『ユース年代育成の現場からの声 』
◆はじめに
コラムの本題に入る前に、まずはボールスポーツの年代構成について考えてみたい。育成年代の最後のステップと位置づけられるユース年代。これは日本ではU-18とも称される、16歳から18歳までの年代だ。多くのスポーツ競技において一般的にはこの“ユース年代”が、エリートへの登竜門とされている。選手が青少年とは言えども、トップレベルを目指すクラブでは競争力を求められ、特にマネージメントが難しい年代だ。今回のコラムでは、スペインのフットサル・バスケットのエリートクラブを参考にしながら、①トップチームと下部組織の関係性、そして②エリートユース育成について考察してみる。
今回の取材には、スペイン北部の複数のボールスポーツクラブに協力を依頼した。この場を借りて、取材対象となる指導者の1人であるサンティアゴ・フットサルのホルヘ・バサンタ氏らの協力に特に感謝したい。ホルヘ氏はスペイン1部を戦うサンティアゴ・フットサルのユース総監督を勤めており、トップチームのコーチングスタッフの1人でもある。ホルヘ氏はクラブにフルタイムで勤務しており、彼の任務はユース年代からトップチーム(またはサテライト)に選手を供給することだ。彼の実に綿密なユース年代のマネージメントや仕事への取り組みは、スポーツマネージメントという枠を越えて参考になる。
◆トップチームと下部組織の関連性について
まずはボールスポーツの背景を考えてみよう。数年前まで、スペインでは多くのスポーツクラブが資金に潤っていた。いわゆるビッグクラブや名門クラブは、海外や遠方から選手を契約により比較的簡単に招聘することができた。つまりスペインの多くのボールスポーツクラブには、2014年の現在に比べて実に多くの外来選手が存在していた。激しい競争環境で、多くのクラブはそのような外国人選手や遠方からのエリート選手に頼り、短中期の中で結果を残すモデルを用いていた。またそのような外来選手の存在と、国産の優秀な選手の共存が多くのクラブ競争力を向上させていた。
そのような状況下では、育成年代に対するパフォーマンスや生産性の要求はそれほど高くなかった。金銭で戦力強化することが簡単にできたからだ。ところが2007年以降、ヨーロッパに経済危機が訪れると、多くのクラブは外来選手を諦めて“選手の自家栽培”という課題に直面することになった。多くのクラブは“信頼できる選手を、自分達の下部組織で育てる”という課題を突きつけられた。一方で、健全なクラブ経営や組織活性化が求められる時代ともなった。また競技全体の若年化とフィジカルレベルの上昇のため、育成年代におけるエリート教育の重要性がここ数年で重視されるようになった。
経済危機などにより即戦力を買い漁ることが不可能となったクラブは、“下部組織の活性化”という変革を迫られた。そしてこの下部組織に対する要求は、エリートクラブに様々なポジティブな影響をもたらすことになる。その結果として、トップチームと下部組織の連携を高めることに成功したクラブも多く現れた。このようなポジティブな影響には、①育成システムの統一化、②トップチームの選手と下部組織の親密化、③家族やポーターとクラブの密接化・・・などといった変化が挙げられる。
①育成システムの統一化
以前のスペインにおいて、経済力でトップチームの選手構成を解決してきたクラブは、概して下部組織に統一性を欠く傾向にあった。その象徴として、下部組織の各カテゴリーでは、それぞれの指導者が一貫性のないトレーニング方針を実践するケースがよく見られた。トップチームの哲学やアイデンティティーを継承しない下部組織が多く存在していた。これを欧州では、『下部組織のミニクラブ化』と称している。つまり各カテゴリーのチームが、各監督の独自のアイデアの下で独立している現状を表現している。このように多くのボールスポーツクラブにおいて、トップチームと下部組織には大きなギャップが存在した。しかし“下部組織の活性化”によりクラブ内の一貫性を求められると、入システムの統一化などが課題として表面化するようになった。
<育成システム統一化におけるポイント>
◆クラブ哲学の浸透(クラブとしての振る舞い方など・・・)
◆ゲームアイデンティティ(激しい守備がシンボルなど・・・)
◆ピッチ外での振舞い(選手の服装や態度など・・・)
◆練習システム(トップチームのシステムを継承する)
◆戦略・戦術・技術概念(用語やコンセプトの浸透化など)
育成年代のカンテラから選手をトップに引き上げる必要性に駆り立てられ、多くのボールスポーツクラブは内部のシステム統合化などに迫られる。これが“育成システムの統一化”というピラミッド作りだ。例えば17歳の優秀な選手が、ある日トップチームの練習に招集されても混乱しないように、クラブの哲学、戦略、戦術などを育成年代から植えつけるのだ。下部組織のために、同じシステムのトレーニング環境を準備する。ここでは下部組織のトレーニング過程の中で、いかにして選手をトップチームに効率よく育てるかが大切なポイントだ。そして『下部組織のミニクラブ化』を取り除き、クラブの統一化を図るには、当然ながら指導者グループの組織やシステム化といった組織化が求められる。
