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競泳・北村久寿雄 14歳で「金」

 14歳の五輪金メダリストといえば、1992年バルセロナ大会女子二百メートル平泳ぎの岩崎恭子を思い浮かべる人が多いだろう。だが、その60年前にも14歳で世界の頂点に立ったスイマーがいた。1932年(昭和7年)の第10回ロサンゼルス大会に選手団最年少で臨み、男子千五百メートル自由形を制した北村久寿雄。この大会で男子競泳陣は全6種目のうち実に5種目を制する大活躍を演じたが、その中でも北村の快泳は特筆に値するものだった。
 高知市出身、泳ぎは戦前の同市出身者の多くがそうだったというように、市内を流れる鏡川で覚えた。流れに逆らって泳ぐなど、室内プールが当たり前のいまでは考えられない練習で力をつけ、14歳10カ月で臨んだ五輪。まだあどけなさの残るこの代表選手が世界を驚かせたのは、28歳の鶴田義行が200メートル平泳ぎで五輪連覇を飾ってから約20分後のことだった。序盤から北村と、17歳の牧野正蔵(静岡・見付中5年、現磐田南高)が激しいつばぜり合いを繰り広げ、デットヒートは1200メートル付近まで続いた。そしてついに北村が前に出ると、従来の記録を40秒近く縮める19分12秒4の五輪新でゴール。牧野も19分14秒1で2位に続いた。満州事変直後で反日感情が激しい中、詰めかけた2000人を超す邦人を熱狂させたという。
 「金メダルなんて、まったく頭になかった。ただ、ロスに入ってから記録がグングン伸びましてね」。高知商3年だった当時を、北村はこう振り返っている。10代選手を中心とした日本競泳陣は五輪前にロスで40日間もの合宿を張り、それぞれがベストタイムを飛躍的に伸ばした。もちろん北村もその一人だったが、何よりも牧野という格好のライバルにも恵まれたことが大きい。「記録が伸ばせたのは、牧野さんといういい目標がおられたおかげ」。ライバルに勝ちたい一心が、北村を成長させた。
 五輪後、北村は学業に専念し、三高〜東大を経て、戦後は労働省大臣官房審議官、住友セメント常務などを歴任。退職後は日本マスターズ水泳協会会長も務めた。96年、78歳で死去。=敬称略(昌)