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2013-8-5

「スカウティング分析についての考察」 取材対象:ホセ・ミゲル・マルコス氏(サッカー指導者)

2013/08/05

*「スカウティング分析についての考察」

 私がスペインの様々なボールクラブを取材で訪れるたびに、”スカウティング”というライバル分析を行なうスタッフをよく見かける。練習中にリアルタイムで選手に対戦相手の分析内容を伝えるスカウティングもあれば、特定の日にグループでスカウティングを行なうクラブもある。特にスペインのバスケットなどでは、全国3部のクラブなどでも立派なスカウティングを取り入れており、競技レベルの高さがひしひしと伝わってくる。今回のコラムでは、スペインサッカーでスカウティング分析に長年携わるホセ・ミゲル・マルコス氏の意見を参考にしながら、ボールスポーツの”スカウティング”という作業を考察したい。

「試合に向けての戦略計画としての戦術分析および準備」

 多くのボールスポーツでスカウティングが行なわれているが、一体”スカウティング”という用語はどのように定義できるだろうか?

  「試合に向けての戦略計画としての戦術分析および準備」

 このようにスペインのスポーツ専門家ホセ・ミゲル・マルコス氏は、スカウティングという言葉を定義している。それでは今回のテーマとなるこの”スカウティング”の必要性を、まずは以下に整理してみる。

   

① 『スカウティングの必要性について』

 ボールスポーツとは、複雑なシステムが連動する流動的ゲームであり、2度と同じ状況が繰りかえされることはない。集団でのボールスポーツは今後も進化を続けることが予測されており、個人技重視の過去の姿から「集団による連携」、そして「グループによる競争」という特色を強める傾向にある。つまり現代のボール競技において、選手は自分だけではなく、味方選手、対戦相手、その他様々なエレメントを媒体として、絶え間なく決断を下す能力が求められている。そしてこのような「絶え間ない決断能力」こそが、ゲームを操るエレメントとなる。

“未知の不安要素がエラーを引き起こさせる”

 試合開始のホイッスルと同時にボールは動き出す。ボールが動き出してゲームが開始すれば、各プレーごとに、不特定多数の”未知の不安要素”が絶え間なく発生する。これがボールゲームの本質の1部分でもある。そして団体競技である以上当然のことではあるが、この”未知の不安要素”が選手に迷いやエラーを起こさせる大きな要因ともなる。

“スカウティングでその不安要素を減らす”

 そこでスカウティングとは、対戦相手となるライバルの情報を手に入れることで、このような”未知の不安要素”を減少させることを目的としている。現在のボールスポーツにおいて、対戦相手のライバルを研究することは必要不可欠なものとなっている。ライバルの短所、長所、それに応じた戦術の用意、可能な戦術バリエーションの予測・・・多くのヒントをスカウティングから得ることが可能である。

 

② 『スカウティングから”分析”へ』

 各ボールスポーツのクラブには、戦術的、技術的、体力的な側面から形成される”チームアビリティ”という”戦力値”が存在する。このようなアビリティ(能力値)は各クラブの選手、監督、練習により大きく左右される要素だ。異なる対戦相手と試合を行なう場合、自分達の”チームアビリティ”では対処することが困難な状況に直面することが十分に想定される。スカウティングによって様々な状況を分析することで、チームとしてこの難しい局面への対処方法を準備することが可能となる。

 スカウティングと分析により、ライバルの短所や長所を見つけ出す。またスカウティングによって、各試合ごとに戦術的分析を駆使して、次の試合のための戦略計画をデザインすることも可能となる。スカウティングにより、ライバルチームの試合における特性を見つけ出す。またスカウティングにより、ライバルのゲームモデルのパターンを特定したりもできる。”ボールゲームとは、偶然の産物ばかりではない”というホセ・ミゲル氏のコメントにあるように、スカウティングによって分析できる情報量は計り知れない。

 

 それではライバル情報の中でも、特に留意するべきポイントを選択してリストにしてみよう。ここではホセ・ミゲル氏の考える、「スカウティングにおける最も大切なポイント」を以下にリストアップしてみる。

*「スカウティングにおける最も大切なポイント」

◆攻撃局面による行動パターン
フィニシュパターン、攻撃における選択肢、集団としての特性や性質、特定の選手間での連携、セットプレーやパターン攻撃など・・・

◆守備局面による行動パターン
守備のフォーメーション、選択肢、ブロックの作り方、マークのつき方など・・・

◆攻守の切り替えの行動パターン
攻撃トランジション、守備トランジション、守備の組織、カウンター攻撃の特性など・・・

◆セットプレー
サインプレー、セットプレー、またはセットプレーに対する守備パターンなど・・・

*「ライバルチームの個人、集団として記録する情報」

 

 スカウティング分析の作成において、情報がライバルチームの特徴を正確に捉えることを確認する必要がある。つまり対戦相手の姿が浮き彫りになるようなスカウティングを作成することがポイントとなる。そしてライバルのゲーム構成の特徴を分析するにあたり、ゲームの展開局面(フェーズ)をしっかりと区別しておきたい。ゲームの展開局面とはつまり、試合を構成する局面であり、局面ごとにチームの特性を区別することが大前提となる。

③ 『試合中に発生する主要な試合局面(フェーズ)』

-  組織された守備: ボールを持たない守備側のチームが、組織された状態で守備を展開する局面

–  守備の組織立て: ボールを失ったチームが、相手のカウンター攻撃を阻止しながら守備を組織する局面

–  カウンター攻撃: ボールを奪い、相手の守備が整備される前に素早く攻撃を仕掛ける局面

–  組織された攻撃: ボールポゼッションがある状態で、相手の守備が一部または完全に組織されている状態での攻撃の局面

 以上のゲーム展開局面ごとの特徴を研究した上で、スカウティング分析は、対戦相手の情報をまとめたビデオ、またはグラフィックなどを用いて構成する。同時にライバルの戦い方を封じるために、スカウティング分析に基づいて試合直前までのトレーニングや戦術プランなどを構成する。

