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サムライ・ハート 上野由岐子




 北京五輪でソフトボールが史上初の金メダルを獲得した最大の立役者で、女性アスリートのみならず、日本のアスリートの〝顔〟となった上野由岐子。帰国後も謙虚な姿勢はまったく変わらず、愚直に競技に取り組む〝変わらない〟姿に好感が持て、北京直後に出版された本著を手に取った。
 本著では、今や伝説となった「上野の413球」の舞台裏や、北京五輪に至るまでの幼少時代やアテネ五輪での失敗談を交えながら、上野が上野たる理由を明らかにしていく。上野にとって初めての五輪となったアテネ大会では、準決勝戦でハチに刺され、監督の宇津木妙子に言うと「おまえが集中していないからだ」と怒られたというエピソードや、その後、名トレーナー・鴻江寿治と出会い、からだのケアからピッチングフォームとトレーニングへのアドバイスを受けた結果、豪腕型から技巧型へのシフトが成功した過程が子細に綴られる。
 そして、最大の謎である「なぜ上野は2日間で413球もひとりで投げ抜くことができたのか」について、著者は「『頭』がよかった」と結論づける。もちろん、チーム競技である以上、指導者に名トレーナー、そして気持ちを一つにした仲間の存在は無視できない。しかしながら、アテネ大会後の4年間で自分のコンディションや状況を把握し、解決法を自ら見つけて打者を抑える「術」を体得したことが最大の要因となったのだ、と。
 北京五輪の決勝戦対米国戦、6回裏ワンアウト2塁。相手の4番がバッターボックスに立ったとき、上野が選んだのは「敬遠」だった。著者に413球のベストピッチを聞かれた上野が答えたのはこの「敬遠」だった、というのが、なんとも象徴的だ。