◆コーディネーターの存在(統一されたシステム内での仕事)
◆ミーティングや練習の録画など(自己修正を促す)
◆トップチームとの時間共有(指導者や選手の知識の更新)
◆指導者の育成に対する投資(指導者の知識と経験への投資)
◆トレーニングスペースの共有(選手らの意見交換の場所として)
◆ワーキングル―ムの必要性(コーチ陣の意見交換の場所として)
②トップチームの選手と下部組織の親密化
下部組織のシステム整理が進み、選手がより容易に上のカテゴリーに溶け込む環境を作りだす。下部組織とトップチーム(この場合はプロチーム)との親密化に直結する。1つのクラブにおいて、全てのカテゴリーがエスカレーターのように繋がるイメージが大切だ。一貫性教育のように、基礎からしっかりと育て上げるシステムが理想だろう。
例えばインセンティブとして、選手を積極的に格上のカテゴリーの練習に参加させたり、試合などにも帯同させる。実力だけではなく、練習態度なども評価して積極的に高いカテゴリーでの経験を積ませることも可能だ。異なるカテゴリーでも同じクラブに属しているという“ファミリー感”を作り出するべきだ。私が所属しているサンティアゴ・フットサルでも16歳ぐらいの選手を、実力が不十分であっても積極的にトップチームの練習に参加させる。青少年の選手にとっては、年上から肌で感じる厳しさや強さは計り知れない重みがある。同学年では突出している選手にも、『上には上がいる・・・』と経験から理解させるのも重要だ。
トップチームの選手を下部組織と積極的に交流させることも、クラブの統一化に大きな効果がある。トップチームの選手はやはり、青少年の憧れの存在であるべきだ。トップチームに仮にスター選手がいなくとも、技術の高い選手、ユーモアのある選手、特徴のある選手などを積極的に下部組織と交流させるころは、クラブの義務である。またスター選手以外にも、各カテゴリーのキャプテンやゴールキーパーらを集めて交流させたりするなど、豊富なアイデアが考えられる。
可能な限り、トップまたはサテライト(Bチーム)の選手を下部組織の指導に定期的に関与させることが望ましい。現役の選手が指導すると、青少年の選手のモチベーションは高まる一方だ。指導ができない場合でも、定期的に下部組織の試合を観戦させる、ベンチに入れる、などさまざまな形で現役の選手を下部組織に関与させることが可能だ。やはり育成年代の目指す“最終目標”としてのトップチームであり、同じファミリーの最年長の“お兄さんたち”というイメージを守るべきでだ。
③家族、ポーター、クラブの密接化
以上のようにトップチームと下部組織の繋がりを強く保てれば、地元により密着したクラブ基盤を持てることになる。選手の家族も、自分の子供以外のカテゴリーも興味を持って観戦・応援してくれるようになる。このような地域や家族を巻き込んでの連帯感を作りだすことで、より多くのサポーターをクラブは抱えることが可能となる。そしてスポンサーなど様々なサポートは、その大部分が人々の手助けや好意から生まれることも忘れてはならない。クラブにとって、地元のサポートは大切極まりない。より多くの交流が生じて、さまざまな職種の人々から、クラブを成長させアイデアやサポートを得ることも可能となる。
◆エリートユース年代の育成について
(取材対象-ホルヘ・バサンタ氏)
まずは以下のグラフで、スペインの実力別のカテゴリーを簡単に紹介する。続いてエリートへの登竜門となるユース年代の育成について、ホルヘ氏の意見を参考にしながら考えてみよう。まずはホルヘ氏が指摘する、この16から18歳までの年代に関するポイントなどを整理してみたい。
①非常に複雑なエリートユース年代
『エリートユース年代とは16、17、18歳の年齢です。高校生年代は、スペインでも日本と同じように非常に多忙な時期です。そのため指導者にはスポーツ競争環境における指導能力以外にも、カレンダー管理能力が求められます。エリートユースでは、非常に大きな競争プレッシャーの中でトレーニングや試合に取り組んでいます。この環境で、家族、将来などの問題を抱えた青年達を統率して結果を残すには、かなりの選手管理能力が求められます。遠方から通う選手、住み込みの選手、家庭の事情を抱える選手・・・彼らの問題と向き合い、時間調整を工夫しながらも、プロレベルを目指せる選手を育てるというバランこそが大きな難題でしょう。また17歳ぐらいの時期を迎えると、スペインでは選手のエゴイズムが非常に目立ち易くなります。先発メンバ―に入らないだけでも、大きな問題に発展しかねません。このような心理的な問題も、このカテゴリーを難しくしています』
②インテグラルトレーニングの活用
