イチオシ!スポーツ Book Review一覧

オリンピックの身代金




 本作をジャンル分けすれば、「スポーツ」というよりは「サスペンス」だ。それでも、1964(昭和39)年、東京を、そして日本を世界に冠たる大都市に変貌させたきっかけを作った東京五輪を題材にした本作は読みごたえがあり、スポーツ以外の視点から東京五輪を考察するには最適の書だ。
 10月に開催されるオリンピック開催直前、東京で相次いで爆発事件が発生する。同時に「東京オリンピックを妨害する」という脅迫状が当局に届けられる。警視庁の刑事たちが事件を追うと、一人の東大生の存在が捜査線上に浮かぶ…、というストーリー。「闇市の匂いを残していた飲食店が一掃され、十階を超えるビルが聳え立っている…役人も都民も一体となって『外人に見られて恥ずかしいもの』を隠そうとした」「東京オリンピックまであと二カ月を切り、道ばたの物乞いたちは疎開を余儀なくされた」などの描写を読んで、ふと頭に浮かんだのは昨年行われた北京五輪だった。北京五輪を巡っては世界中から非難の声があがり、出稼ぎの農民工の悲劇などがクローズアップされたが、当時の東京も同じようなことをしていたのだ。それだけ五輪は大イベントなのだ、ということに気づかされる。
 折しも、東京は再び、2016年の夏季五輪開催に向けて招致活動を展開している。本作はどちらかといえば五輪開催による負の部分が中心に描かれているが、一方で国民が国家的イベントの成功を願う熱い気持ちも伝わってくる。本作を通じて、五輪招致をいま一度考えるのもいい。
 著者はアテネ五輪を取材し、観戦記「泳いで帰れ」(光文社)を上梓している。五輪選手団の中でも特別待遇が取られ、金メダルを期待されながらふがいない結果に終わった長嶋ジャパンに喝を入れている。そして4年後の北京五輪では、再び野球を中心とした観戦記をNumberの特別号に掲載。「再び、泳いで帰れ」と結論づけていることも付記したい。