

【プレッシャーやストレスのため、約75%の選手が18歳までにサッカー競技を放棄する現実・・・】

 

 統計によれば、スペインの国民的競技であるサッカーでは、実に多くの選手が多くの精神的ストレスから17歳前後までに競技を離れることが確認されている。この現状については、概してクラブの指導者や育成方針などが批判の対象に挙げられる。しかし実際、この大きな原因はどこにあるだろうか?自分の両親や家族からのプレッシャーや批判によって、本来は好きだったはずのスポーツから離れていく低学年の選手は驚くほど多いのではないか?子供達にとっては、好きなスポーツが家族からのプレッシャーによってストレスに変わってしまうことは実に苦痛である。

 ”スポーツは子供達が楽しむためのもの”指導者、そして保護者はこの原点に戻り、少年達に対して過剰な要求をしないよう心がけたい。楽しむ、時間を厳守する、道具の後片付けを行なう、指導者を尊重する、仲間と助け合う、練習に正しい態度で臨む・・・このような基本的なポイントはもちろん要求する。しかし試合の結果、勝敗や、ゴール数などは、幼い選手達にとっては全く重要性のない問題なのだ。

 

 保護者にとっては『我が子こそ最高の選手』、『自分の息子は完璧』と信じ込むのは世界共通のようだ。またスペインや南米では、子供がスター選手になれば、大金持ちになって収入源になってくれると思い込む家族も多く存在する。日本に比べて貧富の差が大きい国では、スポーツを取り巻く要求なども実に大きく異なる。サッカーに限らず、幼い頃から、両親からそのようなプレッシャーを受け続けると、子供達の心理的ストレスは計り知れないほど蓄積されてしまう。

 父兄にとっては、あくまでも自己超越(*)のみを目的としてトレーニングと向かい合うように、子供を教育することが優先事項のはずである。クラブや指導者が設定する目標に向かって、できるだけ純粋に挑戦することを助長することが望ましい。そして父兄が指導者と矛盾を引き起こしたり、衝突させるような発言はできる限り控えたい。(*自己超越の詳しい考察については、同コラム46号を参照していただきたい)

 また海外でも頻繁に見られる、子供に対するインセンティブについても考察してみたい。例えば試合でゴールを決めた子供達に対して、プレゼントや賞金(お小遣い)を与える保護者が多く存在する。もちろん競争力をつけて、子供の能力を向上させるために報酬を与えることは、決して誤った方法とは断言できない。例えばサッカー界を代表するアルゼンチン代表、FWリオネル・メッシの幼少期がそうであったようにだ。ゴールやパフォーマンスに対しての報酬が、少年のモチベーションにプラスに作用することは十分可能である。

 

 しかしスポーツ心理学の観点からみれば、幼い少年が賞金や報酬を目当てにスポーツに従事することは、非常に危険な心理状態と解釈することができる。幼い少年が純粋なモチベーション(楽しみたい、友人と一緒に活動する、運動したい・・・)から逸脱して、自分の成功、報酬のみを求めてプレーに走るような危険な心理状態に陥ってしまう可能性を含んでいる。父兄はあらゆる角度から、青少年がスポーツと健全に向き合う環境をサポートできるように努力しなければならない。

◆”父兄コーチ症候群”への7か条

① 父兄や保護者は指導者という立場ではない
(この自覚が足りない場合、大きな問題が生じやすい)
② 子供達がスポーツに従事する本当の理由を考える
(楽しむこと、参加する意義、教育の重要性を再認識する)
③ スポーツ現場では父兄は見守りながら応援する
(プレーが悪くて指導するのは、指導者の役割である)
④ 子供に自由にスポーツを選択させる
(本人に何を練習したいのか、自由に選ばせることが大切)
⑤ 才能だけを考慮して物事を決定しない
(才能の有無を理由にして、子供を競技に縛らないこと)
⑥ 幼い選手に対して叫ばない、脅迫的な指示を出さない
(幼い選手たちは敏感だ。精神的トラウマに注意したい)
⑦ 他人の子供達の批判や悪口を言わない
(大人は子供達の模範となる存在である必要がある)
⑧ 指導者に対する批判、矛盾を口に出さない
(指導者に対するリスペクトを失うことは、非常に危険だ)
⑨ 結果に固執せずに、子供達を応援する姿勢を貫く
(育成年代では、結果よりも育成過程を重視すること)

馬場 源徳(ばば もとのり)

 1981年長崎市生まれ。上智大学比較文化学部卒業。アルゼンチン・ベルグラーノ大学南米文学科修了。東京、ブエノスアイレス、バルセロナから台北を経て、現在スペインに拠点を置く。スペイン1部の名門サンティアゴ・フットサルで活動中。ボールスポーツを通しての国際交流、青少年教育を中心に研究。異なる文化環境で培った社会経験を活かして、日本と世界の国際交流に貢献することを目標とする。