『この年代ではフィジカルトレーニングの一部分を除いては、100%実戦用のボールを用いたインテグラルトレーニング形式を導入しています。限られた練習時間の中で、最高のパフォーマンス効率と試合への適応を考えると、インテグラルトレーニングを8割以上行なうことが現実的でしょう。これはスペインのエリ―ト環境では常識となっています。試合への順応性、効率性を考えてもインテグラルトレ―ニングの徹底が当然の結論となります。また短い練習時間の方が、このエリートユースに求められる“プロ同等の競技における激しさ”という観点からは効率的です。このカテゴリーの大きなポイントは、ポテンシャルを持った選手の競争力を、いかに効率的に引き出せるかです』
③生活ルールなどについての介入
『若い選手達に対する生活ルールなどについては、クラブを通して少年世代のカテゴリーの段階から要求します。精神的にも不安定なエリートユース年代では、特に選手のピッチ外での振舞いに対して規律をもって対応することが望ましいです。なお、服装、態度、食事生活、時間厳守、マナールールなどについてはクラブ側から選手に対して誓約書に同意署名するように求めています。そしてルール違反を行なった選手には、チームメート全体を罰する約束が決められています。例えばある選手が無断で遅刻・欠席などすれば、チーム全体に対して罰則が実行されるシステムです。このクラブでは“連帯責任”というコンセプトを用いて、集団規律を引き上げることを優先します』
④大学生活を控えた年代
『この年代は、スペインでも大学入学を控えるデリケートな時期です。経済危機に苦しむスペインでは、大学だけではなく大学院まで卒業しても就職難に直面する現実があります。この国では大学に進学できない場合、留年したり就職するオプションがあまり残されていません。選手だけではなく、保護者にとっても、若い青年が就職することは困難な時代です。プロとして生活することが容易ではないボールスポーツの世界です。しかしプロ同様の要求を突きつけられるのが、このエリートユース年代です。週末の試合にしても、バス移動や集合を含めると一日の全てが試合のために費やされます。学校の宿題、家族と過ごす時間などを考慮すれば、選手に残された時間は殆どありません。日本のエリートの部活にも同じ現象が起こるかも知れませんが、このスポーツと進路の兼ね合いは非常に大きな問題です。日本のように就職先が豊富であればいいのですが、残念ながらマイナースポーツで生活を維持することは非常に困難な時代です』
⑤選手の保護者としての役割
『また家族の事情などがそれぞれ異なる青年に対して、どのように日々接するのかという人間関係も大切な問題です。厳しい指導者でありながらも、父親としての役割を担うのです。またトレーニング強度などの調整も必要となります。テストの時期には、トレーニングの強度や時間を考慮するべきでしょう。また選手の家族がその競技に対して理解を示しているか、本人の精神的状態はどうか、通学・通勤の状態はどうか・・・などと色々な情報にアンテナを張ることが求められます。やはり優れた指導者になるには、選手に対して個別の適切な対応ができる能力が必要なのです。もちろん選手を平等の厳しさで扱うことに変わりはありませんが、個人差によってアプローチする方法やタイミングを操るのです』
⑥スカウティングやセラピーなどの導入
『エリートユースにおける結果の重要性は、プロの世界と同じように高いものです。結果を求めるためには、スカウティング、個人分析、個別のフィジカルメニュー作成、スポーツ心理医の招聘・・・といった外的サポートも必要不可欠となります。指導者にとって、仕事量は計り知れないほど多いのがユースカテゴリーですね。私達のクラブでは、選手は常にUSBを持参して、練習や試合に関連したビデオやスカウティング資料などを指導者から受け取ることができるシステムを用意しています。また試合前や練習の一角として、ビデオスカウティングやスポーツ心理セラピーなども実施しています。プロフェッショナルではありませんが、それに近い環境の準備が必要とされます。また選手のフィジカルコンディションについても、このカテゴリーでは完全に個別メニューを作成しています。プロフェッショナルのフィジカルトレーナーに手助けしてもらい、いかに効率よくトップチームに貢献できる選手を育てるかに尽力しています』
◆エリートユース年代のカレンダー紹介
それでは最後に、ホルヘ氏が率いるエリ―トユース年代におけるトレーニングカレンダーを紹介する。1ヶ月のカレンダーだが、毎週末の全国レベルでの試合に照準を合わせたマイクロサイクルとなっている。週に4回のトレーニング、日曜日に試合という基本サイクルである。試合前後の1日は休息を与え、フィジカルトレーニングの要素を調整しながらボールを使ったインテグラルトレーニングの中に取り込んでいく。練習時間は毎回80分が最長であり、世界のトップレベルを争う競争力を考えれば、非常に短いトレーニング時間だ。またセットプレーや特殊戦術(フットサルではパワープレーや退場者を出しての状況)の洗練にもかなりの時間を費やしている。日本の高校生の部活などを考えれば、トレーニング時間にはかなりの差が見られる。しかしトレーニングの内容は実に豊富であり、激しい要求に従って選手は100%の力を出し切ることが毎日のトレーニングで求められている。