 

④ 『スカウティング分析に必要な情報とは?』

◆対戦相手ライバルの主要なゲームモデル、各局面ごとにおける特徴、さらに細分化した局面ごとにおける特徴、個人、グループ、集団としての特徴

◆各局面、さらに細分化された局面ごとにおけるライバルチームの長所と短所

◆セットプレー攻撃におけるライバルチームのパターン、特性、またセットプレーに対する守備のパターンや傾向

◆ライバルチームの試合における戦略傾向

◆ライバルチームの攻略のために必要となるトレーニングの提案など・・・

 

⑤ 『2種類のスカウティング分析方法』

◆(A)直接分析: ライバルの試合を直接観戦する、またはテレビ中継などを見て分析することを”直接分析”と称する。同じシーンを2度繰り返してみることは基本的にできないため、難易度の高い分析方法でもある。まずはライバルチームの概要を把握するために、”直接分析”では以下のような要素を把握する必要がある。

① フォーメーション
② ゲームシステム
③ 試合中のシステム変更
④ 攻撃における特徴
⑤ 守備における特徴
⑥ 攻守における主力選手とその影響力
⑦ セットプレーのパターン(攻守)とその特性

◆(B)間接分析: 録画されたビデオ、DVDなどによるライバルチームの分析を行なう場合、この”間接分析”が可能となる。”間接分析”では録画された試合などを分析するため、繰り返して特定の状況などを分析することが可能になる。そのため以下のようなプロセスが間接分析では可能となる。

① まずは1回目の分析によりライバルチームの全体的特徴を分析し、戦術の直接分析と同じ内容をまとめあげる。

② そして2回目以降のビデオチェックにより、セットプレーなどを重点的に分析する。そして3回目以降のビデオチェックでライバルチームの攻撃、守備の特性を重点的に分析する。この間接分析では、分析者が能動的に分析するポイントやタイミングを選択することができる。そのため、直接分析のようにライバルチームの全体像を分析するだけではなく、更に細かい分析がチーム、個人に対して行なうことが可能となる。例えば、直接分析では拾えないような細かい情報(ボールの失い方、奪い方など)を収集する。当然ながらこのような間接分析には多くの時間と労力が必要となる。

 

⑥ 『スカウティングにおいて考慮するポイント』

- スカウティングとは、ライバルチームの最も包括的な姿を反映するものであること。そして対戦相手の姿や特徴が”浮き彫り”になるようなスカウティングを行なうことがポイントである。

- ライバルチームを知ることで、予測不可能な状況の連続となるボールゲームを有利に進めるためのスカウティングであること。可能な限り味方選手の「迷い」を減らすためのスカウティングを作成すること。

- スカウティングの直接分析は、繰り返し映像を見ることができないため、優先事項を明確に定めた上で分析すること。一度しか分析できない試合で必要な情報を抽出するには、特殊な”直接分析のためのトレーニング”を積む必要がある。

- 試合会場やトレーニング場で行なう直接分析では、ごく一部分の情報しか引き出すことができない。このような現場で行なう直接分析では、ライバルチームの本来の姿などを評価することは非常に困難である。スカウティングを行なう際に、忘れてはならない事実である。

- スカウティングの責任者は、プロスポーツには欠かせない要素であり、コーチ陣を形成するのに欠かせない人材である。現代サッカー、ハンドボール、バスケット、フットサルなどにおいて大きくチームの成功を左右する要素だ。クラブはこのスカウティングの重要性を理解する必要がある。

- スカウティングとは、あくまでもチームの勝利に貢献するための、1つのサポートであり、”万能薬”のような絶対的な効果は期待できないこと。

- スカウティング教育を行なうこと。ライバルチームを分析する能力、分析の要点をしっかりと教えること。

 勝利するためにはスカウティングを含めた些細なポイントが大切となる。ライバルチームの傾向、ゲーム中に頻繁に起こる現象、または起こらない現象など・・・そのような細かいポイントにチームの勝利へのヒントが隠されていたりもする。ボールスポーツは些細な詳細で勝敗が決まるのだ。

 テクノロジーの進化により、デジタル化した情報を入手したりシェアすることは以前より随分と簡単になった。またパソコンや電子機器を利用して、ビデオを切り分けたりグラフを作成することも今では簡略化されている。スカウティングは、もはやアマチュアレベルでもボールスポーツには必要不可欠なエレメントになろうとしている。今までスカウティングとは”縁”が無かった指導者やコーチの方々も、時代の流れに乗ってテクノロジーを活用して、スカウティングを試みてはいかがだろうか。

馬場 源徳(ばば もとのり)

 1981年長崎市生まれ。上智大学比較文化学部卒業。アルゼンチン・ベルグラーノ大学南米文学科修了。東京、ブエノスアイレス、バルセロナから台北を経て、現在スペインに拠点を置く。スペイン語・英語・中国語を中心に、翻訳家、通訳としても活動するフリーランスコーディネーター。ボールスポーツを通しての国際交流、青少年教育を中心に研究。異なる文化環境で培った社会経験を活かして、日本と世界の国際交流に貢献することを目標とする。好みの分野はボールスポーツに限らず、紀行文学、国際社会、ITテクノロジーなど。