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神宮の奇跡




 1958(昭和33)年は、戦後日本史において重要な意味を持つ年だという。この年、東京タワーが完成し、昭和の古き良き時代描写が大ヒットにつながった映画「ALWAYS 三丁目の夕日」の舞台も58年だった。永遠のスター、長嶋茂雄が巨人軍で鮮烈なデビューを果たしたのもこの年だ。だが何といっても、58年の最大のニュースは皇太子(今上天皇)のご婚約だろう。この吉報で日本中が祝福ムードに沸き返り、高度経済成長時代に突入した、と言っても過言ではない。
 著者は皇太子のご婚約の引き金となったのは、この年11月に皇太子の母校である学習院大学野球部が、東都大学野球1部リーグで3度に及ぶ優勝決定戦の末に初優勝を果たしたことに関係するのではないかと推測する。甲子園経験者はもちろん、有力選手すらいない学習院大野球部がリーグ優勝するのは、スポーツ推薦者が1人もいない東京六大学野球で東大が優勝するのと同じくらいの衝撃だったろう。まさに「奇跡」という言葉がぴったりくる。
 本書では学習院大野球部の〝V戦士〟たちの生の声や当時の懐古シーンが丁寧に綴られ、終盤の3校による優勝決定戦の試合経過シーンは臨場感たっぷりだ。また、危機を何度も救ったピッチャーの朝鮮(現在の北朝鮮)での壮絶な敗戦体験のくだりはスポーツノンフィクションのカテゴリーをはるかに超えたリアリティーがある。