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2014-8-11

「ゴルフ界のドン」杉原輝雄さんの思い出

 ゴルフ界のドン、杉原輝雄さんが74歳で亡くなられて3年が経つ。通算63勝(うち海外1勝、シニアツアー8勝。約50年の長きにわたって現役一筋を貫いた。162cmの小柄な男は47インチのロングドライバーで闘い続けた。小さな男の勝負への闘争心は、人に生きる力を教えてくれた。

 杉原さんと知り合ったのは1997(平成10)年。私が運動部デスクの時代、担当していた東京新聞夕刊一面コラム「放射線」(現在は紙つぶて)に半年間寄稿していただいたのがきっかけだった。静かな男の燃えるような闘争心と優しさは

今でも私の心に深く刻み込まれている。

 ゴルフ界にはキャディーをしながらプロになった人はかつて多かった。杉原さんもその一人である。少年時代の自宅は大阪・茨木市の名門ゴルフ場「茨木カントリークラブ」のすぐ近く。実家はわずかな小作をしながら質素に暮らしていたという。小学校のころ、あめやビー玉を買うための小遣いほしさに杉原少年は土日、ボールを拾うため弁当をもってクラブに通うようになった。中学を卒業して夜学に通いながらキャディーをするようになった。そのころの中卒の初任給が3-5千円。プロゴルファーは3万円くらいはもらっていたという。クラブで得た情報に、杉原さんは「大金がとれる」ゴルファーになることを決め込んだ。

 プロになって後輩に先に優勝を奪われた。その悔しさをバネに人には分からない努力を重ねる。ある大手企業のトップが語った言葉が忘れられない。「スタートする前のパター練習場で見かけた小柄な男がハーフを終えて食事にあがって来た時、まだパターの練習をしていた。1ラウンド終えてもグリーンにいた。その男が杉原選手でした…」。そしてプロ5年目にして日本オープンというビッグタイトルで初勝利を飾ったのでした。ジャンボ・尾崎もそうだった。野球の長嶋、王選手もそうだったように、一流選手こそ陰での努力を惜しまないものである。

 彼のゴルファー人生を支えていた最も大きな部分は自分への厳しさと「ライバル意識」ではなかっただろうか。東の「ジャンボ軍団」、青木功さんを師と仰ぐ仲間への意識は人並みではなかった。彼がいつも後輩たちに説いていたのは「個性を持て」という言葉であった。勝負の世界では、ひと癖もふた癖もなければ戦いに勝利することはできないという。プレーが始まると集中力を高め闘志をむき出しにするジャンボ・尾崎には一目をおいていた。

 極度な緊張状態を和らげる意味でもタバコを吸う回数が増える。他人に神経を使っているようじゃあマイナス面も大きいーー。そんな尾崎選手の独特な勝負哲学を、杉原さんは高く評価していた。「今の若い人たちには個性が乏しい。莫大なお金がかかる大学のゴルフ部を卒業してプロに入ってくる選手が多い。平均的なぼんぼんではなかなか一流の勝負師にはなれない」とも語っていた。

 前立腺がんを患いながら壮絶な努力を重ねてきた。一週間に一度、大阪から空路東京にきては府中にあるトレーニング場へ必ずやってきていた。羽田空港へ時折、私も出迎えたものだが、雪の日も欠かすことなく通い続けていた。ただただ頭が下がるばかりだった。2010年、中日クラウンズに出場し、同一大会連続出場の世界新記録を樹立した。73歳の時だった。

 がん発症から14年。「もう一度花を!」と戦い続けた杉原さん。「あきらめず前進」「悔しさをバネに」「自分を盗め」「マナーを守れ」「職人であれ」「謙虚な心」「責任をもて」ーー。どの言葉も杉原さんに教わった。人は、もしかして忘れかけているのではないだろうか。どれも、ずしりと響く重い言葉である。

 穏やかな冬の日差しを浴びながらひとつの「巨星」が逝った。74歳だった。

sato

 佐藤 史朗

 1948年、島根県雲南市生まれ

 趣味はゴルフと温泉旅行。座右の銘は「不撓不屈(ふとうふくつ)」 。好きな言葉「後悔するな」。

 経歴:中日新聞(東京新聞)

【プロ野球】

 金田ロッテ、秋山大洋、長嶋巨人、広岡ヤクルトを担当。王本塁打世界 記録(756号)、

 広島カープ優勝連載企画などを取材。

【ゴルフ】

 ジャンボ尾崎100勝や杉原輝雄プロ一面夕刊企画「放射線」で半年間執筆したほか、

 スポーツ選手の母を綴った「母のまなざし」を長期連載。

【デスク時代】

 プロスポーツ担当デスクとして紙面改革や若手育成に尽力。 あめとムチで「人情派の鬼デスク」との異名を誇った。

【出版物】

 「記者魂」(講談社)

 「新橋二丁目七番地」(ソフトバンククリエイティブ)

 「東京歌物語」(東京新聞出版局)

佐藤 史朗さんはスポーツジャーナリストOBによる社会貢献グループ「エスジョブ」に参加されています。

S-JOB(エスジョブ)公式サイト